第171話 十血会の集い

「これよりクローディアを迎えて十血会の会議を行います」


 オーレリアの声と共に会議は開催された。

 クローディアと十血会の面々、そして書記を務める小姓こしょうらが議場につどっている。

 数日後に控えたブリジットを含む本家との会談に向けて、分家の意見を統一する必要があるのだ。


 会議の冒頭ではオーレリアがクローディアに代わってクルヌイとりででの戦果を報告した。

 公国軍の苛烈な攻撃に本格的な開戦の足音が聞こえてくるようで、皆一様に顔を引き締める。

 オーレリアはクローディアの体調をおもんばかり、会議の時間が長引かぬよう事前に十血会の意見を集約させていた。

 その気遣きづかいにこたえるべく、クローディアは会議の冒頭で十血会に対して頭を下げた。


「勝手なことをして申し訳なかったわ。今後、ボルドの処遇については十血会の承認を得た上で決めることとします」


 そのクローディアの態度に十血会の面々は様々な反応を見せた。

 おどろく者、いぶかしむ者、当然だろうとうなづく者、周囲の者の様子をうかがう者。

 クローディアは女王であり分家の誰一人として彼女の意向に逆らうことは出来ない。

 極端な話、彼女が白と言えば黒も白と見なされるのだ。


 だが、そんなことをすれば一族に不満が出るため代々のクローディアは十血会の意見を尊重してまつりごとを行ってきた。

 当代のクローディアがこうして頭を下げるのは初めてのことで、それは決して軽いことではない。

 オーレリアは皆の反応を見届けると、クローディアに声をかけた。


「どうぞ頭をお上げ下さい。我ら十血会との信頼関係を重んじていただけるのであれば、我らはクローディアのご意向に従い、それを支える覚悟があるのですから。もう少し我々をご信頼下さい」


 彼女の言葉にうなづくクローディアだが、まだ席には座らずに皆を見回す。


「ワタシの考えについてすでにオーレリアから聞き及んでいる人もいると思うけれど、あらためてワタシの口から説明するわ」


 クローディアは王国からの独立を考えるその理由と、新都の建造計画、そして本家との同盟を再構築することまで丁寧ていねいに説明を重ねた。

 ここでも十血会の反応は様々だったが、すぐに反対の声を上げる者はいなかった。

 クローディアが話を終えるのを待ち、いち早く挙手をして発言の許可を求めたのはセレストだった。


「クローディア。王国からの独立とおっしゃいますが、具体的にはどのような手順を踏まれるおつもりですか?」


 王国に対して正式に独立宣言をするということは宣戦布告するも同じだ。

 謀反むほんを問われ、最悪の場合は大軍を派兵されて数の力でつぶされるだろう。

 そんなおろかな手をクローディアが打つはずがない。


「その話には新都の建造と本家との同盟を組み合わせて考えてちょうだい」


 クローディアの回答にセレストの目の光が鋭くなる。


「まさか本家と同盟を組み、新都とやらに立てこもれば王国が追求をあきらめるとでも?」


 新都の位置は先ほどのクローディアの話で十血会も知るところとなった。

 王国からも公国からも攻められにくい絶妙な場所だった。

 そして本家と分家が組めば戦力は今の2倍になる。

 だが、それでも王国の力に対抗できるほどではない。


「セレスト。あなたの危惧きぐは正しいわ。仮に本家との同盟がうまくいったとしてもそんなことは無理ね。だから……大陸の外から呼び寄せるのよ。我らの遠き姉妹を」


 クローディアの話にきょを突かれ、セレストは一転して目を丸くするとオーレリアに視線を送った。

 オーレリアはに落ちない表情でわずかに首を横に振る。

 彼女にも何のことだか分からない様子だ。

 そんな彼女たちにクローディアは砂漠島の話をした。


「その島に住むダニアの女たちはいくつもの部族に分かれているけれど、全ての部族を合わせればその人数はこの分家の十倍以上にもなるわ」


 その話に十血会の間からざわめきが起こる。

 今日この時までオーレリアすらつかんでいなかった情報だ。


「それは……どこからの情報源なのですか?」

「ワタシがアーシュラと共に現地視察をして得た情報よ」


 その話に十血会の面々は皆、仰天ぎょうてんする。

 

「い、いつの間にそのような場所に……」

「去年、ワタシが2週間ほど音信不通になった時があったでしょ? あの時よ」


 悪びれることなくそう言うクローディアにオーレリアはこめかみを指で押さえて、頭痛をこらえるような表情を見せた。

 

「オーレリアが長い小言をワタシにした時よ。覚えてるでしょ?」

「ええ。覚えておりますとも。しかしまさかこの大陸から出て船旅をなさっていたとは夢にも思いませんでした」


 おどろあきれる十血会の議員たちを前に、クローディアはその当時の砂漠島のことを端的に説明した。

 そしていくつかの部族のまとめ役となっていたアーシュラの叔父おじとの親交を得たクローディアは、彼が協力を申し出てくれていることを告げた。

 オーレリアはいぶかしげにたずねる。


「なぜその島では男が族長なのですか?」

「先日、ワタシと交戦した黒き魔女アメーリアが、元々の族長である女たちを殺し、無力な男を族長にえる反乱防止策を行ったせいよ。女の族長はすぐにアメーリアに殺されてしまうから、仕方なくどこの部族も男を族長にえているの。アメーリアが島から消息を絶った今も、その名残でそうした慣習が続いているのね」


 本人がいなくなった後も島にはアメーリアを狂信する者たちの影響力と、黒き魔女への恐怖は色濃く残っている。

 

「なるほど。本家と組み、その島の戦士たちが味方となり、建造中の新都を拠点に全ての戦力を集結させれば、王国も簡単には我々に手出しが出来なくなる。あながち……夢物語というわけではないようですね」


 オーレリアの言葉に十血会の面々は各々、顔を見合わせて短く意見を言い合う。

 その時だった。

 議会のとびらがノックされる。


 十血会の会議の際は外部から誰も入ることが出来ない決まりになっているが、緊急事態のみは例外だった。

 つまりは危急の出来事が起きたということだ。

 その場にいる全員が注目する中、とびらを開けて議場に入って来た小姓こしょうが緊迫した面持おももちで報告する。 

 

「王国から至急の連絡です。第4王子のコンラッド様がクルヌイとりでからの帰路にて、黒髪の女の襲撃を受けて……お亡くなりになられました」

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