快談 無縁仏

高草木 辰也(たかくさき たつや)

第一話  捨て子



 今年もまたお盆の季節がやって来た。


 年に一度、死者がこの世に戻ってくると言う。

子孫のある者は良いが、天涯孤独で無縁仏となった御霊みたまは帰る家が無い。


 一般に無縁仏は供養もされない可哀そうな霊、哀れな霊、生前の不遇な人生を恨んで悪霊となった者などあまり良いイメージが無い。だが、無縁仏とは全てが悪いイメージの霊だけなのだろうか? 

 生者の個性は千差万別。ならば無縁仏にもいろいろな個性があるのではないだろうか?。


 そんな思いから、無縁仏にまつわる話を一つ紹介してみようと思う。



 終戦間際に一人の赤ん坊が生まれた。

終戦後間もない頃は全国的に貧しく食糧難が続き日常生活もままならない時期がしばらく続いていた。

 この母親とて例外ではない。夫は戦死し身内も空襲で亡くなり頼る者はいなくなってしまった。このため母親は赤ん坊を育てる事が出来ず、やむにやまれず手放す決心をしたらしい。

 終戦直後で国内も混乱していた時代でもあり、母親は苦肉の策として「この子をお願いします」と言う書置きを添えて、夜中に神社の拝殿に置いて去って行った。



 翌朝、神社の宮司がその子を見つけて警察と相談した後にこの町で唯一の孤児院に引き取られることとなった。

 母親の書置き以外は何も持っていなかったので、園長がこの子を自分の子として[小嵓(おぐら)登(のぼる)]と名付けた。


 前述の通り登は書置き以外ミルクや着替えその他何ら一切の物は持っていなかった。貧しい時代なのでこれもやむを得ないだろう。しかし、この子はたった一つだけ実にあり難いものを神から授かっていた。  それは・・・


 【 金運 】  である。





 登はその後貧しいながらもすくすくと成長し、野山を駆け回る様な丈夫で元気な子供に育って行った。 やがて登が青年になり社会に出て働くようになると、真面目に仕事をしているうちに周囲から一目置かれる存在になって行った。そしていつしか「自分には商売の才覚があるのかもしれない」と思うようになった。


 やがて登は独立して小さな雑貨店を始めた。物の無い時代でもあり生活用品はよく売れて商売は繁盛し経済的にもゆとりが出てきた。そして世の中が少し安定し高度成長が始まる頃に、時代の流れを読んでいた登は雑貨店を閉店して家電販売店に鞍替えしたのだった。 これが後に大成功を収めることになる。

 だが登は自身の生い立ちから、決しておごることなく地道にコツコツと商売に励み、金銭的に余裕が出来ると自分を育ててくれた孤児院に寄付したり恵まれない人の為に慈善活動を行ったりと常に社会貢献の意識を忘れなかった。


 そもそも神から直接授かった「金運」であり、生来の善性も相まってその後も善人ぶりを発揮して行くのだった。



 やがて商売は大きくなり従業員も増えて今や大手大企業の仲間入りである。そこまでになるには多少は苦労もあったが、まじめに仕事一筋に頑張って来た。若い頃にはいくつか縁談の話もあったが、仕事に打ち込むあまりついつい縁談も断ってしまってとうとう独身のまま初老を迎えてしまった。

 会社も大きくなり周囲からは「会社を上場してはどうか?」との話もちらほら出始まったが、元々金儲けの欲には頓着とんちゃくしていなかったので上場話は後継者に任せようと考えていた。



 70近くになった登は、そろそろ自分の後始末についてあれこれと考えていた。

 会社は良い後継者も育ち株式や上場話の他、会社の事は全て彼らに任せることにした。日頃から周囲に気配りを忘れない性格なので死後も関係者に面倒をかけないように葬儀も簡素にするように伝えていた。


 登は暇が出来ると一人気ままにドライブに出かける事があったが、ある時たまたま通りがかった神社に立ち寄ってみた。


常陸国出雲大社ひたちのくにいずもたいしゃ」と言う神社で、主祭神はもちろん大国主大神おおくにぬしのおおかみ。死後の世界を司る神で死者の御霊を守護されているのだそうだ。

 この神社の本殿の裏手の山は神社の管理地で墓地になっている

のだが、この墓地は埋葬方法がとても興味深い。

 樹木葬霊園じゅもくそうれいえんと言って、墓石を立てず墓地に樹木を植えるのだそうだ。遺骨は地中に埋葬され、やがて土に帰る。御霊は大国主大神の元へと言う事なのだろう。

 面白い事にこの墓地は宗派は問わないそうである。神道はもとより仏教徒やキリスト教徒、イスラム教徒の方々も眠っているそうだ。 ここは専門の植木職人が管理していて季節によっては植木に様々な花が咲き誇り、墓地と言っても墓石が無いのでさながらフラワーパークのように美しい景色になると言う。

 登はいかにも成功者らしい高価な墓石や墓地には興味がなく、この墓地の《自然に帰る》姿やいかにも日本人らしい宗教観のスタイルが気に入り、ここに墓地を買う事に決めた。



 自身の後始末の準備も整え70歳を迎えると、きっぱりと会社経営から身を引き引退した。その後は友人達と旅行やドライブを楽しんだり、慈善活動を行ったりと数年間は余生を楽しんでいた



 ある年の穏やかな秋の日だった。


 登は、木漏れ日のさす自宅の縁側でうとうとと居眠りをしていた。あまりの気持ち良さにそのまま深い眠りに入って行った。


 そして彼はうっすらと微笑みを浮かべたまま天寿を全うした。


 享年 78歳 の生涯であった。



                           


 

 



 

 



 

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