1-4. 武蔵小金井潤一郎は難事件に遭遇する・3

 不可思議に思いながら武蔵小金井が不意に視線を持ち上げると、ある物が目に映った。


「そういえばそうか、防犯カメラ!!」


 そう言い残して彼は急いで階段を降りて、漸く駆けつけてきた鑑識の男、安塚誠やすづか・まことを連れ立って駅員の業務室へと入った。


「防犯カメラに一部始終残っているはずだ、再生してくれ。八時半頃だ」


 鑑識は頷くと指紋等に注意しながらカメラの記録を巻き戻していく。


 そこには確かに唯の言った通りの状況が再現されていた。腕をくっつけるより先にこちらを見るべきだった、と彼は反省した。状況の保全という点では失敗した。


 だが反省するより前に、注目すべき点があった。


 確かにカメラの記録には、『HELL王』と書かれたTシャツを着た男と思われる人物が写っていたし、男が階下の男――被疑者の腕を切り?落とした?瞬間と思われる動作も写っていた。


 しかし、男の顔は、モザイクが掛かって全くどういうものか分からない状態であった。


「……誰かが加工したのか?」


 誰に問うでも無く潤一郎が呟いた。


「いやそりゃ無いですね。不思議ですが、この記録装置一式、指紋らしき物は全く無いので。勿論仏さんのものはありますけれど」


 栃木訛りの安塚が言う。仏さんというのが駅員の女性を指している事は潤一郎も理解出来た。


「……じゃあなんでモザイクが?」


「詳しく調べにゃわかりませんなあ。ただ、ちょーっとこんなもん見たこと無いので、果たして調べればわかるものなのかは何とも言い難いですが」


 安塚は飄々と答えた。その態度に思う所はあったが、確かに彼の言う通りであろうと潤一郎は思った。


「……一応調べてみてくれ」


「分かりました」


 そう言うと安塚はいそいそとテープを回収していく。



 潤一郎はこの事件がなかなかに厄介である事を悟っていた。


 このカメラに写っていた男が鍵を握っているのは間違いない。しかし、切り落とされた――仮にこう表現する――腕、つながった腕、癒えたらしき傷、モザイクの掛かった顔……上げればキリがない程に、不可思議な事が多い。


 一筋縄では行かない、彼の――十年に満たない程度ではあるが――経験を積んできた事で多少培われた『刑事としての勘』と呼ばれる物がそう訴えていた。


「何者なんだ、これは」


 思わずそう呟いた。


 カメラの中のモザイクは何も語らぬまま階段を降りて駅の外へと消えていった。

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