日めくりカレンダー

喜屋武 たけ

第1話

 サラリーマン生活最後の勤めとしての挨拶回りを終え、英昭ひであきは東京駅の中で絶望的に離れた地下深くにある京葉線ホームに、他の乗客に押されるようにして電車から降りた。

 エスカレーターと動く歩道を使い、黒い鼠の耳を象った物を被った子供や、ぬいぐるみが入った大きな袋を持った人波を避けながら、やっとの思いで八重洲改札口付近に出た。

 普段と違って、構内のそこかしこに明日の入社式に臨む新入社員と思しきグループが数組いる。

 皆一様にダーク系のリクルートスーツと白いシャツを身に纏い、キャリーバックを足元に置き、嬌声交じりに談笑をしている姿は微笑ましい。

 明日の入社式に臨む前の緊張感の中、それでもこれからの社会人生活に向けた期待感を内に秘めて、溌剌とした表情を見せていた。

 微笑ましく思う反面、これから四十年前後、仕事と言う労苦と戦うのだと思うと、英昭は他人事とはいえ、少し気の毒な気もした。

 現役バリバリの頃だったら決してそんなふうに感じることはなかっただろう。だが、明日から正真正銘の無職になる今の英昭は、これから大変だけど頑張れよと、虚しく何の足しにもならない声を掛けたい気持ちになった。

 十数回目となる送別会は隣駅の神田で行われるが、まだ開始時間まで小一時間程ある。

 英昭は神田駅を通過して秋葉原まで足を延ばし、家電量販店で転居先の沖縄では必需品といわれている除湿器や、買い替え予定の冷蔵庫と掃除機などの下見をして時間を潰した。

 

 秋葉原駅近くの家電量販店で腕時計の時間を確認し、夕方のラッシュが始まっている改札口から京浜東北線に乗車して六時四十五分頃に神田駅で山手線を降りる。

 西口近くにある指定された居酒屋の暖簾を、還暦のオヤジとしては長身の部類に入る一七九センチの身を屈めてくぐった。

 威勢のいい店員に奥の座敷に案内されると、既に幹事役の中井と高鍋が上り框に近い席に並んで座っていた。

「あっ庄司さん、お疲れ様です。早かったですね」

 お調子者の中井が英昭に気付いて、甲高い声をかけてきた。

「お疲れさん。本社のお偉いさん達も決算でお忙しいようで、何人か外出していたからな。会長と社長はいたけど、挨拶出来なかった人が多かったから早めに釈放されたよ」

「釈放って、また変な言い方をする……。まだ十分前ですけど、ビールでも飲みますか?参加メンバーも、部署が別々だから時間通りに揃うわけでもないし‥‥」

 高鍋が神経質そうな声で訊いてきた。

「そうだな、ちょっと歩いてのどが渇いたから、一杯だけ先にもらうかな」

 英昭はコートとジャケットを脱ぎながら、高鍋に促されて座敷の中央に座った。

 高鍋が了解ですと頷くと、テーブル上の呼び出しボタンを押して店員を呼んだ。

 店員が注文取り用のメモを片手に不必要に大きな声を出しながら席まで来ると、「生三つに、あと枝豆、それからおしぼり一つ追加」と、注文した。

 マニュアル通りに大きな声で注文を復唱する店員に、英昭は少しうんざりした表情になる。

「ところで、沖縄での住居は決まりましたか?」

 中井は英昭の様子をチラッと横眼で見てから声をかけてきた。

「なんとかね。県内在住の保証人が必要な物件ばかりだったけど、大手デベロッパーが管理している物件が、銀行の残高証明で審査が通るってことで、そこに決める予定だよ」

「場所はどの辺になるんですか?」        

「最初は浦添市や豊見城市周辺の方を考えたけど、さっきも言ったように保証人が必要な物件が多くてさ。そうじゃないところはファミリー向けの部屋だったりで、結局は那覇市内。それも県庁や市役所、国際通りに近い中心部の新築物件になっちゃったよ」

「じゃあ、海が見えるリゾート感たっぷりっていう部屋じゃないんですね。で、いつ引っ越しですか?」

「六月下旬から入居できるみたいだけど、あっちは台風なんかで結構工事遅れがあって、予定通りにはいかない場合が多いらしいので、一応七月の初旬に引っ越しをすることにしたよ」

 店員が大声で無機質な感謝の言葉を述べながら運んで来たビールで、三人は軽く乾杯の仕草をした。

 ビールを飲みながら沖縄の住宅事情の話をしていると、風で乱れた薄毛を気にしている木下を先頭に、英昭と同期の長野や、女性三人を含めた七人のメンバーが騒がしく入って来た。

「時間通りに女性陣が来るなんて珍しいじゃん」

 眼鏡を中指で押し上ながら、中井が皮肉った。

「あんたみたいにヒマじゃないからね」

 営業アシスタントのリ―ダー的存在の早川勢津子が、中井に嫌味たっぷりに返した。

「庄司部長、本当にお疲れ様でした」

 勢津子は英昭には丁寧に挨拶をして、高鍋の指示する場所に座った。

「駅の改札を出たところでみんなと一緒になって、迷わずに来れて良かったよ」

 後ろにいるメンバーを振り向きながら、長野も座敷に上がってくる。

「きゃあ!庄司さん、お久しぶりです!元気にしてましたー?」

 マフラーをはずしながら、谷川沙織が英昭に両手を振った。  

「よう、久しぶりだな、って二週間前の送別会というか飲み会でも会っただろ」

 英昭はジョッキを掲げながら沙織に返し、他のメンバーとも挨拶を交わした。           

「飲む口実は多いほどいいってね」

 沙織が苦労しながらブーツを脱いで座敷に上がってくる。

「俺なんか四回目の参加ですからね」

 木下がそう言って、沙織に続いた。

「あと二人がまだだけど、時間になったので、そろそろ始めますか?」

 中井が周りに確認を取る横で、高鍋が如才なく、今到着したメンバーの飲み物の注文を取りまとめていた。

 各自の飲み物が届くまで、それぞれがけたたましく勝手に話を始め、普段と変わらぬ単なる飲み会の様相になっている。

「では、これから庄司さんの送別会を開催します。自分も庄司さんの送別会への参加は三回目ですが、本日は旧コンシューマ機器営業部の懐かしいメンバーを中心に参集しています。先ずは乾杯の音頭を、同期の長野さんにお願いしたいと思います」

 人数分の飲み物やお通しが届いたところで中井が立ち上がり、長野を指名して座った。

「えーと、ご指名ですので‥‥」

 席の中央付近で、ビールのジョッキを持った白髪交じりのぼさぼさ髪をかきあげて、長野がゆっくりと立ち上がって挨拶を始める。

 すかさず、「短めに!」のヤジが飛び、笑い声が起こった。

 長野はヤジを飛ばした木下を一睨みしてから、「ご指示がありましたので、本当に短い挨拶を……」と、咳払いをして続けた。

「庄司‥‥いや部長とは、同期入社以来、公私ともに長い付き合でしたが、コンシューマ機器事業部の発足時に営業部長に就任された際に、国内営業課の課長として同期の誼もなくこき使っていただき、いろいろと苦楽を共にしてきました……」

 「話は短く!」と、今度は南方系の濃い目の顔をした池永からヤジが飛んだ。他の参加者も、「そうだそうだ」と笑う。

「まあ、と言うことで、庄司には第二の人生を楽しんで頂ければって、いつも楽しそうですから余計なお世話かもしれませんが……。残されたメンバーは不満なところもありますが、沖縄では羽目を外しすぎず、健康に気を付けてのんびりと過ごしてください……では乾杯!」

 最後の方は意図的に早口にしながら、長野は右手のジョッキを飲み始めた。

 他の参加者は乾杯の準備態勢が整っておらず、あたふたとジョッキやグラスを掲げたり、隣に座っている者同士でジョッキやグラスを合わせたりしながら、「乾杯!」「頑張ってねー」「お疲れさんでした!」などの掛け声で乾杯をした。

 英昭は笑顔でジョッキをメンバー全員に掲げて、「サンキュー、皆も頑張って労働に励めよ」と、笑顔で頭を下げた。

「料理はコースを頼んでいるので、飲み物だけ飲み放題メニューから選んで注文してください」

 勝手に話し始める参加者の話声に負けないように、高鍋が両手をメガホンのように口に当てて大きな声で告げていると、遅れていた二人が腰を折るようにして店に入ってきた。

「遅いぞ!仕事が忙しいフリはすんな!」

 池永が笑いながら二人を冷やかした。

「すみません、遅くなっちゃって。庄司さん、お久しぶりです」

 痩身で大きめの黒縁眼鏡をかけた川原が、軽く会釈をしながら席に着く。

 もう一人の加瀬は対照的に全体的に詰まった感じの色黒な男で、こちらは頭を軽く前に倒すだけの挨拶で一番端の席に座った。

「久しぶりだな。元気にやってるか?」

 離れた席に着いた二人に、英昭は声をかけた。

「明日の入社式の準備でバタバタしていますが、何とかやってます」

 川原は二年前に人事部に異動になり、採用担当の部署にいる。

「加瀬のところは、今年度は絶好調だったみたいですよ」

 木下が加瀬を指さした。

「円安のお陰ですけどね」

 加瀬はぶっきらぼうな態度で言い、おしぼりで顔を拭いた。

「嫌だー、おしぼりで顔をゴシゴシ拭くなんてオッサン丸出し!」

 隣に座っている沙織が、加瀬から距離をとるように身を引く。

「会社勤めを始めたら、みんなオッサンになるんだよ。お前らだってブーツ脱いだら足臭いじゃん!」

 すかさず、池永が茶々を入れた。

「ひどい!庄司さん、今のセクハラですよね?部下の管理がなってませんよ」

 一番若い小島理恵が、口を尖らせた。

「もう上司でもないし、ただのプータローだから、関係ないね!」

  英昭は笑いながらそっぽを向いた。

「今日の二十四時までは当社の部長ですから、そんな言い逃れは通用しませんよ」

 歳は若いがしっかり者の理恵が、仕事の時と同様にビシッと英昭に言った。

「そうそう。退職金没収です!」

 沙織も加勢する。

「お前らなー。俺は年金貰えるまで無収入なんだから、退職金が無ければ生きていけないんだよ」

「無収入の人が優雅に沖縄暮らしですか?」

 木下がツッコミを入れた。

「可愛い部下を残して、南国でのんびりするなんて許せませんよ!」

 沙織も悪乗りする。

「本当に仕事しないんですか?」

 典型的な理工系で、普段は口数の少ない村木が珍しく話しかけた来た。

「みんながそういう質問をしてくるんだけど、本当に何もしない、というよりは何もしたくないというのが本音かな。ましてや還暦の爺さんだと仕事なんてないし、俺みたいに特技のないボンクラにはまともな仕事はないからな」

「庄司部長なら営業で培ったノウハウと人脈を活かせる仕事とか、ご自分で何か経営すればいいじゃないですか」

 早くもビールで顔を赤らめている勢津子も、会話に参加してきた。

「庄司さん、どこか他社よそからお誘いあったでしょう?」

 中井はずり落ちそうな眼鏡を中指で押し上げながら、探るような上目遣いになった。             

「ないない。そもそも働くのなら会社に残ったよ。だけど前から言っていたように、六十歳になったら会社を辞めるというのが俺の気持ちの中にあって、担当部署も一応軌道に乗り始めたのでタイミング的には今だな、と思ったわけ」

 英昭は顔の前で手を振って、中井の邪推を否定した。

「なんにせよ会社が厳しい状況で、のんびりと沖縄暮らしなんて羨まし過ぎるよな?」 

 木下が同意を求めるように周囲を見回す。

「ホント、ホント。死刑にしたいくらいだ」

 長野がジョッキを呷りながら頷いた。

「長野のところは今回の決算は厳しかったもんな」

「今期だけじゃなく、明日から始まる新年度も見通し真っ暗だよ。大した新製品もないし、海外生産した物を国内販売する仕組みは急には変えられないので、加瀬のところとは真逆だ。今の円安が続くと目も当てられないよ。でも事業審議では、それを考えて改善するのがお前らの仕事だ、言い訳無用だ!だからな。本当に嫌になっちゃうし、辞めていくお前が憎らしいよ」

 吐息交じりに残りのビールを呷り、「ビール追加!」と、高鍋にジョッキを突き出した。

「まあ、当面は厳しい状況は続くかもな。でも、為替なんて誰も的確に予想できないから、突然円高にシフトする可能性だってあるさ。いずれにしろ何が起こるかわからないぜ。ましてやお前も明日から役職定年だから、お偉いさんから直接ガミガミ言われなくなるだろ?」

「Ⅰ HOPE SO!ってところだな」

「まだ仕事の話をしてるんですかー」

 沙織が自分のカシスオレンジ割りのグラスを持ちながら英昭の前に座る。理恵もグレープフルーツハイのグラスと共に、沙織の隣に移動してきた。

「庄司さん、沖縄はどんなところに住むんですか?」

 沙織が顔を傾けながら英昭に訊いてきた。

「三畳一間で、トイレと台所は共同」

「それじゃあ神田川じゃないですか」

 横で聞いていた池永が笑った。

「池永も歳だな、神田川を知っているなんて」

「神田川ってなんですか?」

 若い理恵がキョトンとした表情で訊いてくる。

「昭和の話だから、理恵には分からないよ」

 池永が理恵を軽くあしらった。

「じゃあ、お風呂はどうするんですか?」

 沙織が英昭に甘えた感じで質問をした。

「海があるじゃないですか。きれいな海が」

 英昭は笑って、腕を洗う仕草をした。

「もう、アホなことばかり言って!もうお爺ちゃんなんですから、少しは真面目に生きていかないと」

 揶揄からかわれて、沙織が頬を膨らます。

「ジジイだがら好き勝手に生きていくんだよ」

「十分好き勝手に生きてきたのに、まだそんなこと言ってる」

 沙織と理恵が顔を見合わせて呆れた。

 勢津子も同感と言うように頷き、女性陣三人は、「ねー」と息の合ったところを見せた。

 それからはいつもの飲み会と変わらず、仕事や家庭の愚痴、最近の話題などで話が弾む。

 英昭の席の近くには参加メンバーが入れ代わり立ち代わりにやって来て、会社を辞めてからの予定や、一緒に働いていた時のエピソードなどが交わされる。

 自分の為に集まってくれたかつての部下を見回して、今後こういった飲み会がなくなるのだと思うと、英昭は少し寂しい気がした。

 騒がしい宴も終わりに近づき、英昭は型通りに挨拶をさせられる。

「俺は遊んで暮らすが、お前ら労働者はしっかり働いて、俺の年金が滞ることのないようにしろ」と冗談交じりに言い、参加者全員からブーイングを浴びた。

 締めの言葉を直近迄一緒の部署で仕事をしていた木下が行い、英昭の最後となる送別会はお開きとなった。

 店を出たところで、沙織や理恵がカラオケに行こうと駄々をこねたり、中井や池永達が「もう一軒行きましょう!」と言うのを、この後も用事があるからと振り切って、強引に長野とタクシーに乗り込む。

 英昭が押上駅に向かう車中で、同期の一人に今から長野とタクシーで向かうとLINEをすると、もう店で飲んでいるとのコメントが熊が笑っている意味不明のスタンプと共に返って来た。


 押上駅でタクシーを降りた英昭と長野は、駅近くの古びた雑居ビルの二階に階段を使って上がった。

 数軒ある飲み屋の中でも、抜きん出て汚れて色の褪せた暖簾がぶら下がっている飲み屋の硝子戸を英昭が力を入れて開けた。

 店の奥の小上がりで、若作りで着るものに気を遣う布瀬川と、鶴のように痩せて白髪を短く刈った石原が、焼酎を飲みながら卓上コンロに載っているおでんをつついていた。

「早かったな」

 同期で一番の出世頭である常務取締役の布瀬川が手を挙げて、二人を座敷に招き入れた。

「何飲む?俺達は赤霧島のお湯割りだけど」

 郡山工場長の石原が、座るっている位置をずらしながら濁声で訊いてきた。

「俺はロックで」「俺も同じもので」

 英昭と長野が席に座りながら、石原に飲み物を頼んだ。

「明日は入社式だろ?あまり遅くならないようにしないといけないんじゃないの?俺は昼過ぎまで寝ていられるけどな」

 英昭は、入社式に出席する布瀬川と石原に笑いかける。

「早速プータロー自慢か」

 布瀬川がぶすっとした表情で焼酎を呷る。

「お疲れさん。裏切り者め!」

 石原が焼酎を入れたグラスを、乱暴に英昭の前に置いた。

「まったくその通り!簡単に辞められる庄司が憎らしいよ」

 長野は受け取った焼酎のロックを、乱暴に一口飲んだ。

「やっぱ、独り者は自由だよな。好き勝手にできるもんな」

 熱い大根を頬張りながら、聞き取りにくい声で布瀬川も続いた。

「俺のところはまだ下の娘が来年大学受験だし、カミさんは怖いし……」

「石原は結婚が遅かったからな。うちのバカ息子は来年卒業だけど、就活は苦戦しているし、カミさんのお袋さんがボケてきちゃってるんで、サッサと会社を辞めて隠居したいなんて言ったら殺されるよ」

 大根を焼酎と一緒に飲み込みながら、布瀬川がモゴモゴと呟いた。

「布瀬川は社長の目もあるから、そう簡単には脱走できないだろ」

 好物のちくわぶに辛子をつけて、英昭は口に入れた。

「お前だって辞めるなんて言わなければ、今年は本社の役員になってたかもしれないんだぜ」

「マジで?」

 長野が素っ頓狂な声で、布瀬川の言葉に驚いた。

「会長の藤原さんはかなり推していたし、社長の町村さんもそろそろ本社に戻したいみたいだったし……。俺としても庄司がボードに加わってくれると助かると思っていたんだ」

 布瀬川が熱々のたまごを口に入れて、ハフハフしながら言う。

 猫舌のくせに何でいつも熱いものばかり食べるんだろうと、英昭は知り合った頃から不思議に思っている。最近は『ひとりダチョウ俱楽部』と、腹の中で笑っているが、勿論、本人や周りの人達に言ったりはしない。

「お前さー、本当になんで辞めちゃうの?」

 二軒目で少し酔いの回り始めた長野が、英昭の肩を軽く抱いて体をゆすった。

「もう何度も説明しただろ。離婚して一人になってから、養育費と家のローンが終わったら好きなことをやろうって決めていたって」

「でも勿体ないよな……。庄司は偉ぶってないから結構若いやつらの人気もあったのに」

 石原がしんみりとした口調になった。

「石原までそんなこと言うか?お前に辞めることを話した時は、良く決心したって珍しく賛同してくれただろ」

「あの時はそう思ったけどな……。いざお前が辞めるとなると、寂しいものがあるよ」

 石原が英昭を見つめるように言った。

「なんで気持ち悪い目で見るんだよ。お前、もう酔ってる?」

「まだ三杯目だ」

 石原は自分でお湯割りを作り始めた。

「まあ、明日からは由緒正しいプータローになるのは事実で、辛い懲役から解放されるんだから、俺達同期は温かく見送ってやろうよ」

 布瀬川がグラスを掲げた。

「やっぱり独身はいいよな。それに比べてカミさんがいると大変だぜ」

 長野が石原の方に空のグラスを突き出した。

「どういうこと?」

 石原が長野のグラスに焼酎を注ぎながら訊いた。

「一昨年退職した岩瀬さんって知ってるだろ?」

「半導体事業部の?」

 英昭と石原が同時に反応した。

「そう、この間の正月明けに飲んだんだよ」

「長野は大学が一緒だったよな」

 布瀬川がおでん種を選びながら言った。

「同好会も一緒だ。で、正月明けに飲み会をやったんだよ。岩瀬さん以外にOBも何人かいたけど、みんな結構愚痴ってたよ」

「どんな風に?」

 石原は膝を乗り出した。 

「岩瀬さんが言うには、退職後は晴耕雨読でのんびりとって考えていたけど、世の中というか家庭はそんなに甘くないのよ」

「岩瀬さんのところは、奥さんがキツいからな」

 熱い汁がたっぷりのしらたきの攻撃にあって、布瀬川は顔を顰めた。

「布瀬川は岩瀬さんの奥さんのこと知ってるの?」

 石原がしらたきと格闘している布瀬川に視線を送る。

「情報機器事業部の時一緒だった。博美って名前で、性格も香水もキツい女だ」

 布瀬川は顔を赤くしながらしらたきを嚥下して、口をパクパクさせた。

「それで?なにが大変だって?」

 英昭がまた新たなおでん種を探す布瀬川を横目で見ながら、長野に先を促した。

「退職して暫くはすることもないので、一応奥さんに気を遣って、家事の手伝いみたいな事をしてあげようと思っていたらしいんだが、今迄そんなことしたことがないから一々奥さんにやり方を訊だろ?ところが奥さんからしたらそれが鬱陶しいわけさ」

「急に下手に出てこられたら、奥さんも気味が悪いっていうのもあるからな」

 布瀬川は新たな敵となるシューマイ巻きに神経を集中させていて、ついでのように言った。

「布瀬川にも思い当たるところあるんだ?」

 英昭が、シューマイ巻きを一口で食べようかと迷っている布瀬川を見た。

「みゃあな」

 布瀬川は、まあな、と言いたかったようだが上手く言えず、半分程シューマイ巻きを齧った口の中に手で風を送りながら頷いた。

「お前が掃除機をかけてたり、台所で洗い物をしている姿は想像もつかないけど、社員に披露したら絶対に受けるけどな」

 熱いものと格闘しているところも社員に見せてやりたいと英昭は思ったが、その言葉は飲み込んだ。

「でな、ある日奥さんが岩瀬さんに自分のテリトリーに入って来るな、みたいなことを突然言ってきたんだって。仕事をしているときは子育ても家事も一切手伝わなかったくせに、急に媚びへつらい始めたのも嫌だって言ってきたらしいのさ」

 長野は自分が言われたように、首をすくめた。

「結構シビアな話だな……」

 タバコの煙を吐きながら英昭がのけぞった。

「更に駄目出しがあって、そんなこと、つまり家事とかだな……。やるヒマと体力があるのなら、私の邪魔をしないようにどこでもいいから外で働いてくれって言われたらしいんだ」

「つまり、家でゴロゴロするなってことだよな」

 石原は、自分が言われたかのように顔を顰めた。

「岩瀬さんからしたら、四十年以上真面目に働いて曲がりなりにも定年を迎え、子供達も独立し家のローンも終わった。さあこれから奥さんと旅行したり庭いじりしたりしながら新しい趣味を見つけようとした矢先に、いきなり強烈な右ストレートを食らった心境だったみたい」

「女は自分の領域を大事にするからな。男はその逆というか、私生活の中で自分のテリトリーを持ってたり明確に自覚しているなんて、余程の成功者か自己主張が強いやつ以外ではいないからな」

 布瀬川が今度は熱々のはんぺんを口に含みながら頷くように言うが、はんぺんの汁が口の中を更に攻撃したようで、慌てて水を飲む。

「でもたまらないよな……。苛烈な受験戦争を経て大学に入り、そこを卒業して就職して、どうにか結婚をし子供が生まれて……兎にも角にも家庭を維持するために外で働くのがサラリーマンの宿命だろ?でも、現役時代からリタイア後の事を考えて、趣味を持ったり近所付き合いをしたりしないと駄目だなんて、老後問題の評論家なんかが勝手にほざいて不安ばかり煽るけど、そんなの中々出来ないというのが現実だろ!」

 長野は、サラリーマンを代表して抗議するような口調になってくる。

「若いうちから退職した後の生活や老後の事なんて、具体的に考えてられないよ。子育てやら、家のローンと教育資金など、目の前の事をこなしていくのに精一杯だって。しかも仕事上のゴタゴタや人間関係、更に昇進のことなんかもあるし、とてもじゃないけど退職したあとの事なんか考える余裕なんてないだろ」

 石原も身につまされたように項垂れた。

「とにかく不安ばかりを煽る、べき論が多過ぎる!退職時にン千万円の貯蓄を、健康に留意して身体が動くうちは働け。広い自宅は処分してコンパクトな住居にしろ。妻の邪魔にならないように、趣味を持ったり友人を作って外出する機会を多く持て、なんて言ってるけど、評論家のいう解決策は抽象的で全く参考にならん!そんなことに囚われて窮屈な思いで生活をして、却ってストレスためてどうするんだって話だよ!結局はビジネスとして老後不安を煽っている部分もあると思うぜ。なにしろターゲットとなる退職予備軍はいくらでもいるからな。やたらと貯金を眠らせないで投資しろだの、田舎暮らしを勧めたり家のリフォームを推奨するのも、金融機関や不動産屋の差し金だろ?極めつけは、死ぬまで働かせて年金支給年齢の引き上げや減額を狙っているお上の陰謀だ!」

 長野は興奮して、あらぬ方向に話が飛んだ。

「まあまあ、そんなに興奮してどうする……。なんか話が斜め上に行っちゃってるな。今日は庄司の慰労とこれからの門出を祝う席なんだが……」

 布瀬川が話題を変えるように言った。

「すまん、そうだよな……。また同期が一人減って寂しくなるけど、俺達もあと数年でリタイアするのは確実だから、庄司には退職後の身の処し方を先に実践してもらって、情報提供をお願いしたいところだ」

 長野も興奮している自分を落ち着かせるように、グラスを庄司に掲げた。

「俺の予想だと、庄司は、多分半年持たずに東京に帰ってくると思う」

 石原が真面目な顔で予想した。

「確かに庄司が沖縄で一人のんびりと暮らすなんて、想像もできないよな」

 長野も頷きながらグラスを空けた。

「お前、彼女とかはいないのか?」

 布瀬川が辛子をつけ過ぎた熱々のこんにゃくを齧りながら、唐突に訊いてきた。

「あのなー、還暦で無職、家無しの爺さんと付き合ってくれる奇特な女がいるか?」

 英昭が開き直った口調で布瀬川を見た。

「お前、離婚してから何人と付き合った?」

 長野はそんな英昭に忖度するつもりはないようだ。

「そんなの何人もいるわけないだろ!離婚してからは修行僧みたいに慎ましく生活してたのを、お前だって知ってるだろ?」

 英昭は、長野に向けて口を尖らした。

「嘘言うな!確かにお前は女の口説き方を知らないが……。でも俺はお前が何人かと付き合ったのを知っているぜ」

 長野が英昭の脇腹を小突いた。

「お前が知っているはずないだろ!」

 こんにゃくに苦戦している布瀬川を横目で見ながら、英昭は長野を睨んだ。

「離婚して暫くした頃に、お前がおネーちゃんとデートしているのを目撃したのが何人もいるぞ。大体、本社近くの幕張のアウトレットとか、ディズニー辺りでデートするかね。うちの会社の人間がそこら中にいるのに無防備過ぎるぜ」

 長野が外国人のように、肩をすくめた。

「お前、どうせ沙織みたいなゴシップネタが好きな連中から吹き込まれたんだろ」

 英昭は早く話題を変えたいが、上手い切り返しが思い浮かばない。

 すると、熱々で辛子たっぷりのこんにゃくを飲み込んで喉にも影響が出た布瀬川が、長野に加勢してきた。

「俺も聞いたことある。経理のおばちゃんが、津田沼駅でおネーちゃんと仲良く歩いてる庄司を見たって」

 しわがれた声で言ってから、布瀬川は水を美味そうに飲んだ。

「そうだろ!気が付いていないのは本人だけで、周りは目撃しているもんだよ」

 長野はヘリウムガスで声が変わったような布瀬川の声に一瞬気を取られたが、英昭に詰め寄る。

「犯罪者扱いするなよ。独身なんだからおネーちゃんと歩いていたり、飯食ったりしても罪にはならんだろ」

「お、開き直ったな!」

 長野は笑った。

「本当に沖縄には一人で行くのか?」

 石原は自分も参戦しなければならないという義務感丸出しで、英昭に詰め寄ってきた。

「お前までなんだよ。そんなことに興味ないだろ?」

「庄司の場合は別だ」

 実直で真面目な職人の顔になって、石原が英昭の視線を跳ね返した。

「はー、嫌になっちゃうな。一人で行くに決まってるだろ。誰が好きこのんで薄汚いバツイチの爺さんと沖縄に行くかね」

「いや、お前は分からん。女には不器用なのに、何故か結構もてたりするからな」

 長野は猜疑心に凝り固まった目で、英昭の顔を覗き込んだ。

「俺達の新人研修の時、結構女子が庄司のことで盛り上がってたのを知ってるか?誰が同じ部署に配属になるかって」

 布瀬川も長野を後押しする。

「そんな四十年近くも前の話なんか関係ないだろ」

「でも、お前は離婚して一人暮らしが長いけど、あまり所帯疲れがないからまだ現役っぽいぜ」

 長野が下卑た笑いと共に言った。

「お褒めを頂きありがとうございます。だけどもう出家したよ」

「よく言うよ、それは俺のセリフだ。前立腺の手術を受けてからは、文字通りただの排泄器官に成り下がったものしかないからな」

 長野が自分の股間を指さした。

「長野が入院した時はびっくりしたけどな……。もう大丈夫なのか?」

 石原が心配顔になった。

「お陰様で、手術から六年経ったけど、今のところ大丈夫だ」

「また健康の話か……。飲むと必ずこの手の話題になるよな」

 布施川がため息をついた。

「確かに健康の話は鉄板だな。ガタが来たまま、もう第四コーナーを回ってゴール目前だからな。但し、ゴールテープ迄どのくらいあるのかが分からないのが難点だが……」

 長野はそう言って、エイヒレを口に咥えた。

「確かに気が付いたら目の前にゴールテープがあったなんてことになりかねないからな。だから俺は、今がやりたいことをやる時だと思った、というより、やりたくないことはもうやらないって決めたんだ。その中で先ずは仕事を辞めようかと……」

 話題が変わり始めた気配を感じた英昭は、また元の話題に戻らないように慎重に話を進めた。

「そんなに仕事が嫌だったのか?そんな風には見えなかったけどな」

 石原が意外そうな表情になる。

「仕事というか、上手く説明できないんだが……。例えば、真冬の寒い朝、まだ外が暗い中起きて、支度をして満員電車に乗って会社に行くとか、クソ暑い中ネクタイ絞めて移動するとか、聞き分けのない輩との交渉とか……。とにかく仕事をしていて楽しいと思えることが一つもなくなったんだ。とにかく窮屈なことを放棄したくなったんだよ」

 英昭は完全に話題が変わるように、敢えて長野が腹を立てるような挑発的な言い方をした。

「みんなそう思いながらやってんだよ。お前、何ぬるいこと言ってんだ!」

 長野が見事に食い付き、絡むような口調で英昭を見た。

「いや、だから一言では言えないんだよ。いろいろな事が積み重なってさ……」

「庄司らしくないけど……。まあ決定したことを今更グダグダ言ってもしようがないけどな。人それぞれに悩みはあるよ」

 長野が絡みだしそうな気配を察した石原が間に入った。

「そういう事。長野は妬みも入ってんだろ?」

 布施川が少し諫めるような口調で言うが、声はまだ少しかすれている。

「当たり前だろ!妬みというか羨望だよ。俺もさっさと楽になりたいよ」

 長野は空のグラスを、石原に突き出した。

「楽になるかどうかは分からんよ。なにしろ物心ついてから一度も経験したことがない、何もすることがない環境になるんだからな。本音を言えば、今日の退職日が近づくにつれて、楽しみより不安の方が強くなってきたっていうのが正直なところだし……」

 英昭は女性関連の話題に戻らないように、殊勝なところを見せた。

「向こうでは本当に働いたりしないのか?」

 石原が真面目くさった表情で確認してきた。

「ああ、働かずにボーっとしているよ。お陰様で、早期退職扱いで割り増しの退職金も出たし、確定拠出の方もこのところの株高で結構利益も出たしな。ジジイ一人で生きて行くのにはなんとかなる程度の蓄えもできたからね。但し贅沢はできないし、大病したら一発でアウトかも」

「このご時世で良くぞ貯めこんだな。ここ二十年は賃カツ、賞与カットの連続だったのに」

 石原が言うと、長野が頷きながら続けた。

「給与カットは慢性的にあったけど、賞与カット、酷い時は不支給で、ローンと教育費に追われている身ではきつかったよな」

「最初はオリンピック並みの頻度で賞与カットや不支給だったけど、リーマンショック以降はそこに冬季オリンピックが加わり、しまいにはサッカーのワールドカップの開催年まで追加って感じで、こっちも麻痺してきちゃったもんな」

 英昭は長野におもねるように言った。

「そんな環境下で、お前はサラリーマン人生を全うしたんだから、羨ましい限りだよ」

 石原が心底羨ましそうに言った。

「そういう石原と長野だって、もう少しで出所できるだろ?布瀬川は無理だろうけどな」

「なんで俺は辞められないんだよ?」

 布瀬川が珍しく寂しそうな表情になった。

「今は常務だけど、この先がまだあるからな。俺達同期の星なんだから!」

 長野がおだてて、両手を布瀬川に向けてひらひらと振る。

「やめてくれよ!俺だってお前達と同様にゆっくりとしたいよ」

「いや、我が社の将来は布瀬川の双肩にかかっているから、当面出所はできないな」

 英昭も笑いながら長野に同調した。

「刑期満了前に脱走する庄司には言われたくないな!」

 布瀬川はグラスを呷った。

「でも、スパッと辞めることができる庄司は、ホントに羨ましいよ」

 石原が自身の環境との違いを嘆くようにこぼした。

「隣の芝生だよ、そう見えるのは。明日からは足場というか拠って立つ場所がないんだってことは、えらく頼りない気分だよ」

「そんなもんかね。でもそう言われればなんとなく分かる気がするな。なんだかんだいっても、俺達サラリーマンは会社というか、組織がバックボーンにあるからな」

 石原がグラスを握りしめた。

「そうだよ、俺なんか明日からは社員証も名刺もない由緒正しいプータローだからな。おまけに家族もなく、持ち家もなしの、ないない尽くしだ」

 英昭が明るく言うと、「自業自得だ」と布施川がボソッと言っておしぼりを投げてきた。

「でもきれいなネーちゃんと南国で暮らすんだから満足だろ」

 長野がまぜかえした。

「だから、本当に一人で行くんだってば!お前もしつこいねー」

 話題がまた元に戻って英昭は慌てた。

「いや、信用できないね。人見知りのお前のことだから、絶対に一人で知り合いもいない沖縄に行く筈はない……。そう言えば、今、突然思い出したけど、かなり前に酔ったお前がポロっと漏らした、通信会社に勤めているおネーちゃんとはどうなったんだ?十歳位年下だったろ?」

 長野の爆弾発言に、布瀬川と石原は「なにっ!」と言うように、英昭を見た。

「そんなことお前に言ったか?ホントに?覚えてないなー……でも、もうとっくに終わってる話だ」

 村岡有香里のことが長野の口から出て、英昭は狼狽えた。

 有香里は取引先の通信会社に勤めていて、その会社とのプロジェクトの打ち上げで、意気投合して付き合いを始めた。

 それから十年以上の付き合いだったが、有香里の家庭の事情や、英昭が優柔不断だったこともあり、二人で生活を始めるには至らなかった。

 最終的には、英昭が退職して沖縄に行くことを相談もなく決めたことに有香里が失望し二人の間に埋めがたい溝が生じて、自然消滅的に連絡を取らなくなってしまった。

「もう十年近くも前だから場所は忘れたけど、何かの飲み会の後、お前と二人で飲み直している時に俺がお前に再婚とかしないのかって訊いたんだ。そしたらお前が少し自慢げに考えていないわけでもないけどなって言って、実は最近付き合い始めた女性ひとがいるとかなんとか……。その時もどうやって口説いたんだって訊いたら、良く分からんとか言いやがって……ホントに仕事の時とは別人のようにプライベートでは意気地のないやつなのに、どうして女が出来るんだって怒ったろ?でも終わったってことは、どうせ浮気でもばれたんだな」

 長野が言い逃れは許さないと、ドラマの刑事のように英昭を追及した。

「浮気できるほどモテたら世話ないさ。会社辞めて沖縄に行く話をしたんだが、東京を離れるつもりはないって、きっぱりと断られてその後なんかギクシャクして、自然消滅だ」

「捨てられたって事か。こりゃあ面白い!」

 英昭を除く三人が手を叩いて喜ぶ。

「人の不幸を喜んでんじゃねーよ」

「ふん。お前はそっちの関係では恵まれ過ぎてたからな。ざまーみろってなもんだ」

 長野が小学生のような悪態をついた。

「どこが恵まれてんだよ!女房に捨てられ早や十五年。寂しい中年が老人になり、尾羽打ち枯らして都落ちするのを笑うとは!お前、それでも友達か!」

「だから、それが自業自得だってーの」

 長野は容赦しない。

「好き勝手やってきて、しまいには仕事も放り出し、更に沖縄で暮らそうなんて極悪非道の思考回路なんだから当然の帰結だ」

 布施川も正常になりつつある声で長野に加勢した。

「布瀬川までそんなこと言うか?友達甲斐のないやつらだ。石原だけだな、俺の味方は」

「いや、俺も長野派だ」

 ミリ単位のミスも許さない職人の顔で、生真面目に石原が宣言した。

「そうだ、お前には一人も味方はいないんだ、ざまーみろ!」

 長野は両手を腰に当てて大笑いした。

「ひでーな。今日は俺の送別会というか壮行会だろ」

「急遽変更してお前を糾弾する会になったんだよ。こうなったら、ここの会計とこれから行く亀戸の店もお前が払え!退職金がガッポリ入るんだし、しかも俺達と違って由緒正しい血統書付きの独身で好き勝手に金を使えるんだからな!」

 長野は何に酔っているのか分からない状態になっている。

 こういうときは逆らわない方が良いのだが、英昭も酔っていてつい悪態をついてしまう。

「まだ飲むのかよ?お前ら労働者は明日も懲役だろ?怖いカミさんと憎たらしい子供ガキがいる刑務所に早く戻れって!」

「なに―!プータローの分際で、俺達のような真面目で勤勉な労働者を囚人扱いしやがったな!あったまに来た!今日は絶対にお前に払わせる!」

 長野が時代がかったように宣言した。

「激しく長野に同意だ!だったら婆さんしかいない亀戸の店じゃなく、もっと高い店で奢らせろ」

 布瀬川が長野に同調し、石原も大きく頷いた。

「庄司、分かったか!今のお前に味方は一人もいないのだ!」

 長野がカカカと、勝ち誇ったように笑った。

 英昭はこれ以上の抵抗を諦め、「もう、好きにしてくれ……」と、匙の代わりに箸を投げた。 


※最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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他に【シンビオシス~共生~】【ポイズン~自己中毒~】という物語もアップしていますので、ご一読いただけたらと思います。


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