第6話 晴山湊
晴山湊は急いでいた。
定時で帰って凛ちゃんの家に行くために、急いで急いで仕事が残らないようにしている。そんな中、休憩中に携帯に一件メッセージが来ていた。
「この前凛ちゃんにルルーシュの紙袋見つかったんでしょ?何買ったか聞かれたから新作のピアスって誤魔化したけど大丈夫?」
雪村さんからだった。
僕の全身から血の気が引いていく。
……その誤魔化し方はまずい。
凛ちゃんはピアスの穴を開けていないのだ。もしかしたら、それが原因?それだけではないとしても凛ちゃんの勘違いの一因ではありそうだ。
「大丈夫、ありがとう」
とりあえずの返信を送りながら考える。定時で上がって急いで凛ちゃんの家に向かおう。話をしないと何もわからない。
それに、伝えなければいけないこともある。
コーヒーを飲みながらパソコンに齧り付く。こんなに頭が冴えているのは久しぶりのことだった。
「晴山、今日調子いいなあ」
この前、タイミング悪く現れた上司、
「今日どうしても外せない用事があって……」
「あー定時帰りご所望か」
「はい」
「うーん、わかった。とりあえず今日やるべき仕事は終わりそうか?」
朝からずっと昼休憩以外、ぶっ通しでパソコンと睨めっこして、定時あがりのために一生懸命終わらせようとしていた。だからきっとこの調子なら終わるはずだ。
「おそらく定時までには終わります」
「よし、もしトラブルがあっても帰っていいぞ」
「え」
「その代わり今度なにか奢ってくれよ?」
「ありがとうございますっ」
僕は思いっきり五十嵐さんに頭を下げる。僕の朝からの並々ならぬ士気を感じ取っていたのだろうか、案外あっさりと定時帰りを約束してくれた。奢ってくれって言ったのも僕に気を遣わせないためだろう。いい人だ。
「お疲れ様でしたー」
危惧していたトラブル発生も無く、僕は定時上がりを達成できた。
「お疲れ様ー」
五十嵐さんが手を振ってくれる。やっぱりいい人だ。
オフィスを出て、急いでエレベーターに乗り込む。僕は今日、人生最大の勇気を持って凛ちゃんの家に行くのだ。嫌われているかもしれない、取り返しがつかない事を気付かずやってしまったのかもしれない。それでも、僕は伝えたいことがあるのだ、どうしても。
電車に乗って、凛ちゃんのマンションの最寄り駅で降りた。そこから五分ほどの場所にマンションがある。オートロックのマンションなので、ロビーで部屋番号を打ち込まなければならない。もしかしたら出てくれないかもしれないと思いつつ打ち込む。呼び出しボタンを押す手が震えた。静かなロビーにコールの音だけが鳴り響く。三回、四回、五回。もう駄目だと諦めかけた時、凛ちゃんは出た。出てくれた。
「……はい」
凛ちゃんの声が聞こえたか、否かのスピードで僕は頭を下げて懇願した。
「凛ちゃん!どうしても、どうしても伝えたいことがあるんだ。だから……だから話をさせて欲しい」
インターフォン越しに気不味い沈黙が流れる。僕は凛ちゃんがチャンスをくれることを祈るしかなかった。
「……」
ロビーのドアが、空いた。
「……っありがとう」
エレベーターのボタンを押してから、五階に上がるまでの時間がとても長いものに思えた。
晴山湊は雨宮凛に伝えたい。
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