第3話 カタスミ
潮の匂いがする。
車は海沿いの路でガソリン切れで止まってしまった。
ジミオもマキノも当然、車のことなんかわからないのでそのまま降りて徒歩で歩き始めた。
潮風がふたりを撫でた。
しばらく海沿いを歩いていると、古い家があった。
ぼろぼろでほこりをかぶっている。
ふたりはその家に近づいて扉を開ける。
ぼろぼろの家の中は蜘蛛の巣が張っていた。
中を進んでいくと、椅子の座っている誰かがいた。
近づいてみると、それは骨だった。
ここで一人、息絶えたのだろう骨だった。
このいえには、その人物しかいなかった。
「しばらく、ここにいよう」
ジミオはそういった。
死んでいた誰かに対して、思うことなどなかった。
「うん!」
とマキノは嬉しそうに頷いた。
既にマキノはジミオのことが好きだった。
彼女は、自分に構ってくれる人が好きだった。
ジミオは表情を変えない。
不意に銃声がした。
家の窓が割れた。
この家の骨は粉々に砕け散った。
二人は慌てて外に出た。
ヶ藤が歩いてきた。両手に銃を持っている。
パトカーのサイレンが聞こえた。
三人を追い詰めに来たのだ。
銃を打ちながら、ヶ藤はマキノを追いかける。
マキノと一緒にジミオも走り出した。
海が――凪いでいる。
パトカーが一斉に周囲を囲みだした。
中から現れたたくさんの警察官たちが銃を構える。
「終わりだァアアアアアアア! マキノォォォォォォォォォォ!」
ヶ藤は何発も銃を発射した。
一発がマキノの足に当たり、彼女は倒れた。
警察官たちが発砲した。
全弾がヶ藤に命中した。
「ァ―――――?」
ヶ藤は全身くまなくハチの巣にされた。
最後に思考する間さえ、与えられない。
最も、その男が最期に思うことなど、ありはしない。
「牧野リカ! 殺人の容疑できみを逮捕する! 大人しく投降しなさい!」
たくさんの警察官がわらわらとウジ虫のように海岸にあふれてきた。
そんな光景を、ぼんやりと少年は見ていた。
普通の家に生まれた。
普通に成長した。したはずだ。
両親からの寵愛も、同級生からの親愛も、欠くことはなかった。
欠いていたのは、いつも自分だった。
何かを思うことがなかった。
心が揺らぐことがなかった。
愛とか友情とか、世間一般では尊いとされるものも。
悪とか憎悪とか、世間一般では疎まれるものすらも。
歌とか物語とか、世間一般では美しいとするものも。
なに一つとして何も感じない。
ずっと、ずっと、凪いでいる。
ずっと、そうでない自分を探していたような気がする。
悪い友人を作ってみた。何をしても、何も響かない
良い友人を作ってみた。何を聴いても、何も思わない。
目の前で殺人が行われているところを目撃したとき、一瞬、自分の中の感情とか感性とか、そういったものが揺らいでくれるのかと思った。
けれど、結局何にもならなかった。
唯―――ずっと凪いでいる。
ひとごろしの少女と過ごしてみた。
彼女は自分に懐いているが、自分は彼女に何の感情もない。
――どうでもいい。
少年は――ジミオは歩き始めた。
ハチの巣になったヶ藤の傍に立ち、しゃがみ込む。
ヶ藤が持っていた銃をその手に持って、発砲した。
警察官の一人にあたって、その警察官は死んだ。
少し、小首を傾げる。
やはり、何も思わなかった。
ただ、それを確かめたかった。
たくさんの銃口が少年にむかった。
「やだ! やだ! もうわたしを独りにしないで!」
身勝手な誰かの叫びが聞こえた。
もう名前すら忘れた。
少年は走り出した。どこかに、自分の心を波立たせてくれるものを探していた。
潮騒は聞こえない。
振り返るものはない。
無くしたくないものもない。
どこまでもどこまでもどこまでも、少年は孤絶していたから。
果たして、幾重にも銃声が響いた。
話はこれで終わり。
世界の片隅の、なんとも空虚で無価値な話だ。
海はなおも、凪いでいる。
血塗れ凪ぎ、独りきり 葉桜冷 @hazakura09
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