苧環(おだまき)

 さて、この老人の話を聞いてもらうにあたってなにから話そうか。

 嗚呼、そうだ、まず自分が何者であるかきみに話しておかねばならんかな。は、は、そう波乱万丈の人生を送っているわけじゃあないんだが、かといってきみよりはずっと長く生きているものだから、若い人にしてみたらちょいと面白いかもしれないし、逆に退屈かもしれないね。

 年齢かい? きみはいくつかな? ほぅ、ほぅ、二十歳か。若いねえ。いい年頃だ。なんと言っても一番血気盛んで夢に燃え盛る青春を送れるじゃあないか。

 おっと、こちらの年齢の話だったね。すまんねえ、老人はついつい若者の夢を己に重ねてしまうものでね。


 わたしゃァ、そうさね、きみよりずっと年上さ。ふ、ふ、ずっと、ずぅっとだよ。

 そう不満そうな顔をするものじゃあないよ、きみ。

 年寄りなんて途中からいくつなのかとか周りが言ってくれないと忘れちまうもんなんだから。そういうもんさ。そのうち、そう、きみにもわかるから安心おしよ。


 ああ、これじゃア、話がいつまでも始まらないか。

 わたしゃァねエ、生まれはここじゃあなくてね、平凡な子供時代を経て学生となり、ま、色々あったもんだが……きみも今は書生だが、学生の身分の頃は随分色々無茶をしたもんだろう?

 していない? ふ、ふ、まあそういうことにしておこうか。

 そうだなあ、わたしゃァ肝試しでいっちゃぁ行けないと言われるような場所にほいほい行っちまうような子供だったねえ。ありがちだろう?

 若いってのはそういうもんだと今でも笑い話にできるのだから。


 さて、じゃあそんな肝試しの話でもしようか? 興が乗ったようだしなあ。

 家からそう遠くないところに、神社があったのさ。寂びれて、碌に手入れもされちゃいない、神主も、氏子もいない、そんな代物でね。

 そこはここみたいに鬱蒼とした小さな森に囲まれた、小さな小さな社しかなくて、まあ、この老人よりも年寄りなんだから、そりゃ仕方ないさ。は、は、は。

 石段はぼろぼろでねえ、社には鬼が出る、だなんて噂もあった。よくよく近所の子供たちが肝試しに遊びに行っちゃぁ、百足に噛まれただのなんだの騒いでいたねえ。懐かしいモンさ。

 うん? ああ、まあわたしゃそういや百足に噛まれたこたぁなかったねえ、ただ、もう、あそこにゃぁ行かないかなあ。

 なんせねえ、嗚呼、まあ。

 あそこで、ちょいと愚かだと学んだ、ってぇだけのはなしなのさ。


 なんだい? 不思議そうな顔をして。

 は、は、そんな風に言われると照れちまうなア。落ち着いて見えるのも、齢を重ねたってぇだけの代物だ。ここに至るまでの間に、どれだけ馬鹿なァことをして、後悔してきたのかなんてそりゃもう、数えきれやしないのさ。

 は、は、まだお前さんみたいに、若い人にゃぁ、わからんかもしれんなア。

 さてさて、話を続けるとしようか。


 あれはまだ十歳になるかならないかくらいだったかな。とにかく粋がってばっかりの餓鬼の頃さね。


 親が村の会合かなにかでみな出払っているもんだから、歯の抜けちまった婆さんを子守に近所の子供がひとところに集められている日があった。ありゃぁ、蒸し暑い夜だったよ。

 遊んで待っていろと言われてもなア、そりゃもう顔見知りの悪餓鬼どもさ、言われんでも遊んじまう。女童たちはままごとなんぞ始めたが、男はそう大人しくしてられんだろう?

 そこで、ふがふがしてる婆さんだったら余裕だろう、ちょっと行って帰ってくるだけさ、なんて肝試しをしにさっき話した神社に行くことになったんだ。

 なにせ碌に電気もない頃でねえ、どこの家にも呼びも含めていくつもカンテラがあったし子供だって使い方を熟知していたからね。熊が出たりすると山狩りに出たりするのに必要だろう? そういうもんさ。

 嗚呼、嗚呼、ここいらにゃぁ熊の類は出ないから安心おしよ、精々出ても狐や狸の類さね。

 とはいえ、あいつらァ行動範囲が広いから、いつ移動してくるかまではわからんが……は、は、大丈夫、ついぞ見てないからよゥ。


 それで、どこまで話したっけな。そうそう、カンテラをめいめいに持ってな? 夜道を悪餓鬼どもが神社を目指して行ったのさ。わたしゃァ一番後ろに居てね。外は真っ暗だし、汗かくくらい暑くてねえ。生温っけェ風もゆるゆる吹いてきやがるし、家ン中にいて西瓜でも齧ってりゃぁ良かったと思うような雰囲気だった。

 神社のそばに行くとな、当たり前のように入り口に鳥居があるんだけどね。夜目にもその赤ァい鳥居がはっきり見えて、夜でもコイツぁ赤いんだなあ、なんて馬鹿なことを思ったもンさ。

 カンテラに照らされたそれぁ酷く不気味にも見えたけどよゥ、蛍があちこち飛んでるモンだから風流だったのかもしれないなあ。

 蛍っていえば、アイツらぁ幼虫の頃は貝を食うんだ。知ってたかな? あぁんな綺麗な綺麗な光を出す虫だがねえ、成虫になると水を飲むくれぇしかねえ。たらふく食って育ったら、光ってェおっ死んでいくんだからよ、不思議な生き物だよなア。外の国にも蛍がいるらしいが、そいつらとは違うらしくてよ。

 おっと、また話が逸れちまうなあ。いけない、いけない。

 そんでよう、鳥居をくぐって石段をこう、登るだろう? そうして真っ直ぐ進みゃぁ当然、今にも壊れちまいそうな社がある。そこに行ってぐるりと社の周りを廻ってさ、お堂の戸を開けて声をかけるってぇのが肝試しの決まりだった。

 今までも何人か、誰かの兄貴たちがやってきてたからねえ、わたしゃ上の兄弟がいなかったからわからんけども、みぃんなやり方はそうだって言っていたよ。お堂の中に途中道端で詰んだ花を供えていくんだ……ってねえ。

 よくわからないだろう? 肝試しなのにお供えをしていく、お供えをするのにお堂を勝手に開けちまう。悪餓鬼どもってのはどうしてそうなんだろうねえ。は、は。

 

 さてさて、まあ、わたしゃ初めてのことだったから黙ぁってみんなの後ろをついていったよ。ちと怖くもあったが、行かないと言えば臆病と言われたろうし、帰ろうと言っても臆病と笑われる。そういう年頃ってあるだろう? だからまあ、みんなと固まってりゃぁなんとかやり過ごせるだろうと思ったのさ。

 なんだかねえ、季節外れの苧環おだまきが、咲き誇りやがってさ。そりゃまあ、綺麗なんだけども、おかしなモンだろう……あいつぁ、皐月に見頃なのに、もう夏だったんだから。

 知ってるかい、苧環おだまきの花言葉ってのをよ。お? わたしゃぁね、これでも女に不自由したことがないからそういうのをよく聞かされたもんさぁ。は、は、まあ、商売女たちだがね。


 そうそう、苧環おだまきってぇのはね、愚かって言うんだとよ。酷い花言葉だと思わないかい、ふ、ふ、は、は。あぁんな綺麗な青い花ぁ咲かせておいて、愚か、だってよう。だけど、まあ、それもしゃぁねえのかなアって、わたしゃァあん時にね。つくづくと思ったもんなのさ……。

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