第149話 狂人の宴

 納戸なんどから足を踏み出したアメーリアは呆然ぼうぜんと立ち尽くしたまま、眼前の光景を見つめていた。

 トバイアスはすでに死んでいる女を相手に激しく腰を振り続けていた。

 彼が興奮のあまり首をめて殺してしまった夜伽よとぎの相手だ。


 息のない相手を嬉々として抱き続けるトバイアスの異常性にアメーリアは激しく体を震わせた。

 恐怖からではない。

 歓喜のためだ。


(この人は……ワタクシと同じだ)


 アメーリアは彼の異常性に自分と同じにおいをぎ取っていたのだ。

 真っ白な髪を振り乱して、死んだ女を相手に劣情をぶつけ続けるトバイアスはまぎれもなく狂人だった。

 そして自分もまた狂人だ。

 それゆえにずっと孤独だった。


 1人として自分と同じ生き方をする者に出会ったことがなかった。

 だが、彼女の目の前にいる男は、生まれて初めて見つけた……同胞だった。

 アメーリアはとりかれたように一歩また一歩とトバイアスに近付いていく。

 そしてもう動かない女を相手にしている彼を背後から抱きすくめた。


 途端とたんにトバイアスはクルリと振り返る。

 アメーリアを見るその目は狂人のそれだった。

 彼は死んだ女を放り出すと、そのままアメーリアに組み付いて彼女を押し倒す。

 そしてその両手をアメーリアの首にかけた。

 だが、アメーリアはまったく動じることなく彼に笑顔を向ける。


(かわいい人。この人をワタクシのものにしたい。そしてワタクシもこの人のものになりたい)


 トバイアスは構わずにけもののようなうなり声を上げてアメーリアの首をめ上げた。

 だが彼女は余裕の表情で彼の両手をつかむと、強引にそれを首から外す。

 途端とたんに狂人じみたトバイアスの目にほんのわずかに理性の光が宿った。

 すかさずアメーリアは体を入れ替えて転がり、逆にトバイアスを下に組みせる。


「すぐ死んでしまう貧弱な女では満足できないでしょう? ワタクシならばあなたを満足させて差し上げますわ。だってワタクシ、簡単には死なないもの」


 そう言うとアメーリアはトバイアス上にまたがり、腰をしずめた。

 そして彼を包み込むと激しく腰を揺らす。

 トバイアスはアメーリアをはね退けようとするが、アメーリアの力の前に成すすべなく横たわるばかりだ。

 その顔はおどろきのそれから徐々によろこびのそれへと変わっていく。


「おまえ……名前は?」


 それまで聞かれもしなかった名前をたずねられたことにアメーリアは口元をほころばばせ、激しい息遣いきづかいの最中さなかに自らの名を口にする。


「はあっ……ああっ……アメーリアと……申します」

「アメーリア……いいぞ。ようやく見つけた。最高の女を」


 ほんの数分前までトバイアスにとって彼女はめずらしい黒髪の女というだけだった。

 ベッドの片隅に転がっている死んだ女と同じく、使い捨てるだけの存在のはずだった。

 そのためだけに手間暇てまひまをかけて彼女の命を救い、健康を取り戻させたのだ。

 だが、今は違う。

 トバイアスにとってアメーリアは他に替えのきかない特別な女となったのだ。

 

 2人はそこから数時間に渡って交わり続けた。

 これが狂人たちの出会いであり、アメーリアが生まれて初めて恋に落ちた瞬間だった。


******


 かつての出会いを思い返しながらアメーリアは、眠るトバイアスの胸に顔をうずめる。

 劣情をぶつけ合う激しい時間が終わり、寝物語にこれからのことを話すうち、トバイアスは満足したように眠りに落ちたのだ。

 そんな彼の寝顔をいとしげに見つめると、アメーリアは彼を起こさぬよう静かに身を起こす。

 そんな彼らの眠るベッドの脇には、町娘の亡骸なきがらが打ち捨てられていた。

 

「さて……ゴミを片付けないといけないわね」


 そう言うとアメーリアは気だるげにベッドから降りて、町娘の亡骸なきがらへと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る