第7話 遠山しおんは誤解する。





 ⚂⚅


 僕としおんは何度も冒険に出かけた。

 ある時は地下迷宮ダンジョンの奥でオークと戦い、ある時は砂漠でサンドワームを討伐する。運悪く飛竜ワイバーンに遭遇して逃げ回ったり、大平原で夜通しゾンビと戦って、勝利の朝焼けを眺めたりもした。

 サイコロとルールブック、それに少しの道具。それだけあれば、僕等はいつでも異世界に旅立つことが出来る。


「想像して。ここは教室ではない。彦星ひこぼし君は今、広い砂浜に立っている。波音がして、綺麗なアクアブルーの海水が、脚に寄せては引く。冷たくて気持ちがいい。ねえ……感じてみて」


 ゲームの始まりには、しおんは決まってそんな風に、想像を促した。僕は声に従って、異世界へと旅立つ。教室の景色は滲み、そこは異世界の浜辺の景色へと変わる。

 ちなみに、しおんのようなTテーブルトークRPGの進行役を、DMダンジョンマスターという。DMの仕事は進行役の他、シナリオの作成やダンジョンのデザイン等、多岐に渡る。簡単に言うと、TRPGにおける神。それがDMダンジョンマスターだ。

 しおんはゲーム中、決まって眼帯と包帯を身に着ける。それはちょっと恥ずかしいので眼帯を取り上げようとしたことがある。すると、


「やめなさい! アレを呼び出すわよ。そう、私の左目の奥には盟約の戦乙女がいるの。とっても強いんだから!」


 なんて言いながら抵抗するのだ。アレとか呼び出すとかは、多分、しおんの中二病設定なのだろう。


 さて、冒険に戻ろう。

 この日の依頼は、サハギンの討伐任務だった。海辺の漁村が度々、サハギンの襲撃を受けているらしい。そこは海賊たちの根城でもある。そんな訳で、ライトとヌルヌルは、海賊たちと共同戦線を張ってサハギンの軍団と戦うことになった。

 ライトはレベル8、ヌルヌルはレベル11になっていた。


「『しっかりしなさい。来るわよ! でもその前に……』そう言って、ヌルヌルがライトに絡みついてくちづけを──」

「──断固拒否する!」

「『拒否するのを拒否するわ。意地でも濃厚接触を──』」

「しない! 僕はノーマルだ。汚らわしい」

「『あうっ。ハア、ハア……もう一回言って……!』」

「男の娘ってだけでキャラ濃いんだから、ドM属性まで追加するんじゃないよ!」


 ライトとヌルヌルは、いつも通りドタバタなやり取りをしている。一方、浜辺に集う海賊たちの顔に、緊張の色が浮かぶ。


「『呑気に構えてる場合じゃねえ。来やがったぞ!』」


 しおんが、海賊になりきって言う。

 僕としおんは海賊と陣形を組み、サハギンの軍団との戦闘を開始した。


「『上陸させないで。極力、この浜辺で抑えるんだよ!』」


 ヌルヌルが指示を飛ばす。

 陣形から、矢が雨のように放たれて、横一列に上陸したサハギンを貫いてゆく。まずは作戦通りだ。それに対抗して、サハギンの軍団は縦一列の陣形を組み、先頭に大盾を構えて突進してきた。

 サハギンの群れが、眼前へと迫る!


「『今よ、スター・ライト!』」

「解ってる。ライトニング・ボルト!」


 ライトは、切り札の雷撃魔法ライトニング・ボルトを発動する。雷撃は直線に並んだサハギン全てを貫通し、一斉にダメージを与える。

 8個の6面体が振られ、33点を示す。サハギンは電撃に弱いから、ダメージは倍になる。よって、8体のサハギンが全滅した。


「ライトはミッションをクリアーして、レベルが上がりました」


 しおんが告げる。ライトは再びレベルが上がった。


「やったわね、彦星ひこぼし君。だいぶレベルが上がったから、そろそろプラチナを助けに向かっても良いんじゃない?」

「そうだね。僕もピンサローと決着をつける頃だと思ってたんだ」

「じゃあ。次の冒険は、いよいよカドカー王国でピンサローと対決ね」

「ああ。決着が付いたら、僕もやっと、一区切りがつけられるよ」

「……え? その、一区切りって」


 ふいに、しおんが不安な顔をする。


「あ、気にしないで。こっちの話だから」


 僕はそんな風に、胸に秘めた気持ちを誤魔化した。

 ピンサローに勝ったら、しおんに告白する。

 僕は内心、そう、決意していたのだ。

 だが、僕は馬鹿だった。もっと早く、しおんの誤解を解消しておくべきだったかもしれない。




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