第1話 ハジメ

「ジミオくん」

 クラスメイトに声を掛けられて少年は振り返る。

 背の低い少年だ。

「代わりにゴミ捨て行ってくれない?」

 クラスメイトは彼にそういう。

 それは本来そのクラスメイトの仕事だが、彼等彼女等は放課後クスリをするので忙しいのだ。

「いいよ」

 ジミオはそういってゴミ箱を受け取った。

 中には大量のティッシュとピルケースと注射器が入っている。

 彼は学校のゴミ捨て場へ向かってそこにゴミ箱の中身を捨てる。

 清掃業者はしばらく来ていないのか蠅の類が非常にたくさん湧いている。

 

 ジミオはゴミ箱の中身を捨て終わると、カバンを取りに教室に帰った。

 カバンをもつとちくりと指先に痛覚が走った。

 カバンにカッターが仕込まれていたのだ。

 先ほどの彼等彼女等の悪戯だろう。

 ジミオは傷口を一瞥すると、何事もなかったように教室を後にした。


 学校から出た彼が向かったのは近所の公園だった。

『A町立公園』と半分外れた看板に書いてある。

「あ、きた!」

 快活な少女の声が聞こえる。

 明るい髪に古びたジャケット、ボロボロのジーンズ。

 背の低い少女だった。

 少女は背中にコントラバスケースを背負っている。

「まってたよぉ~! まちくたびれたよぉ~!」

 顔全体でブーブー行っている、彼女の名前はマキノ。

 ちなみにコントラバス奏者ではない。背中のコントラバスケースに入っているのは昨日彼女が殺した若い男だ。

 


 時は昨晩に巻き戻る。

 夜道を歩いていたらナンパしてきた男を、ちょうどいいやと殺した後――因みに胸と腹部を刺した後、失血死を待つタイプの殺し方――ひょっこりとジミオが現れたのだ。

 見られたからにはしょうがないと殺そうとしたところ。

「その死体、どうするの?」

 という実に素朴な疑問が彼の口から出たのだ。

 その場に放り出したらダメなの? とマキノが聞くとジミオは、そのままにしてたら警察に捕まるんじゃないか? という。そっか、そとでの人殺しはまだ二回目だからよくわかってなかった。

 確かにそれは困る。逮捕されたらもう殺せない。わたしは殺しがすきなのだ。

 すると、

「ちょっと待ってな」とジミオはいい、その場を立ち去った。

 一寸待っていると、彼は値札のついたコントラバスケースを持ってきた。

「これにしまおう」

 というので男の死体をそのコントラバスケースに押し込んだ。

 びっくりするくらい死体はぴったりと、その中に納まったのだ。

「今日はもう遅いし暗いから、明日捨てに行こう」

「捨てるって、どこに?」

「すぐそばのB河に。あそこは広くて流れが速いうえにヘドロが浮いているから簡単に死体を流せるよ」


 ということで、今日。放課後。

 学校に行っていないマキノはいじらしくも公園で一日待っていたのだ。

 ジミオが公園に訪れて、ぱーっと彼女の顔が明るくなる。

 一緒にB河へ向かった。


 コントラバスケースをふたりで放り投げる。

 なかなか沈まない。

 中で死体が腐敗しガスを発しているのだろうか?

 するとバーンとケースが爆裂した。

 コントラバスケースだったものと死体だった物が散り散りになって川に沈んでいった。

「なんかすごかったね! ジミオ君!」

「そうだね。ところでコントラバスケースの代金なんだけど」

「お金ないや!」

 




 男は警察官だった。

 男は台車に犬の死体を乗せて処理センターに向かう。

 そのセンターの入り口ではなく、裏口から男は入った。

 ガチャリと扉を閉めて、外界との接続を遮断する。


 そしてその場で犬の腹を裂いた。

 内臓や渇いた血と一緒に袋に入った白いことがたくさん出てきた。

「おう、ヶ藤、やってんな」

「オオツカレサマデス、ケドゥーサン」

 奥から男が二人出てきた。ガラの悪い坊主頭の日本人とニコニコした外国人である。二人とも、この町に根を下ろしているやくざである。

 二人はヶ藤から袋を受け取り、代わりに金を渡した。

「いつも世話になるわ。ところでこの犬、野良犬か? 最近衛生観念に凝ってるからちょっと別の方法を提案したいんやけど……」

「問題ない、飼い犬だ」

「飼い犬? だれの?」

「知るか。いいとこの家に繋がっていたやつを殺して持ってきた」

 やくざの二人は絶句した。

 ヶ藤は金を数え終えるとすぐにその場を離れた。


 ヶ藤はA町警察署の生活安全課の刑事である。

 だがそれと同時に筋金入りの悪徳警官であった。

 警察の立場を利用し、こうして金儲けをしている。

 暴力、強盗、殺傷、およそそこら辺のやくざなんかよりもよっぽどの犯罪歴を持っている。しかして、やくざ警察双方のお偉い方の弱みも握っているのでもみ消しは容易だった。


 ふとヶ藤の携帯が鳴った。

「はい。もしもし」

『ヶ藤さん、あの……娘さんのことなんですが』

「娘がなにか? 売春ですか? シャブですか?」

『いえ……殺しです……」

 とうとうあいつもそういうことをする齢かとヶ藤はボンヤリ思った。

 どんな罪だって、もみ消しにできる。なかったことにできないことなんて、ヶ藤にはなかった。だから娘にはすべて好きにさせてきたのだ。とても良い父親である自負がある。

 だが、その後に続く言葉はヶ藤の想像を絶するものであった。


 娘の死体の前でヶ藤は慟哭する。

 殺された娘の形相はもともと醜悪だったものがさらにひどく歪んでいたものだった。

 慟哭、号泣、の果てに残ったのは怒りだった。

 ただ、ただ、目の前が真っ赤になる怒りだった。

 ヶ藤は強行犯係に殴り込みをかけた。

「ヶ藤、いくら何でもこれはダメだろう」

「ヶ藤さん、もうやめてください」

「ヶ藤、いい加減にしろ」

「ヶ藤、やめろ」

「ヶ藤さん、」

「ヶ藤」

 うるさく言う奴らは全員殴り殺した。

 そこで捜査資料を強奪した。

 捜査資料に目を通し、犯人の目星がついた。

「……マキノ、このガキか」





 マキノとはまた待ち合わせの約束をした。

 ジミオは予定を頭に入れる。

 ふと、クラスメイトが声をかけてきた。

「ジミオくんさぁ~。ジミオ君ってさぁー、なんかずっと真顔だよねぇ~」

「…………」

「折角、女殴りに誘ってもずっと楽しくなさそうだったしー」

「…………」

「でも別に嫌悪感みたいなのもねえんだよなぁ~。ジミオ君ってよくわからねえわ」

「…………僕には感情がないみたいなんだ」

 ぽつりとジミオは答えた。

「はぁ~⁉ なんだそりゃ!」

 

 深夜、ジミオはマキノとの待ち合わせの場所に向かった。

「やっほ~ジミオくん!」 またきてくれたんだぁ~」

 マキノが嬉しそうに手を振る。見えないしっぽがぶんぶん振られているかのような喜びようだ。

 その傍らには既に死体が転がっている。

 子供だった。

 全身がずたずたなので、性別は認識できない。

「子供なら捨てるのに苦労はしないな」

「うん? じゃあどうするの?」

 マキノの素朴な疑問に答えるようにジミオは死体の首根っこを掴んで持ち上げて、傍にあったゴミ箱に捨てた。

「それだけ?」

 こてん。とマキノは首を傾げる。

「うん。ここら辺は朝に烏が大量発生する。ゴミ漁りに来るんだ。大の男ならともかく子供くらいなら烏が勝手に食べて処理してくれるよ」

「なるほどー、ジミオくん頭いっいー! あ、思ったより早く終わっちゃったから一緒に遊ぼーよ! わたし齢が近い男の子と遊ぶなんて初めて!」

「いいよ」

 嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねながらマキノは喜ぶ。

「ところでマキノちゃんは何歳なの?」

「わっかんなーい!」



 遊ぶといっても、二人とも遊びのレパートリーには乏しいものがあった。

 なので夜の街をぶらぶらと歩きまわることにした。

 A町は田舎だ。人通りも少ない。

 でも今日は意外と多かった、仕事帰りのサラリーマン。外食に向かう家族連れ。援助交際に向かう女学生。客引きのホスト。感情のない少年と殺人鬼の少女。

 田舎町に不釣り合いな明るい街灯の中で歩く人々。

 穏やかな時間が流れていた。

 その穏やかな時間は銃声とともに終わる。

「マァァァァァァァァァァァァァキィノォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 ヶ藤は手に持ったニューナンブM60(拳銃)を町中で発砲した。

 民衆の悲鳴が響き渡る。

 ヶ藤はマキノに目を付けるとためらいなく発砲を繰り返す。

 何発かは一般人に命中したがそれでためらうヶ藤ではない。

 人込みの中をずんずんと歩きながら発砲を続ける。

 ジミオはマキノの手を取った。

 そのまま引っ張るように彼は駆けた。



 よるのまち。

 はなれるまちあかり。

 駆けるふたり。

 とおくの銃声。

 

 町の、一時間に一本だけの電車、その最終便。

 二人でそれに乗り込んだ。 

 まもなく、列車が出発する。

 二人だけを乗せた列車は暗夜を走り出した。

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