第7話 晴山凛

 晴山凛は急いでいた。


「湊くーんやばいやばい時間ないよ」

 時計は既に七時を回っている。予定では六時半の出発だったはずだ。


「ごめん、ほんとにごめん!雫と先に車乗ってて」

「はーい」

「ママぁ、パパおそーい!早くめいたんにあいたーいー」

手足をバタバタさせながら騒ぐ雫を後部座席のチャイルドシートに乗せる。

「パパお寝坊さんだから、ちょっと待ってあげようね」


 今日は十二月三十日。晴山家の方で今年は年を越す予定だ。湊くんのご両親と芽衣ちゃんは本当に優しくて、いつも温かい気持ちになる。雫も芽衣ちゃんにメロメロだ。


「はいはい、やっと準備おっけ!ごめんほんとに」

「パパおそいー」

「ごめんね雫」

「もー」

いそいそと車に乗り込みながら、雫と話している湊くんは、すっかり父親のそれだ。


「家の鍵閉めた?」

「うん閉めた。凛ちゃん、雫のチャイルドシート大丈夫?」

「大丈夫大丈夫」

一応確認しつつ、答えた。

「よーし、出発するぞー!」

「れっつごー!」


ニッコニコで手を挙げる雫も、もう今年で

三歳になった。時の流れは速い。


「伝えたいことがある」

 五年前、私が突き放した湊くんは、そう言ってちゃんと話そうと来てくれた。急いで走ってきたのか、すごく汗だくで玄関の前に立つ湊くんは、

「僕はなにか取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。それでも、それでも僕はずっと凛ちゃんと一緒にいたいと思ってる」

そうゆっくりと私の目を見て告げた。

「うん、私もそう思ってたよ」

 目を逸らして答える。嘘だ、私は今でもそう思ってる。


 湊くんは私の言葉を聞いて、悲しそうな顔をした。


「好きです、本当に」

晋三がドクンと波打つ。

「今更、なに」

「伝わっていなかったかもしれないけど、誰よりも、なによりも凛ちゃんのことを大好きな自信がある。愛してるんだ、凛ちゃんのことを……」

深い沈黙が流れる。


「僕と、結婚してください」



 あの後、本当に色々あった。差し出された箱を見て、その中にあるものが指輪だと理解するまでにすごく時間がかかった。湊くんが初めからゆっくり説明してくれたけれど、湊くんのした話と誤解しまくってた自分の話が違いすぎて最初は全く理解できなかった。よくもまあ、あんなにピッタリと誤解を生む事件が重なったのは、逆に奇跡だ。芽衣ちゃんと会って兄妹だったって知って、指輪の箱が入ってたルルーシュの紙袋を見せてもらって、サプライズのための秘密だったってことをあかりんから教えてもらって、それでやっと理解できた。


 芽衣ちゃんは、例のピアスをくれた人ともうすぐ結婚するらしい。それと、あかりんは新しい店舗を増やすらしい。私たちも、めでたく結婚五年目を迎えた。


 湊くんのおかげだ。湊くんが私と向き合ってくれなかったらきっと、雫も生まれてなかった。


「ママー!すごいよ!お空すごい青い」

雫にそう言われ、車に揺られながら窓の外を覗いた。

「わあっほんとだ……」


 窓の外は、雲一つない晴天が広がっている。


 晴山凛は、今日も元気だ。

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雨のち晴れ。 結城 碧 @akairo__

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