不思議なノイズ

@RRENN

不思議なノイズ

#プロローグ

 吐き気を伴うほどの頭痛に起こされた午前三時、私は寝れば直ると思い、一度出てしまった布団に入り、再び瞳を閉じた。しかし、頭痛という名のノイズが眠りを阻害して、私は寝入ることができなかった。頭痛による吐き気に負けた私は、寝ることを諦めて布団を出ると、ディジタル・タイプライターを持ってトイレへと向かった。トイレのドアの隣にあるスイッチを押すと、そのドアが開くと同時に、ドアの反対を向いていた機械仕掛けのトイレが、ドアを向くように回転し、座面の蓋が開いた。私はズボンとパンツを下ろし、開かれた座面に座ると、手に持っていたディジタル・タイプライターを膝の上で開き、執筆を始めた。頭痛によって頭に影響があったのか、普段は思いつかないようなアイデアがこみ上げ、それを忘れないうちに書き留めようと試みた。

 私の頭の中を邪魔するノイズは、鳴り止むことを知らず、ただひたすらに私の頭の中で鳴り響く。眠りに入ってそれを感じないようにしようとするものの、そのノイズは私が眠りに入ることを拒むため、そのノイズとしばらく付き合うしかないのだ。まるで、ノイズキャンセリングを貫通する蝉の鳴き声のように。

 しばらくすると、この状況になれてきて、ノイズによる痛みに苦しむと言うよりも、ノイズが頭に及ぼした影響によって、普段浮かばないようなアイデアが次から次へと降ってくることに、とても楽しみを覚えるようになった。だんだん調子がよくなってきた私は、ノイズのことを気にせず、そのアイデアを書き留めているディジタル・タイプライターで文字を打つ手を止めることなく動かし続けた。


 これは、私の頭の中で起きた、不思議な出来事の一部始終である。


#1

 私は無の世界をさまよっていた。何も感じることのない、ただひたすら暗く、広過ぎる世界。無限に広がるその暗黒空間は、私を外に出すことを許さない。その世界の住人は私しか居なかったため、常に孤独であったが、この空間は孤独すらも感じない。もしかすると、孤独ではなく、たくさんの住人が私と同じ時を過ごしていたのかもしれないが、私はそれを認識していないため、その説は憶測の域を超えることはなかった。


 そんな、暗くてひたすら広い世界に、ある衝撃が起きた。その衝撃はあまりにも強く、この世界に崩れていくドミノのように段階的に光をもたらした。闇に包まれた無限に広い世界が急速に光に照らされていく。次第に無限の暗黒空間は私の前から消え去り、感覚のあるいつも生活している世界へと引き戻された。有限の体積を持つ、感覚のある空間だ。私を外に出すことを許さなかった暗黒空間から、私は脱出できたのだ。もちろん、それは自力ではない。私にも原因がわかっていない、不思議なノイズが世界に光を与え、無限に広がる無の世界を破壊したからだ。

 そのノイズは、私に激しい痛みを与えた。その痛み収まることを知らず、私がその痛みを感じない用にすべく、再び、感覚の無い、無限に広がる無の世界に足を踏み入れようとしたが、そのノイズが無の世界を破壊してしまったため、もう、私はその世界へ意図的に入り浸ることは不可能となった。厳密に言えば、世界が破壊されたのではなく、その世界の入り口が破壊されただけなのかもしれないが、あの世界について何もわかっていないので、これもまた、憶測の域を出ない。


 ノイズによって無限に広がる無の世界から脱出した私に枕元に置いてあったノートパソコンが語りかけた。「皆さん、夏休みと言えば何を思い浮かべますか?夏と言えば、セミですよね。」私は、その声の出所である、ノートパソコンで再生されていたビデオを止めた。闇から脱出した私に語りかけるこの声は、私が無の世界に閉じ込められる前に、再生したものである。つまり、私が無限に広がる無の世界に閉じ込められていた間も、私がいつも暮らしている世界では時間が動いていたと言うことになる。当然ながら、その世界に居る間、私が時間を感じることはなかったので、感覚的には、一瞬の出来事であったが、このビデオの再生時間が、無の世界での時間が一瞬のものではないことを私に教えてくれた。


 私は何もすることがなかった。取得を試みている資格の勉強をしようにも、私を無の世界から引きずり出した不思議なノイズが、私を邪魔しているせいで、それはできなかった。このノイズは、私の頭に痛みを与え続けていて、その結果、私は狂ってしまった。いつも思いつかないようなことばかり思いつき、いつもは考えないようなことばかり考えてしまう。

 いつも世は全く違う私が、私の中で目を覚ました。それはまるで、複数の人格を一つの体の中にインストールされていて、いつも起動していない方の人格が起動したかのようだった。


#2

狂った私の人格は、私の持っていない発想をたくさん持っていたので、それを書き留めようと、ディジタル・タイプライターを手に取り、すぐさまトイレへ向かった。そのノイズは、私に痛みだけでなく、吐き気をもたらしていたのだ。トイレのドアの前に立つと、私はドアの隣のボタンを押した。するとそのドアはスライドし、私を歓迎する明かりが点灯、ドアの反対を向いていた機械仕掛けのトイレが、「おはようございます、ご主人様」と言わんばかりに、ドアの向きへと回転しながら、座面の蓋を開いた。私はズボンとパンツを下ろすと、その開かれた座面に腰を下ろし、手に持ったディジタル・タイプライターをケースから出して膝の上で開いた。

 いつもは目を覚まさない別の人格が私にささやく様々なアイデアを、余すことなく書き留めようと、私はキーボードを叩く手を止めることなく素早く動かし続けた。


 私はその間もずっとノイズによる痛みに苦しんでいたのだが、手を動かしているうちに、私はこの傷みを受け入れてきたのか、痛みのことを忘れてディジタル・タイプライターで別人格によるアイデアを書き留めることに夢中になっていた。何も考えずにアイデアをひたすら書いていたが、ふと気になってプロパティを開くと、この時点で2469文字、すなわち2500文字近くも字を打っていたという事実を私に告げられた。その事実は機械仕掛けのトイレの中で夢中になってアイデアを書き留め続けていた私ににブレーキを掛けた。 冷静になった私は、この狂った状態から脱却するべく、トイレを出て、リビングへ向かった。私がトイレから出たとき、トイレの明かりは消え、ドアは閉まり、便器はドアの反対向きへゆっくりと回転しながら原子力で彼が出した便を分解し、座面を閉じた。

 リビングに入ると私は、コップを手に取り、蛇口をひねって水道水をコップに注いだ。その後、薬の入った亜引き出しを開け、頭を痛め続けているノイズと別れを告げるべく、頭痛薬を取り出した。薬を二粒出すと、コップを手に取り、薬を私の体内へ水で流し込んだ。

 服薬を終えたが、そのノイズが収まることはなく。別人格がアイデアをささやき続けるので、私の頭の中のダムが決壊の危機を迎えていた。渡しはすぐさまディジタル・タイプライターを手に取り、トイレに戻ると、再び開かれた座面に座り、膝の上でそれを開くと、ダムにためていたアイデアをディジタル・タイプライターへ放流した。その水圧はすさまじく、手はいつも以上に高速に動いていたので、もしこの時に寿司打をしたら、自己ベストを更新していたかもしれない。


 トイレで無限に沸き続けるアイデアを書き留めていると、いつの間にか、ダムにアイデアが供給されなくなり、その時点で溜まっていたアイデアの放流を終えると、ダムは枯渇し、ディジタル・タイプライターのキーーボードを打つ手が止まった。

 薬が効いてきたのか、手が止まった頃にはノイズをほとんど感じなくなり、別人格の存在も感じなくなっていた。トイレを出た私は自分の部屋に戻り、再び布団に入って瞳を閉じた。ノイズが無くなったので、再びあの無の世界へ入ることができると思い、それを実験するためである。


#3

 無の世界に入ることができなかった私は、布団に入りながら、枕元のパソコンで、アニメを見ながら時間を過ごした。何話か連続で見た後、アニメへの集中が切れたので、布団から出て、机に置かれているポータブル・ブックシェルフを手に取り、布団に入ると、それを開いて小説と漫画を、切りが良いところで交互に交代させながら読んだ。私はどうしてもあの無の世界に入りたかった。あの世界を経由することで、現実の時間をスキップすることができるのだ。まるで、アシモフ小説に出てくる超空間のような役目を果たしていた。

 そんな私にうれしい出来事が起きた。机に置かれたスマートディスプレイには9時50分という時間が表示されていて、あたりはすっかり明るくなっていた。そう、私は再び無意識のうちに無の世界を経由し、時空を飛び越えることができたのだ。つまり、あの世界は、ノイズによって破壊されたわけではなく、あの世界の入り口がノイズによって一時的に閉鎖されていただけであったことが判明したので、あの憶測が正しいことがわかったのだ。


 時間を移動した私は、朝飯を食べ終えた後、に小説投稿サイトに投稿している小説の続きを書こうとディジタル・タイプライターを手に取り、机の上で開いた。すると、その画面には、ノイズを感じながら狂ったように書いていた文章が表示された。私は小説の続きを書くことをやめ、その文章を読み直した。ノイズが消え、別人格などのバグが解消された今この文章を読むと、そのノイズの正体は頭痛であり、別人格は、頭痛による脳へ影響による不具合であることが改めてよくわかった。それと同時に、その不思議なノイズが当時の私にもたらしていた影響の大きさもわかった。今まで頭痛によって吐き気を感じたことは何度もあったが、別人格という不具合が発生することはなかったからである。きっと相当大きな頭痛だったのだろう。


#4

 不思議なノイズが不思議でも何でも無くなり、その正体がわかったので、残る謎は一つだけになった。それは、「無限に広がる無の世界」のことだ。経由することで体感と見かけでは一瞬でとてつもない距離を移動できるアシモフ小説ではおなじみの超空間のような役割を、時空上で担ういわば時空版超空間、超時間といったところだろうか。それについてはまだ何もわかっていないのだ。


 あの文章によれば、その無の世界では、感覚はすべて無くなり、時空の動きも感じることがなくなるとのことだが、実際にそんなことはあるのだろうか。時間すらも感じなくなるなんて。私は頭の中を遡ってみた。するとある事実が発覚した。それは、記憶がない時間が、思い出せる範囲の日数に渡って、毎日1度あることである。それも、毎回夜なのだ。夜の記憶が私の脳に存在していないのである。

 つまり、私はこの無限に広がる無の世界に毎晩入っていることになる。それどころか、日によっては昼や朝にも入っているのだ。

 果たして、この無の世界は、どのようにして存在しているのだろうか…私は、意味も無くディジタル・タイプライターを開いては、この謎についての仮説を考えることが楽しくなってきた。考えを続けているうちに、一つだけ仮説を出すことができた。


 無の世界は、別人格のふるさとであり、自分の頭の中に存在している。何らかの条件を満たすことで、その世界に入ることができ、そこを出ると、そこに居た時間の分だけ時間が進んでいる。その間は、時間に対する感覚もむになるため、体感上一瞬である。というものだ。

 この仮説が本当なのであれば、あの記録のつじつまが合うのだ。つまり、ノイズが私の頭の中を刺激し、無の世界に大きな衝撃を与えた結果、無の世界では大きな災害が起き、私が無の世界から避難するのと同時に、そこに居るに耐えなくなった別人格が、避難したのだ。しかし、別人格には実体をもっておらあず、体へのアクセス権限もないため、ただひたすらに私の意識の中をさまよったのだ。さまよい続けた彼は自分が置かれた状況を認識し、諦めたのだ。出ることもできない仮想の空間に閉じ込められたこの状況をどのようにして過ごせば良いのかを考えた結果、彼は気がついたのだ。


 「私には体もない。しかし、彼の脳の一部の領域を使用して、考えることができる。」彼は私の脳の中に存在していると同時に、私の脳の一部を使用して考えることだけはできるということに。そのことに気がついた彼は、また、考え事をした。「さて、この暇をどのようにして過ごそうか?」


#5

 自分にできることが考えることであることを悟った彼は、自分がこの暇を過ごす方法を考え出した。それは考えることだった。これは彼にとって名案だったが、同時にある問題が彼を襲った。それは、考え事をするには、題材が必要であると言うことだった。この答えに行き着く前は、自分がこの閉じ込められた閉鎖的な世界から脱出する方法という題材があり、それができないことが明らかになったら次は、自分に今できることは何かという題材があった。その題材の答えが考えることであることがわかると、暇をどう過ごすかという題材が現れた。そしてついに、その題材に「考え事をする」という答えが出てしまい、考え事の題材がつきてしまったのである。

 考え事をすることで暇が潰せることを理解したと同時に、考え事の題材が無くなってしまった彼は真の暇に襲われたのだ。彼はあ本当に暇になった。考えることしかできない彼にとって、考え事の題材がない今の状況は、何かをしたくても何もできないという苦痛でしかないものだった。

 しかし、そんな彼を救済するある出来事があったのだ。それは、私がディジタル・タイプライターで起きた出来事を少しフィクションを交えて記録し、作品を作ろうと試みたことだ。彼は私に手を貸した彼は私が持っていないアイデアをたくさん考え、提供した。そして、彼は暇を恐れて、私がディジタル・タイプライターを開いていない薬を服用する間や、自室への移動の時間にも、絶えることなくアイデアを発想し、私に提供し続けたのだ。

 だから私はそれを書き留めなければ頭のダムが決壊してしまいそうな状況に陥り、彼が供給したアイデアをここに放流し続けたのだ。


 ノイズが収まり、無の世界が復興した時、彼はふるさとに帰り、私の意識の中に姿を現すことはなくなった、そして今、すべてのつじつまが合う仮説が見つかった私は、考え事の題材を失った。しかし、私は彼とは違い、やるべきことがたくさんあった。資格の勉強に、お盆のお墓参り、そして、この文章を小説投稿サイトに投稿することだ。これ以外にもたくさんやることがある。あげだしたら切りが無いほどにやることがある。

 それだけではない。やりたいことだってある。ゲームに読書、アニメを見ることなど、こちらもあげだせば切りが無い。


 私は、時々、やることとやりたいことが多すぎて、有限の時間の中でどれをすれば良いか悩むことがある。私は、時間に追われると、心に余裕がなくなり、病んでしまったこともあった。しかし、今思えばそれは幸せなことだったのかもしれない。なぜなら、選択肢があるからだ。やりたいことが複数あると言うことは、どれをやるかを選択する必要があるが、言い方を変えれば、選択肢と選択できる権利があると言うことである。彼のように、選択の余地がなく、やることも、やりたいことも何もない場合、きっと真の暇に襲われ、無の世界ではない実世界で時間を感じながら何もせずに過ごすだろう。

 そう考えると、やりたいこと、やるべきことの中から今やることを選択するという悩みは、その苦しみよりは遙かに軽く、彼から見たら幸せな悩みなのかもしれない。


 「今、一番大事なことを選択し、行動できる幸せに感謝!」


 私はそう口にした後、ディジタル・タイプライターを閉じた。

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