薊(あざみ)
『カカッ』
おやおや、かみなりさんが激しいもんだ。
どうしたい? あんまり得意じゃあないのかい。ああ、いや、いや。男だからって女だからって、苦手なものくらいあらぁねえ。それで馬鹿にゃぁしないよ。ありゃぁぴかっと光るし音はでかいし、そりゃあ子供がへそを盗られちまうなんて脅されて育つくらいの怖いやつなんだから大人がびっくらしちまったって、そりゃ誰も咎めやしないよう。
『ドー……ン……』
おっと、ちぃと揺れたねエ。
近くに落ちやがったか。
大丈夫かい? 顔色が優れない。少しばかり横になるかね? うん? ……ああ、話の続きかい。そうかい、そうだね、話でもしていれば気も紛れるか。ふ、ふ、ああいや、年寄りの長話もこんな時にゃぁ役に立つのかねエ。それがお前さんにとって良い事かどうかはわからないけれどね!
『ザ、ザ、ザぁ……』
そう、じゃあ話の続きをしようか。
さてさてどこまで話したか。そうそう、
しょんぼりしたやっこさんが、二輪草をしぃっかりと握りしめた瞬間風が大きく吹いてねえ。ちょうどこんな大雨の音みたいに木々が揺れたんだ。ざあざあとそいつぁ他の音をかき消すみたいに、餓鬼どもの声がうるさいとでも言うかのように響いてねえ。夜だってこともあるから、みぃんなすっかり怯えちまった。
そもそも肝試しに来ておいて何を言っているんだって話なんだけれどね、まあそういうモンだろう? 後悔先に立たずっていうだろう?
そうしたらさ、急に一人の女童が言うんだよ。「今あすこの木の陰に、女の人がいたんだよぅ」なんて、震えた声でさ! こんな時間に誰がいるって言うんだ、大人はみんな会合に出ちまってたっていうのに、もう餓鬼どもがいないってバレたんだろうかってんでみんなおっかなびっくりさ。ところがその女童が首を振って泣き出すんだ。
見たことない着物姿の女の人だ、じぃっとこっちを見ていたよ。
こわぁい怖い顔をして、あたしたちを睨んでいたよ。
きっときっとあれは幽霊だ、あたしたちが来たから取って食ってやろうと出てきたんだ。
そんなことを言い出すもんだからさあ大変。
想像できちまうだろう、一人が恐怖に駆られて混乱して騒ぎ立てると、そいつはまるでたちの悪い熱病みたいに周囲に伝染しちまうんだ。特にろくな考えもない、悪戯盛りの悪餓鬼どもの集団だ、どうなるかなんてそれこそ想像通りさ。
そう、一人が悲鳴をあげて逃げ出せば、我も我もとみぃんな走り出しちまう。
中には足が竦んで動けなくなるやつもいるし、勝手にどっか行くんじゃねえって怒鳴るやつも出る、そりゃもう烏合の衆だもの。軍隊みたいに統率が取れるわけでなし、まあしょうがないだろうねえ。大人しく怖いからみんな仲良く帰りましょってすりゃぁ良かったんだよ。どうしてそれに誰も気が付かないんだろうねえ?
……ああ、うん、まあねえ。わたしゃその足の竦んだ組でね。例の気弱な坊主と一緒さあ。
だけどわたしの方が早くてね、
本当に、気にするべきは他にあったんだよ。
餓鬼どもが走り出した、踏み躙った、
そうそう、話が逸れちまう。それっくらい田舎に住んでたのに、その神社はどうして打ち捨てられたと思うくらい寂れていたのかってのが問題だったんだよ。わかるかい? あそこの年寄りたちは、お参りしてたんじゃあ、ないのさ……だから自分らが通る道だけを綺麗にしていたんだ。だから子供たちを手伝わせなかったのさ。
だから、餓鬼どもが何も知らないままに、そいつが始まっちまうのさ。
なんのことかわからない? ふ、ふ、ふ。今から話すよ、そいつをね。
わたしゃ逃げ出した。
逃げ出して逃げ出して、先に行ったみんなの背中が見えた時に、ふっと気になってね。気弱なあいつはちゃんとついてきただろうかって、今更ね。思わず立ち止まって、振り向いた。振り向いちまった。
わたしの後ろにゃ、だぁれもいなくてね。ぽっかり暗い空間だけが、広がっていてね。遠目に、あの月明かりに照らされた
いや、あいつはいたね。いたんだよ。いたけどね、あいつだけじゃあなかったよ。ぴくりともせずそこに座るそいつの後ろにね、白い着物の女がひとり、まるで浮いてるように立ってるじゃあ、ないか。ああ、そうか、女童が見たのはあれだなあ、なんて思ったよ。そしてあいつは連れてかれちまうって直感的に思ったよ。
なあ、あんた。
知ってるかい。
案外人間、わかっちまうもんなのさ……。ちっぽけに見える距離だってぇのに、
あの女は、こっちを見てるってね。顔なんざ見えやしないよ、わたしゃ暗闇の中だ。カンテラなんて落としちまった。ざあ、ざあ、ざあって風が木々を揺らす音は相変わらずうるさいし、先に行った連中の声だって聞こえやしない。
だけど、だけどだよ?
『……カ、カカッ……ゴロゴロゴロ……』
あの女の口元が、動いたのがわたしにも見えたのさ!
『ゴロ、ゴロゴロゴロ、ピカッ、……カ、カ、』
そう、顔は見えないし、黒い髪はざんばらで、白い着物だって白なのかどうかだってわかりゃしない。
それなのに、あの女の口が真っ赤だってのは分かったんだ。唇だけが真っ赤で、弧を描くようににたりとしたのが見えちまったのさ! そのまま、ゆっくり、ゆっくり口元が動いてる。ああ、ああ、あいつは話しかけてきてるじゃあないかって気が付いたら背筋が凍っちまったよ。嫌な汗がどばどば出てさ、背中がびっしょりしちまったのを今でも思い出すねえ。後にも先にもそんなことになったはその時だけだからだろう。
それこそ気のせいじゃないかって? 怖い怖いって心理がそうさせたんじゃないかって?
それならどれほど良かっただろうねエ。だけど、まあ。わたしゃぁ確かに怖かった。だから慌ててまた走り出したのよ。するとあっという間に外に抜けてね。
あのぼろい階段の上から、先に行った連中を見たらぞっとしたよ。
だって、あの女を最初に見つけた女童がさ、階段の下でぐったりしてるんだもの。
それをみんなが輪を作って、見ていたんだもの。
女童は、赤い着物を着てたんだ。みんな顔を白くして見てたんだ。
似てるだろう、
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