居場所

 僕はただ、普通に生きていたかっただけだ。


 朝は嫌いだ。誰もが今日に意味を見出そうと、行動し出すから。

 昼も嫌いだ。誰もが今日に意味を作り出すから。

 夜も嫌いだ。誰もが今日を振り返って、次の朝のために眠りにつくから。

 真夜中。闇に包まれた、静かな街が僕は好きだ。誰に会うこともなく、誰に気を使うでもなく、僕だけの時間を過ごせる。ただ一人、君といる夜だけを除いて。

 それは楽しみでもあったし、ほんの少しの憂鬱でもあった。劣等感と優越感。君に会うといつだって感情がぐちゃぐちゃになる。


 ある日、彼女はいった。


「私ね、クラスで一人なんだ。あなたが、初めての友達。」


 そうなんだ、と僕は答える。僕もクラスでは一人だから、同じようなものだ。初めての友達、とまでは行かないけれど。優越感を覚えるのは、僕が醜いからだ。

 また別の日に、彼女は言った。


「私ね、こんなにたくさん人と話したの初めて。人と話すのって、楽しいんだね。私知らなかった。」


 楽しいんだったらよかった、と僕は言った。


「──も、楽しい?」


 そう彼女は僕に問いかけた。

 楽しいよ、と僕は言った。

「ほんと?…うん、そっか、楽しんでくれてるんだ。」


 そう言って彼女は宝石のような瞳を細めた。劣等感を覚えたのは、僕がこんなにも綺麗な笑顔を浮かべられないからだ。

 紛れもなく宝物のような時間だった。

 さらに別の日に、彼女は言った。


「私、ここに居てもいいのかな。迷惑じゃ、ない?……私、どこに居ても疎まれるの。居場所、ないんだ。どうしたらいいんだろうね。…って、あはは、こんな話するからだよね。ごめんね。今のは気にしなくていいから。」


 その時の彼女は、今までで1番悲しげな瞳をしていた。

 あの瞬間、声を掛ければよかった。そっと、手を握ればよかった。抱き寄せればよかった。

 何も言えなかったことを、今更になって後悔する。目も合わせられなかったのは、優越感と劣等感が邪魔をしたからだ。

 君が居なくなると知っていれば、もっと違う選択ができたかもしれないのに。

 これからも僕は君以外の全てを嫌いなまま、生きていくしかないのだろうか。

 また会いたいなんて叶わない願いを何度も何度も繰り返している。



『君のになりたかった』

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