悪人②

 ガシャン! 高価な、金銀の流線の打ち出し模様がついた陶器が割れて、中身が客にかかった。


「ちょっと! アルヤ! ぼんやりしないで」


 同じ給支係のライータがきつく言う。


「ごめんなさい、ちょっと眩暈がして……」


 アルヤが割れた陶器を拾った後ライータを見ると、鋭い目つきで、顎をツンと上に突き出して命令した。


「ぼさっとしないで早く注文を持って来なさい! 」


 ライータのキーキーする声に頭を痛めながら、アルヤは街路沿いの店の中に入って行った。



 街路の曲がり角に位置するパブは、席の半分は道の上にあった。

 夜になると店の周りの日よけ天幕や、机にあるパラソルに付いたランタンが柔らかくオレンジ色を放っていた。

 店前の石板には白い粉末で今日の一押しメニューが書いてある。正装になって笑顔で奉仕する獣人たち、机に座って注文するウールの革服やベストを着た人間たち。柔和な空気が漂い、オレンジのランタンが和やかに光輪を放つ。

 けれど、アルヤの目には何一つ輝いて見えなかった。


 店の奥で片づけをしていると、さっきの客とライータが楽しそうに入ってきた。客はアルヤを見るとすぐに寄ってきた。


 ドスン! 

 重い一撃が頬に当たった。


「お前のせいで買ったばっかりのチュニックが汚れちまったじゃねか、ああ? 弁償してくれんのか。無理だろうな、その身分じゃ」


 ライータはしばらく向こうを見ていたが、一瞬だけ目が合った。鋭い縦長の瞳の一瞥。それは同情というよりは嫌悪に近かった。

 

 その後すぐ向こうを向いて、自慢のフサフサの尻尾を尖らせた。


 アルヤは我慢の限界だった。反撃したかった。


 でもそれは利口なこと? 人の世界で生きていくためにやっていいこと? 


「だいたいお前ら獣人族は死んで当然なんだよ。物語でよく聞くだろ……えーと、あいつ……そう、地の獣だ。地の獣とかいう奴がお前らの先祖で、そいつが人間と交わって獣人族ができたんだろ。こんな下劣な種族でも半分は人間って訳だ。だから俺も最低限殺さないでおいてやる。その代わり二度と迷惑かけるなよ」



――そんな昔のことが私になんの関係があるの



 男は叫んで出ていった。ライータはうやうやしく会計をしていた。普通の日常だった。

 腰を着き、膝を曲げ、顔も猫耳も下を向いてすすり泣くアルヤだけを残して。輝くランタンを受けた床はいつになく冷たく感じた。



帰路でアルヤはぼーっと考えていた。


 帰って、離れの綺麗な川まで洗濯をしに行く。それから戻って木製の使い古された皿を洗う。部屋の掃除をする。共有地にいって野菜を収穫する。周りに盗まれてなきゃの話だけど。魚と肉は高価だから買えない。収穫を数える。教会に渡す分を残す。アルヤはそんなことをいろいろやってきた。


 暗い生活――厳しい暮らし。でも子供がいれば一筋の光が残った。


――ああ、あのいい子たちはいつだって愛をくれる。勇気をくれる。情熱をくれるわ。


 住処に帰るとメオイとヤウレが元気いっぱいで迎えてくれる。今日あったことを話してくれる。昨日はヤウレが鳥を捕まえた話だった。一昨日は、農作物を野獣たちから一緒に守った話。三日前は……


 しかし、獣人族の待遇を子供たちに教えるのは気が乗らなかった。また暗さがやってきた。


 獣人族はで、精神遅滞で、低脳だと人間たちは言う。どうしてそんなに嫌われなければならないの? 


 その答えを得るために、アルヤの足は独りでに古ぼけた教会へ向かった。

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