第2話 アシアト
その喫茶店のテレビは昼のワイドショーが流れていた。
A町のこともニュースでやっていた。
警察官だった男が娘を殺した少女に町中で発砲したらしい。
ちなみにそのヶ藤という男の消息は今のところつかめていない。
「この、男の娘を殺したという少女! 年齢は13,4くらいだといわれていますが、しかし余罪もあるという話でしたよね。ナントカさん!」
「ええ!幼少期から小動物を殺していて最近は人間を殺していたとか! 既に少女の犠牲者と思われる死体がいくつも上がっています!」
「少年法がなければ今すぐにでも顔と実名を公開したいところですよ!」
司会者は随分と鼻息を荒くしていた。
そのとうの少女は喫茶店でオムライスを食べている。
「こんな美味しいの初めて食べたよ!」
「それはよかったね」
無表情のままジミオはコーヒーを飲む。
砂糖もミルクも入っていない、きついくらいに濃いブラックコーヒーだった。
「ところでお金あるの?」
「ない」
「じゃあどうするの?」
「時間帯的に、そろそろ学生が喫茶店にたくさんやってくる。店員が対応に追われているうちにそのまま外に出る」
「わかった!」
結局、普通に声を掛けられたので店員を殴り飛ばして食い逃げしたのは少し後の話。
※
ヶ藤はなじみのやくざ事務所を訪れていた。
懐から札束を出して、組長の机に投げつける。
「マキノの居場所を突き止めろ」
「……ヶ藤さん、あんたには確かに世話になった。だがそれはあんたが警察という立場だったからこそだ、だが今のあんたはもう警察官じゃない。それどころかやくざもん以下だよ。あんたに協力する気は毛頭――」
ヶ藤は近くにいた若いやくざの頭を撃ち抜いた。
銃口を組長に向ける
「話、聞いてなかったか?」
「―――」
組長の男はおもむろに両手を挙げる。
「金が足りないなら警察の汚職リストの隠し場所も教えてやる。俺の言う通りにしろ」
「……そうまでして何を望む、そこな小娘を殺すことをか?」
「そうだ」
「なんでまた……」
「こいつは俺の娘を殺しやがったんだぞ!」
ヶ藤は発砲した。事務所の窓が割れた。
「待て待て、わかった。できる限りのことはするよ」
「頭! こんな奴に!」
組長の男は若いやくざの抗議を片手で制した。
「頼むからさっさと出て行ってくれ」
そう組長が言うとヶ藤は事務所を後にした。
「……頭、いいんですかい? あんなやつのいいなりで」
「……まあいいさ。もともと狂犬のような男だったが、もはや狂人だ。交渉や恐喝が通用する相手じゃあない。今は言うことを聞いておけ。どうせすぐ死ぬしな」
「しかし、あいつの娘ってあれですよね。有名なヒデェ売女。死体は死後数か月たってたって話ですし。とても親に大事にされ、していたようには……」
「そりゃあおめえ、あいつが手前のことしか考えてねえ奴だからさ」
組長は、若い男に向き直る。
「人でなしが、なんで人でなしなのか分かるかい? 連中は、究極にてめえのことしか見えてねえのさ。やくざにも警察にも会社にも学校にも、そこには社会がある。規範とは別に守るべき協調とかがあるんだ。それがわかんねえし出来ねえ奴は、結局、誰とも分かり合えねえのさ」
※
ジミオは車を運転していた。助手席にはマキノが乗っている。
鍵が壊されている。要するに車を盗んだのである。
車通りは少ないくせにやけにやけに広い道路を走っていく。
その行く先に当てなどない。
助手席に座りながら、マキノは過去を回想する。
小さな路地裏のボロアパート。
だれもいない1kの一室。真っ暗闇。あいまいな自分。
たまに部屋が明るくなる。
おかあさんと、今回のおとうさん。
おなかがすいたので、その場をとうりかかったゴキブリを手でつかんで食べた。
するとふたりともわたしのほうをみてくれた。
とてもうれしかった。
今度はねこをつかまえてみた。
つよくにぎったらねこはいろいろぴんくなものを口とかお尻から噴き出した。
びっくりしたけど、すごくすごい感じがした。
あいまいなわたしが、その瞬間だけ、確かにそこにはあった。
赫い、赫、赫い血。
きらきらして、嬉しい。
たしかなきらめきと、ぬくもり。
わたしはねこのはらわたを舐める。喰む。
この快楽の虜になる。
そしたらおかあさんがぶってくれた。
おかあさんがわたしにたくさんなにかいってくれる。
うれしい、かまってくれる。うれしい。
だからもっとってまたねこをころして、いぬをころして。
おとうさんと、おとうさんとはだかんぼでねていたおねえさんをころした。
ひとをころした、戦慄。旋律。
嗚呼―――なんて甘美。
それに――――ねぇ、おかあさん。みて。こんなにおおきいいきものをころしたのよ。
おかあさん。どうしてじぶんでじぶんをころしてしまうの?
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