第8話 遠山しおんは逃げ回る!
⚄⚄
あのゲームから、しおんの態度が少し、よそよそしくなった。
声をかけても浮かない顔をしている。返事はしてくれるのだが、いつも忙しい風を装って、休み時間にはすぐに何処かへと姿を晦ましてしまうのだ。放課後も、いち早く教室を出て、先に帰ってしまう。
避けられているのか? でも、何故だ?
ポッカリと、胸に穴が空いたような、そんな気分だった。
サハギン討伐の冒険から一週間、僕としおんは一度もゲームをしていない。もしかして、嫌われてしまったのだろうか? でも、原因が分からない。僕がしおんを傷付けたのだとしたら、何をしてしまったのだろう。
考えても、考えても、わからなかった。
しおんと喋れない事が、こんなに苦痛だなんて。TRPGのない日常がこんなに味気ないだなんて。たった1ヶ月前には、想像も出来なかった。
恋の切なさに、押しつぶされそうだ。
仕方がない。こうなったら、直接、しおんに確かめてみる他はない。
授業中、僕はそんな結論に至り、顔を上げる。視線の先には、しおんの、少し淋し気な横顔があった。
⚄⚅
チャイムが、一日の授業の終了を告げる。ホームルームが終わるなり、しおんは鞄を引っ掴んで席を立つ。僕も慌てて席を立ち、しおんを追う。
「しおん」
廊下で声をかけると、一瞬だけ、しおんが振り向いた。だが次の瞬間、しおんは駆け出した。僕も駆け出して、しおんを追いかける。だが、しおんはやたらと足が速い。簡単には追いつけそうにない。
⚅⚅
僕はしおんに追い縋り、住宅街の路上でやっと
「しおん、しおん! どうして逃げるんだよ」
しおんは答えない。俯いたまま唇を噛み締めていた。
「ねえ、何か言ってよ」
「……どうして?」
「え?」
「どうして、追いかけるの?」
と、しおんは泣きそうな顔をする。
「どうしてって、僕、何か嫌われるような事をしたかな?」
「……そうじゃ、ない」
「でも、だったらどうして僕を避けるんだ? もしも僕が嫌いになったのなら、ちゃんとそう言って欲しい」
「そうじゃないの!」
しおんが声を荒げる。僕は少し驚いた。こんなにも感情を露にするしおんは初めてだったから。
「だったら、どうして? 僕は、しおんとゲームの続きをしたいんだ」
「解ってる。でも……そうすると、その」
「そうすると?」
「
「え?」
「だって、ピンサローを倒したら──」
「──そう。約束したよね? 僕としおんでピンサローを倒すって。約束、忘れたの?」
「そ、それは忘れた訳じゃない、けど」
「僕は、いなくならないよ。だからまた、ゲームを続けてくれる?」
「そう……。彦星君はそんなに……区切りをつけたいの?」
「ああ。そうしないと前に進めないんだ!」
強く言うと、しおんは観念したように、眼帯を身に着けた。
⚄⚄⚂
僕としおんは、公園のテーブルでゲームの道具を広げた。
「じゃあ、最後の冒険を始めるね。やるからには、ちゃんとピンサローを打ち負かしましょう」
「うん。そのつもりだよ。しおんと二人で、ね」
「うん……。頑張りましょう」
そう言って、しおんは、少し淋し気な顔で僕の手を取る。
「想像して。ここは九月の公園ではない。辺りは広い平原で、乾いた風が吹いている。彼方には魔王軍の陣幕があって、王国の城塞都市に、攻城戦を仕掛けている真っ最中よ。爆音に煙。魔物たちの怒号。それが、貴方の頬を震わせる。怖い? 感じてみて……」
声に促され、僕はイメージする。住宅街の景色は、何処までも続く平原へと変わってゆく。彼方には城塞都市が見え、そこからは煙が上がっている。都市の近くには、魔王軍の陣幕と、大勢の魔物の軍団の姿が見える。
こうして、僕は再び、異世界へと没入していった。
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