第二話 無縁仏
ある田舎街に貧乏な独身の中年男が安アパートに住んでいた。
名前を「名嘉元(なかもと) 聡(さとし)」と言うそうである。 聡は派遣労働者として小さな町工場で働き、わずかな給料で日々の暮らしを支えるのがやっとの貧しい生活を送っていた。
両親は他界していて兄弟のいない聡は天涯孤独の気ままな一人暮らしなのだが、子供の頃から何をやっても上手くいかずタイミングが悪いのか先見の明が無いのか、ぬか喜びばかりでチャンスをものに出来ない運に見放されたような半生だった。
ある年の夏の事。
やっとお盆休みに入ったが、聡はこれと言ってすることも無く蒸し暑さのあまり部屋でゴロゴロしてうなだれていた。
そんな日の夕暮れ時である。あるいは
「ピンポ~~ン」
「なんだよ、うるせぇな。どうせ訪問販売だろ」
聡は無視を決め込んだ。 するとまた・・・。
「ピンポ~~ン」
「しつこいなぁ。無視無視!!」
そしてまたもや・・・。
「ピンポ~~ン」
「アッタマきた! ガツンと言ってやろう」
そう言って聡は玄関に行きドアを開ける。
「?? 誰もいない。 ピンポンダッシュかよ、今時流行らねぇゾ!!」
ムッとしてバタンとドアを閉め鍵をかけてから振り向くと、そこには一人の爺さんが立っていた。
「こんばんは、お邪魔します。」
そう言って爺さんは深々と頭を下げた。
「誰だてめぇ! ウワッ・・ えッ・・ アワワワわ・・・」
驚くのも無理はない。振り向くと見知らぬ爺さんが立っていたら誰だってビックリするだろう。更に聡を驚かせたのは爺さんの姿だ! 爺さんは半透明で向こう側が透けて見えるのだからたまったものではない。聡はその場で腰を抜かしてしまった。
「ゆ、ゆ、幽霊だぁ~~、な、何なんだ、俺にいったい何の恨みがあるって言うんだ?? 勘弁してくれ~~ ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・」
「アハハハハ、驚かせて申し訳ない。別にお前さんに恨みがあるわけじゃない、わしは悪霊ではないよ。ただの無縁仏なので悪さはせんから安心してくだされ。」
そう言って爺さんはさっさと部屋に入ってしまった。聡はようやく立ち上がり恐る恐る部屋を通って台所に行き、冷蔵庫から麦茶を出して一気に飲んだ。
「わしにも一杯くれんかのう? 暑くて喉が渇いたわい。」
麦茶を催促する無縁仏なんて聞いた事が無い。随分とずうずうしい幽霊だ。少し落ち着いた聡はブツブツ呟きながらグラスに麦茶を注いで差し出した。
「爺さんは悪い霊ではなさそうだけど、何が何だかわかんないからとりあえず事情を聞かせてくれ。」
「お~、そうじゃった。驚かせてすまんかった、まずは自己紹介じゃ。 わしの名は登と言うのじゃ。よろしくな。」
「全然よろしくないよ!」
「ハッハッハ。まあ、そう言うな。今はちょうどお盆じゃろ、隣近所の墓の住人は皆実家へ帰省して誰もいないのじゃ。なのでいつもは墓の大掃除でもしているんじゃが、今年はわしもちょっとこの世に来てみたくなったのじゃ。 とは言ってもわしは無縁仏で帰る家が無い、街をぶらぶらしてたら人の良さそうなお前さんを見つけたのでしばらく厄介になろうと思って上がらせてもらったんじゃよ。 お世話になりますよ!」
「お~い、コラ。 勝手に決めるな。《無縁仏と過ごすお盆休み
》なんてシャレにもならねぇ。だいいち俺に何の関係もねえじゃねぇか。」
「いやいや、そうでもないぞ。わしもお前さんも独り者じゃ、死んだらわしと同じく無縁仏になるかもしれんぞ!」
「えぇっ、縁起でもねぇな」
「わしがこの世に生まれたのは終戦間近の頃だ。苦しい時代じゃったから終戦後まもなく母親はわしを育てられないのでやむなく神社に預けたらしい。なのでわしは親を知らずに孤児院で育てられたんじゃよ・・・。」
爺さんはポツポツと身の上話を語り始めた。
「へ~~、苦労したんだ、大変だったんだね。」
「いや、わしだけじゃない。あの頃は皆そうじゃった、日本が大変な時代だったからな。わしの様な身の上の者が大勢いたんじゃ、だから何とも思わんかったよ。」
聡は感心しながら登の話に聞き入っていた。
「わしは大人になって雑貨屋を始めたが、そのうち電気屋に鞍替えしたんじゃ。ガムシャラに働いたなぁ、日本の復興の為に皆が必死だった。」
「なるほど、ところで爺さんは登って言うんだよね。苗字は?」
「わしは親がいなかったので名前は園長さんが付けてくれたんじゃが・・・、そうそう、
物忘れの多い無縁仏なんて聞いた事が無い。
「・・ん? 電気屋の小嵓さん?? って、もしかして
「そうそう、その小嵓電気はわしが立ち上げた会社じゃよ。」
「えぇ~~、ホントかよ~~! ちょっと待って。」
「あ~~、本当だ! 晩年の写真と同じだ!」
「そうじゃ、それがわしじゃ。若い頃はなかなかのイケメンじゃったろう、ハハハハハ」
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