第146話 嫉妬と殺意と興奮と

「ひっ……た、助けて下さい。ど、どうか……命だけは」


 アメーリアに蹴り飛ばされた女は、震えながら涙を流して必死に命乞いのちごいをする。

 だがアメーリアはそれを決して許さなかった。


「ダメ。おまえ、トバイアス様をいやらしい目で見ていたでしょう? そんな女を許せるわけないわ」


 ダニア本家のブリジットとの初会談から公国の首都に戻ったトバイアスは、用意されていた離れの宿にいた。

 寝室に彼と共にいるのは黒髪のアメーリアの他に若い町娘がひとり。

 だがその町娘は目元を青くはららし、くちびるから血を流していた。


「ち、違います。そんなつもりは……」

「トバイアス様に呼ばれてノコノコやってきたじゃない。それもそんなにめかし込んで。いやらしい。不潔な女。そんな女は生かしておけない」


 そう言うとアメーリアは町娘の首を両手でめ上げる。

 首をめられた町娘は声にならない悲鳴をらし、目玉が飛び出すのではないかと思うほど両目を見開いた。


「かはっ……ふっ……ふっ……」

 

 町娘は街を歩いていて、ただ目の前を通り過ぎたトバイアスの美しい顔に目を奪われただけだった。

 それを見咎みとがめたアメーリアはトバイアスに歩み寄りこう耳打ちしたのだ。


「あの町娘を誘って下さいまし」 


 アメーリアはそう言うとスッと身を引いてトバイアスの元を離れ、路地へと消えた。

 その後、トバイアスは若き町娘に笑顔を向け、自分の宿の場所を告げた。

 それから30分ほどで町娘は宿にやって来たのだ。

 あでやかな服に身を包み、鮮やかな紅をくちびるに引いて、彼女はトバイアスの寝室に足を踏み入れた。


 アメーリアは寝室の物陰からずっとその様子を見ていた。

 若き町娘を寝室に招き入れるトバイアスの姿を見るだけで、狂おしいほどの嫉妬しっとき上がる。

 そして町娘への強い殺意がどす黒いどろのようにアメーリアの胸に渦巻うずまいた。


 だが同時に彼女は興奮も覚えていたのだ。

 トバイアスが他の女を抱くのを見たくないはずなのに、それを見てみたいというもう1人の自分を感じていたのだ。

 嫉妬しっと心と殺意が至高の香辛料スパイスとなって彼女の情欲をかき立てた。

 そしてアメーリアはトバイアスと町娘が行為に及ぶ寸前まで、それを物陰から見守ったのだ。

 いよいよとなったその時、アメーリアは飛び出していき、町娘を蹴り飛ばしたのだった。


「お……おお……」


 町娘はアメーリアに首をめ上げられ、涙とよだれらしながら失神寸前となってたいた。

 そんな様子を間近で見つめ、アメーリアはその目を爛々らんらんかがやかせる。


「汚らしい顔。そんなみにくい顔でトバイアス様に抱いてもらおうと思ったの? 厚かましいのよ。野良犬のくせに。フフフ」


 そう言うとアメーリアは容赦ようしゃなく力を込めて町娘ののどを握りつぶした。


「ごぼっ……」


 途端とたんに町娘は口から血を吐き出し、ガックリと動かなくなった。

 町娘の吐いた血を首の辺りに浴びたアメーリアは満足げに笑みを浮かべて町娘をその場に投げ捨てる。

 無残に床に横たわる彼女はすでに息絶えており、目を見開いたままあわれな亡骸なきがらと化していた。


「殺してしまったか。おまえに目をつけられたその娘はあわれだな」

 

 トバイアスは何の感情も感じさせない冷淡れいたんな瞳で町娘の亡骸なきがらを見下ろした。

 アメーリアはわずかにうれいを帯びた顔を彼に向ける。


「トバイアス様。この女を抱きたかったですか?」

「ああ。おまえの目の前でな」

「そんな……ひどい人」


 悄然しょうぜんとそう言うアメーリアだが、自分の目をじっと見つめるトバイアスの視線に息を飲む。


「この娘をおまえの目の前で抱き、おまえがどんな顔をするのか見てみたかった。そしておまえがどのようにこの娘を殺すのかもな」


 事も無げにそう言うトバイアスにアメーリアは一瞬、唖然あぜんとした。

 たがその顔はすぐに喜びの色へといろどられていく。

 トバイアスは見抜いているのだ。

 アメーリアの中に渦巻うずまゆがんだ情愛の有り様を。


 彼が他の女を抱くところを見たりしたら自分は嫉妬しっとで狂ってしまうだろうと思う反面、その場面を見てみたいという屈折くっせつした情欲が彼女の腹の底には確かに浮き沈みしていた。

 トバイアスはそれを見抜いている。

 彼は人の心の奥底に眠る欲望を看破かんぱするのが得意だった。

 それはアメーリアが彼を愛する理由の一つだ。


「トバイアス様。せっかくのお楽しみを邪魔してしまったアメーリアに罰をお与え下さい」


 そう言うとアメーリアはするすると衣服を脱いで一糸いっしまとわぬ姿となった。

 その首元には街娘が末期まつごに吐いた血がベットリと付着していて、彼女の白い肌との対比コントラストがいかにも不気味に見える。

 だがそんな彼女の異様な様子を見て、トバイアスは口のはしり上げて笑った。

 

「ああ。そうだな。たっぷりと罰してやらねばなるまい。お行儀ぎょうぎの悪い雌犬めすいぬにはしつけが必要だ」


 そう言うとトバイアスはアメーリアに組み付き、その体をなぶっていく。 

 そして彼女の首すじに舌をわせ、そこに付着している街娘の血をめ取っていった。

 異様なトバイアスの行為にアメーリアはうっとりと恍惚こうこつの表情を浮かべる。


 すでにあふれるみつ潤沢じゅんたくになっていた彼女は、いきり立つトバイアスをすんなりと受け入れて快楽の階段を一段ずつ絶頂へと登っていく。

 そんなアメーリアの脳裏のうりには、トバイアスと初めて出会ったその日に恋に落ちた時のことが鮮明によみがえっていた。

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