悪人③

 中心街から離れた所にその教会はあった。小さな、雑草が茂った丘陵にひっそりと。


 石の階段の先に入り口があり、壁も屋根も不均等な石で作ってあった。そこの司祭メドリンはトラの氏族の出身で、面倒見が良いと評判だった。巨大樹に対して禁忌を犯した者を除いては。



 アルヤはそっと教会に入った。


 木製のベンチの列の向こうでメドリンがレリーフに向かって跪いている。最上部が半円形になっている縦長のレリーフで、内側に巨大樹が描かれている。それは黄金の光を発し、その下には聖獣たちの姿がある。


 アルヤは今日あったことを話した。その間メドリンは小さく丸い両耳をたまにピクっと動かすだけで、目を閉じて黙っていた。


「思い出せ」話し終えるとメドリンが口を開いた。

「高慢な獅子の一族を。

残虐な黒狼の氏族を。

巨大樹に歯向かい、

崇めることを止めた種族が

どうなったかを。

彼らの牙は奪われ、

財産は貯まることはなく、

子孫という宝にも恵まれなかった。

彼らの待遇が悪くなったのは

彼ら自身の身から出たこと。

は必ず罰を受ける。

これがこの世界の理。

御巨大樹様の掟」


 メドリンは祈る両手を、胡麻のような小さい鼻に近づけ、石像のように固まったままだった。


「でも、そんなことをした覚えはないです! なんで私だけ辛い目に遇うの?」


 アルヤは上目遣いで見た。尻尾は垂れ下がっていた。


「そも我ら、生まれながらにを宿す

なんとなれば地の獣の子孫の為に

故にこそ我らの一生は償いである。

受難である。

人族の奉仕に身を捧げ、

忍耐と服従を美徳とし、

御巨大樹様にこいねが

悪の浄化を求めて。

御巨大樹様は、

来る救いの日には

天にも届く誇り高き獣たち、

聖獣様を遣わして

我らと共に新天地へと旅立たん」


 メドリンは目を閉じたまま、朗々と言った。


「その巨大樹はいつ助けてくれるの! そもそも本当に救ってくれるの? 分からないわ……そうして待つぐらいなら直接あそこに行ったほうがいいんじゃないの?」


 メドリンは急に目を見開き、固く握った両手を離した。非難がましい声を発し、尻尾が逆立っていた。トラ特有の、黄色の中の黒い瞳がこちらを突き通すように睨んでいる。


「御巨大樹様を疑うのか?

彼を疑うことはすなわち冒涜である。

冒涜の娘よ、汝にはこの聖典の成句で以て答えん


『星々生まれ、墜ちる時、

汝その時いつ知るや。

空が吐く星、満ちる時、

其を結び留め、解き放つ、

汝その業、なし得るか。

世界支え、聖獣守らん、

その経綸はかりごと、なし得るか。

山岩までも、いざ消ゆ時、

それでも残る、彼知るや。

ヒュブリスの禍、起きつ時、

それでも残る、彼知るや。

陸の奥まで、水侵す時、

それでも残る、彼知るや。

巍然ぎぜんそばだつ、その姿。

くぎる、宇宙の七方位。

彼が決める、聖別の日。

彼が定める、救済すくいの日。

獣の子らよ、推し量るな。

生命いのち、拳の中に置き、

彼を疑うこと勿れ』


汝はたった今、悪を成した。

彼を冒涜するという悪を。

それは死によっても解決できない。

これは生死の問題ではなく、

正に、の問題なのだ。

死の国でも彼と共に過ごせない獣め。

もはや教会に立ち入る権利はない」

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