第133話 女王の多忙な日々

「お二人には分かっていただけるでしょうか」


 従姉妹いとこのブライズとベリンダとの面会を済ませて公邸こうていから私邸していに戻ると、人払いをしたクローディアの私室でアーシュラは開口一番そう言った。

 

「だといいんだけど。あの2人はさといけれど、ダニアの女の気質が強いから、本家への対抗心が消せないのよ」


 そう言うとクローディアは声を潜めてたずねた。

 

「ところで島の様子はどう?」

「変わらずです。部族同士の争いは続いていますが、本格的な紛争には至っていません」

「ブリジットとの会談前に島に立ち寄れないかしら?」


 クローディアの問いにアーシュラはうつむいて、視線を足元に落としたまま首を横に振った。

 

「今はまだ各族長たちとの調整が完全ではありません。有力部族の族長らのうち3割ほどが難色を示しています。黒き魔女を恐れているのです」

「そう。ブリジットと話す前にある程度、情報をまとめておきたかったのだけど仕方ないわね。アーシュラ。あなたの叔父おじ上にはワタシからの感謝をくれぐれも伝えておきなさい」

「はい。ご命令いただきました支援物資もつつがなく毎月送っております」


 本家との和睦わぼくを進める他にもクローディアにはいくつもやるべきことがあった。

 アーシュラの生まれ故郷である砂漠島に太いつながりを持っておくことは、クローディアにとって自分の計画を進める上での絶対必要条件なのだ。


 その砂漠島では、アーシュラの亡き父の弟がまだ存命だった。

 クローディアは一年ほど前、アーシュラをともなって砂漠島を訪れたことがある。

 アーシュラから話を聞き、そこにいる多くのダニアの女たちを味方につけたいと思ったからだ。

 大陸南端の港から船で丸5日もかかる旅路たびじの果てに辿たどり着いたその島は、砂と岩山しかないような荒れ果てた土地だった。

 人が住み続けているのが不思議なくらいの島だったが、そこには屈強くっきょうなダニアの女たちがたくましく暮らしていた。


 クローディアはアーシュラを連れてたった2人で、彼女の記憶を頼りに彼女が生まれた集落を目差した。

 その道すがら見慣れない奴がいると赤毛の女たちから絡まれたが、クローディアは自分より大きな女たちを軽々と叩きのめして悠然ゆうぜんと道を進み、アーシュラの生まれた集落へと辿り着いたのだ。

 そこで出会ったアーシュラの叔父おじは、めいが生きていたことを知ると涙を流して喜んだ。

 母子ともに生きてはいられないかもしれないとなかばあきらめていたからだ。

 そしてアーシュラを保護したクローディアと分家に深い感謝の意を示し、クローディアの要請にこころよく応じて協力体制を築いたのだった。


叔父おじからは感謝の手紙を受け取っております」

「そう。ご苦労さま。アーシュラ。じゃあ次の任務だけど……本家に潜入して、ブリジットの元へトバイアスが訪れる日程を突き止めてもらえるかしら」


 私室で一息つくと、クローディアはアーシュラにそう命じた。

 本家が今、大陸のどの辺りにいるのか、それは把握はあくしている。


「かしこまりました。その後はどうされますか?」

「日程が判明してから会談当日まで5日以内なら、そのまま本家で待機して監視を続けて」


 あくまでもアーシュラに命じるのは監視と情報収集であり、それ以上の踏み込んだ命令を出さないことをクローディアは徹底している。

 これはアーシュラの特性を最大限にかすことと、貴重な人材であるアーシュラを任務で失わないために危険を極力排除するための方針だった。

 もちろんそれだけではなく、アーシュラに慣れない戦闘や殺害行為を行わせないのは、幼き頃より共にある腹心の部下に対するクローディアの私情でもあった。


「ベリンダに暗殺用の猛毒矢と優秀な射手を数人用意させるわ。会談の後、トバイアスの帰還の時をねらうから、あなたはその成否を見届けてから戻ってきて」


 主の命令にアーシュラは深々と頭を下げて準備のために部屋を後にした。

 だが、これにてクローディアの本日の執務が終了、というわけにはいかない。

 彼女は多忙だった。

 1人部屋に残ったクローディアは椅子いすに深々と背中を預けると大きく息をついた。


「はぁ。トバイアスの件、コンラッド王子に文を書いておかないと。ここのところ忙しすぎるわね」


 心身ともに色濃く疲労がたまっていることが分かる。

 わずかな眩暈めまいを感じながら、クローディアは目を閉じた。

 やることは山ほどあり時間は足りないくらいだが、今だけはこうして休んでいたかった。

 気だるさの中で彼女はふいにボルドの顔を思い出す。


「あの子……元気にやっているかしらね」


 そうつぶやきをらすとクローディアは小姓こしょうらが夕餉ゆうげの時刻を告げるまでのわずかな時間、頭と体を休ませるべく、うたた寝をするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る