二輪草(にりんそう)
そう、季節外れの花が咲いててよう、変だなあって思うのにだァれもなンも言わなくてな?
おかしいだろうって言うのに聞いちゃぁくれなくてね。まあそんなもんだと思って、その後は黙ってまた進んだのさ。
神社の境内はそりゃもう酷いもんでねえ。人がお参りする部分だけ綺麗にしてりゃぁいいだろうっていうような有様さ。想像つくだろう? 毒虫はでるわ無駄に広いわじゃあ、年寄りがいくら信心深かろうがてめぇん家の田んぼの世話があるような人間にゃぁ行き届いた手入れなんざぁできやしないよ。神主もいなかったしなあ。
そんでな? 肝試しの決まりってのがあって、それだとお堂を通り過ぎたところにある二輪草を摘んでくってんだよ。こいつもまたおかしな話だったよ。二輪草っての知ってるかい? 一本の茎から二本の花茎が伸びるやつでねえ。
え? こいつの花言葉かい? ああ、知っているよ。『ずっと一緒』ってんだ。
でな? この二輪草。花を咲かすのが春なんだよ。
おかしな話だろう? 必ずだとよ? わたしゃ何をトチ狂ったのかと思ったけどなぁんにも言わなかった。言うと厄介な気がしたからね。だけど、他にやっぱり気になるやつがいたんだよ。そいつが聞いたのさ。どうしてずっと咲いてるんだ……ってねぇ。
するとそいつが足を止めて言うんだよ。いつでも、二輪草をお堂にお供えしとかないとならない決まりだからだ……ってねぇ。おかしな話じゃあないか。わたしゃ首を傾げちまったよ。でも今更一人、引き返せないだろう? 大人しくついていくしかない。
この肝試しは奇妙だ、そう思うのについていくしかない。
変に季節外れの花が咲く、荒れ果てた神社で肝試しに妙な決まりごとがあってよ、今更だけど餓鬼どもがいねぇってのに振り向いた村は静かなモンさ。あれ、おかしいな? って思ったころにゃぁ物事ってのはいつだっていけねエ方に向いてやがる。わかるかい? 気付いた時には遅いのさ。
わたしゃ最後尾にいた。そりゃぁさっきも言ったろう? そう、最後尾にいたんだよ、だから見えちまったのさ。前を歩く皆の中で、時々ちらちらとよ、カンテラの明かりが見える範囲に伸びてくる何かがよ。見間違えだ、影だ、そう思ったが心臓がバクッバクしちまってな。わたしゃすぐ前を歩いてたやつの袖を掴んだのさ。
そいつはね、ひとつ上のちょいと気の弱いやつでねえ。上の兄弟からもらったお下がりの眼鏡をいっつも鼻先から押し上げて、オドオドしてるようなやつだったよ。袖を掴まれてそいつもびっくりしちまったんだろう、飛び上がっちまってね。もう少し前を歩いていた連中に途端に睨まれて、ああ、悪い事しちまったなあって思ったよ。面白くもあったけどねエ! ふ、ふ、ふ。
それでねえ、何処にいてもビビっちまうなら、前を行け……って言われちまってね。ビビりだから、後ろにいたら逃げちまうんじゃないかって言われてね。そんなこたぁないよ、勘弁しておくれよって何べん言っても聞いてもらえなくてそいつぁ渋々子供たちの列の先頭にいったのさア。わたしゃ自分のせいだってわかってたけどね、やっぱり周りが怖かったから言い出せなくて、ありゃぁ本当に申し訳ない事をしたよ。
それでねえ、みんなで進むだろう?
くらぁいお堂の横を通り過ぎて奥に行くってのはさ、ふ、ふ、なんだかどきどきしたねえ!
そういうの、なかったかい? 子供の頃に、しちゃぁいけないって言われたことをするときのあの感じさ。まあ、信心深いわけでもなかったし古びたところだったから、餓鬼は近づくもんじゃあないと言われていたってのがあってね。裏手に崖が合って、そいつが崩れてきたら餓鬼だけじゃあ危なっかしいんだって言われりゃ納得だろう?
それでねえ、裏手の方を少し進むと確かに崖っぽいもんがあったのさ。
その下の所、ぽっかり木が生えてない部分から差し込む月明かりの下に、お誂え向きに、摘んでくださいなと言わんばかりに咲いてる二輪草があったんだよ。まあ、今思えばありゃ、摘むためにそこに植えてあったんだろうけどね。
二輪草がさ、夜風に白い花を揺らしてよ。月明かりに照らされて、そりゃぁ綺麗なもんさ。
餓鬼なんてものはそういうのに素直だろう? そりゃもう綺麗だからってんで、全員が全員摘もうとするんだ。
だがよ、肝試しの決まりは二輪草を一本だけ。
結局誰が摘むのかってんでまたそこで二の足を踏むわけだ。なんかよ、いけないことしてるんだってお互い自覚があるからな。こいつを摘むのが一番悪ィことしてんだなあって、なんとなく思ったわけさ。ふ、ふ、誰が摘んだって結局同じように大人に怒られるだろうってどうして誰も思わないんだろうなあ? 不思議なことだと思やしないかい、なあ、アンタ。
そしたらさ、誰かがこう言ったのさ。
先頭がいきゃいいじゃないかってね。
わかるかい、先頭だからなんて、理不尽な話だろう?
それもついさっきまで、違うやつだったけどみぃんなが見たのは、そう、ビビりのやつなんだよ。わたしゃぁどうしていいかわからなかった。だってやっこさんはよ、巻き添え喰って前に行かされちまっただけでさ……でもまあ、誰も彼もが自分は悪者になりたくなかったんだ、そん時に一番前だったってことで運が悪かったんだろう。
悪いとは思ったよ、だけどわたしゃぁ言い出せなかった。黙ぁって下を向いちまったからよ。
きっと、わたしゃぁそこから間違えちまったんだ。
うん? 何をかって? ふ、ふ、まぁ……待ちなよ。ほらまだ雨は上がる様子もないだろう?
慌てなさんな、ゆっくり聞いてくれたら、嬉しいからねエ。
それでね、やっこさんもよ、気弱だったからね。なんで、とか……まあ一応抗弁するっちゃするんだが、押し切られちまうのさ。それもみんなは見越してたんだろうけどね。気弱なやっこさんに押し付けるつもりだったんだろうね。酷い話だと思うかい? ……そうかい、お前さんは優しいねえ。
あいつは恐る恐る、周りのみんなにやらなきゃだめなのかって感じで視線を送りながらさ、それでもやんなきゃならねえんだなって空気にうなだれて前に進んでったよ。そいでな、手を伸ばして鼻を掴んだ瞬間に痛いっつったのさ。ぎょっとするだろ?
なんで痛かったのかっていうとさ、その二輪草の花の中に
気付かなかったもんだからよ、薊の葉の棘がやっこさんの手に刺さったから痛かったのさ。白い二輪草の花の中に埋もれるような、赤い薊の花ってぇのは奇妙なもんでねえ。
薊ってのもなかなか生命力が強くてよ、春先にゃぁ新芽を摘んでよく食ったもんだが……お、知らないかい? ありゃぁ中々旨いもんだぜ。
まあ、新芽じゃなけりゃぁ棘があって食えたもんじゃあないがねえ。は、は、は!
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