救世主

 最初から、希望なんてなかったのかもしれない。

 この世界は絶望で溢れかえっている。理不尽、叶わない夢、嘘、捻じ曲げられた真実、報われない努力、抑圧。いつだって息が詰まりそうになる中で、今日も必死に呼吸している。

 君も、僕も。


 かもしれない、なんて曖昧な表現じゃあ誤解を招きかねないので、訂正しておく。最初から、希望なんてなかった。少なくとも君には。

 そりゃあそうだ。たとえ君の病気が治ることになったとしても、何の犠牲もなしには起こり得ないのだから。

 理不尽だろう、こんなことは。どうして君が。

 そう、いずれ君は夢を諦めなければいけない。君のためについた嘘も、それによって捻じ曲げられてしまった真実も、いつか君は知ることになる。

 君の努力は報われない。

 努力は必ず報われる、なんて成功者の言う言葉だ。

 君の努力は夢が叶うことでしか報われないのに、その夢は叶わない。

 抑圧。できないことだらけで、制限だらけで。


 そんな世界を、そんな世界でも、君は綺麗だという。

 青空が好きなのだという。

 流れる雲が好きなのだと言う。

 鳥の鳴く声が好きなのだと言う。

 君の病気を治せたのなら、もっと綺麗な景色を嫌というほど見せてあげられるのに。

 僕にもし、そんな力があったなら。君を、救う存在であれたなら。そうであったらどれほどよかったか。

 どんなにそんな馬鹿げたことを考えても、結局僕は何もできない。

 だから僕は、今日も君の元へと向かう。

 ただ君のそばにいるために。



『君のになりたかった。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る