竜が牽く荷車商店。旅の成果売ります。旅の途中で買います。
ルナナ
竜の車とトグラマスープ。
ガラガラ、ガラガラ。
そう音を立てて木漏れ日が気持ちよさそうな森が両側に広がっていて遠目には小川が見える。大きな大人が三人ほど座れる幌付きの荷車。
前方には大きな大人が一人と子供が一人乗れそうな、二足歩行で、蒼い見た目の竜が取っ手をつかんでその荷車を牽いていた。
太陽は中天にかかろうかという今、おもむろに竜が荷車の中を覗いて「クルクル」と鳴き出す。
「ああ、お昼ですか? クリュア」
「クリュウルアァ」
「そうですね。アスミャナ商店もお昼休憩くらいとらないとですね」
そう荷車の中から竜と会話する子供のような声が聞こえ、それに答えるように竜は歩きを止めて荷車をその辺の石で動かないように器用に固定すると、取っ手の中からのそのそと出てきて近くの森へと歩き出した。
荷車の中からは、九歳くらいの女の子が出てくる。彼女はアスミャナ。珊瑚の見た目をした白い角を頭に生やし、ルビーのように赤い髪を肩まで伸ばしている。
彼女は野暮ったい緑の厚手のローブを着ていて、裾からは爬虫類の尻尾が楽しそうに揺れていた。
そう、その姿はこの世界では竜人と呼ばれるものだが、この子は竜人ではなく立派な竜である。人の括りには入らずどちらかというと動物寄りで、人の世を過ごすのに必要なので人の姿になっているだけだ。
「クリュアは何を取ってくるのかなー。できれば豚系の魔物を狩ってきてくれると嬉しいんですが。私はトグラマスープが飲みたいので」
そうひとりごつ彼女は石と薪を集め、手早くかまどを作りその周りに円と文字や図形を描いて荷台の上に戻り作った料理の想像する。
書いた文様は落書きではなく延焼を防ぐ魔方陣である。
しばらくすると遠くから何かをズルズルと引き摺る音が聞こえてきた。
その音に反応するように、彼女はぼーっとしていた体勢を解き、薪に火をつけて荷車の中の容量が膨大で時間が止まる魔法の袋からトグラマと、ジギーナ、タモノアを取り出して洗う。
ジギーナとタモノアの皮をむいてそれぞれ角切りにし、手早く準備を終えた。
森から出てきたクリュアの手には猪につながったロープが握られておりそれを荷車の隣まで持ってくると竜の爪で解体を始める。
血抜きはすでに済んでいるようで、爪の長さを竜族の魔法で自由に変えながら丁寧に皮を剥ぎ、部位ごとに切り分けた。
クリュアは腹の肉をアスミャナが用意した石の台に起きアスミャナは魔法で半分を一口大に切って、もう半分をそのまま大きな塊にした。塊はクリュアのご飯だ。
「クリュア、先に食べてていいよ」
「クルルゥルァ」
アスミャナからすると相当にでかい中位竜のクリュアはその塊を台から手で持ち、少し離れてかみつき始めた。
いくら血抜きがされたからといっていまだ血の滴る肉塊をかじる竜を見たら、知らない旅人は驚いて逃げ出してしまうだろう。
だが馬の代りに竜を使えるほどの商会では常識なのだ。
アスミャナも竜なので生肉を齧っても問題はないが、彼女の舌は人間にだいぶ寄ってしまっている。二週間に一日はいいが、できれば味のついたご飯を欲しがった。
そんなことを考えながらかまどの上に鍋を置き、切った野菜と肉を炒め、魔法で水を入れたらトグラマをつぶしながら入れるとすっかりトグラマの赤で染められた。
その鍋の中に、アスミャナは野草や香草を刻んで赤に落とす。
しばらくすると香草と肉の油が香り立つ。おいしくできただろう、と満面の笑みでうなずくアスミャナ。しかしアスミャナ商会はこれから街に商材を売りに行く所だ。つまりお金が無い。
そして鍋から出来上がったトグラマスープをお玉で器によそった後、商材以外のパンがないことに気が付き、代わりの乾燥パンを見てしゅんとしている。
よそった残りを鍋に蓋をして魔法袋に入れた。鍋の大きさより袋は小さいのだが、そこは魔法の袋なのでなんの抵抗もなくすんなり入る。
残りは今後の旅で食べる予定だ。街でご飯が食べられないこともしょっちゅうなのでお弁当用である。
森や山に寄り道して集めたものをこの先の自由市で売る予定でたまたま今回は街道にいるが、いつもはもっと街の近くに行ってから街道に乗ることも多い。
街に行った時の売り物をアレコレ考えながら、もそもそパンを食べながらスプーンで器の中身を掻いておなかに収めていく。
「普通のパンも出せばよかったでしょうか。いや、この後売る予定のものを減らすのも……うん。我慢です我慢」
旅の最中立ち寄ったとある街の路地裏にある店で「他の町から人を呼びたい」と、店主に頼まれた大量の
パンとスープの相性を想像して、ちょっとだけ眉を下げて名残惜しそうに器とお玉を洗い魔法の袋にしまう。
それから水魔法で水分補給し準備を終えたアスミャナは、クリュアに声をかけ荷車で再び街に向かい始めた。
のんびり馬車が進んでいく。森を流れる風と、春と夏の間の小さな木漏れ日が心地よかった。それに加え、荷車の振動と程よい満腹感で、アスミャナは「くあぁぁ」と眠そうにあくびをする。眠そうな気配を後ろに感じつつもクリュアは真面目に目配りしながら歩みを進める。
街までまだまだかかる。いざ、参らんとクリュアに「寝ます!」と声をかけ昼寝に入るアスミャナ。
ここで一つ注意点なのだが、人族である竜人は別に名前の通りに、実際の竜が如く力にあふれるわけではない。人化した竜の子供と竜人の大人では、竜の子供のほうが強いのである。
かといって竜人とわかりやすい差異があるわけでもない。しいて言うなら竜の子供が人化に興味を示すことはほとんどない。故に角と尻尾の生えた子供は十中八九竜人の子供だ。なので仕方ないのかもしれない。
そしていくら子供と言っても人間基準の年齢には当てはまらず、竜人の子供時代は四十年であり、竜の子供時代は平均で百五十歳だ。子供時代が長ければ長いほど竜族は力が強い。
ついでに言えば人化を習得できる上位竜の中でも位が上がれば上がるほど百五十歳を優に過ぎていく。それに位が上であるほど魔法や膂力、あらゆるものが上位に立つ。
そしてアスミャナの年齢は百七十を超えている。おっと彼女が年齢の話を聞いたらきっと顔に花を咲かせて高い買い物をさせられるだろう。心の中に留めとくように。
つまり何が言いたいかというと、竜人の子供のような子供が一人で旅をしていたら決して手を出してはいけないのだ。
人類を守護する竜や獣、虫にさえ嫌われ罰を受けたと天に認められるまでは彼らの嫌がらせは続くだろう。
幸いなのは、過剰な嫌がらせはないことだろうか。彼女がわざと仕向けることはできない、という事もある。
まぁとはいってもそれは竜人族と竜の間、それも基本的には互いが密接に過ごしているようなところと、守護竜のいる王都上層部くらいしか関心を持つ事はないのだ。故に一般人が知っているはずもないので、さらに学のない盗賊などの目にアスミャナはいい獲物に映る。
一応隠されてはないのでそれらの事情は知ろうと思えば知ることもできた。その上彼女に関する噂だって出る。
なので街からほど近くなった場所で出会った
どうやらクリュアのことを下位竜だと認識したらしいのだが其れにしたっておかしいものだ。なぜなら下位竜はひとりでに荷車を押すことはない。馭者がいるものである。
だが
竜の咆哮で一人残らず気絶させられた
アスミャナは盗賊が吊るされたのを薄眼で確認しつつもそのまま寝ている。クリュアはその様子を見て呆れ、安堵が混ざったため息をついた後その足を再び進めていく。
盗賊はその間虫に集られていた。
彼女は賢い。賢いが、その分抜けている。だからこそ人化に興味を示し子供ながらも行商人をやっていた。
親の竜は抜けているアスミャナを、いくら賢いとはいえ馬に任せることはできない、と体躯は小さくとも中位竜随一賢いクリュアを彼女に就けたのだ。
荷車をクリュア任せにしてアスミャナが寝るのは信頼もあるが、それくらいでクリュアがやられることがないのを本能で分かっているというのはある。
とはいえかなりの無茶ぶりをさせられてきたクリュアはため息をつかざるおえない。
お決まりの展開に空を仰いだクリュアはあと少しだな、と足に力を込める。もちろん歩くのに必要な力だけだが。
日は少し傾き、昼休憩以外に休憩の必要のない竜車は盗賊に絡まれた後は何もなく順調に街へ歩みを進めていた。
ガラガラ、ガラガラとほとんど荷物のない荷車と一人で歩く竜。それを不思議がって荷車の後ろを見て納得する旅人が増えてきたころ、その町は見えてきた。
自由市街フーレイ。一つの国に一つはある自由市。それ自体を街にしてしまったこの街をアスミャナ商店は拠点にしている。この街から出ていき、物を集めてこの街へ戻ってきて売りさばく。
薬物や安全処置していない物、その他特定の者に害意のあるものを検知するため九百年前に生きていたエルフの神官が作った巨大な門と街を囲う壁が見えてくると、フーレイまではあと少しだ。
ここまでくれば人の気配をたくさん感じアスミャナは起きて、巨大な門を見上げる。
その巨大な門は東西南北にあり門の上には東を竜、西を人、南に木、北に山を掲げていた。
それはこの世界に生まれた種族を石像で現しており、東の立派な体躯の竜の下には数多の種の獣と虫、翼なき竜が天に吠える石像が。
南の偉大な木の下には西の石像より耳のとがった人と、湖に腰掛ける魚。宙に浮いた女の人や同じく男の人、丸い球や羽の生えた子供の石像が森で踊るように描かれている。
北の大いなる山の下には洞窟に棲む背の低い筋肉質の髭が濃い男と子供のような見た目をした人、犬歯をとがらせたドレスを纏っている顔のいい人たちに、ねじれた角を持つ人族に似た人が数人。
そして大柄で頭に一つだけ突起を生やしたいかつい顔の石像たちが、お酒を浴びるように飲んでいる様子が描かれていた。
西には人といろいろな動物の特徴を持った人たち、角の生え方の違う人たちと耳が少しとがっている人、筋肉質な男の人、下半身が魚の女性。それぞれが盃と本を掲げているようだ。
この石像を見上げるたびに、世界は広いと寝ぼけ眼で見上げるアスミャナは、眠い頭で旧き祖なる竜と、竜を遣わした唯一にして創造の女神に祈りを捧げて、彼女は周囲に負けないぞ、とムンッと頬をぺちぺちと叩き意気込んだ。
「クリュア、いい場所見つけますよ。今回は目指すは夜市です。夜に例の
「クルァァァゥ」
普通夜に市場を開いてることはないが、門の力と夜にしか目利きができない、あるいは夜にしか運べないものを売れるようにするために夜市は開かれる。
夜は衛兵に遣わされる下位竜の眠る時間なので、そこを狙ってグレーな物や背景が黒いもの等いろいろと物騒になるが竜族に何とかできないほどのものではない。
アスミャナも輝光石を商材にしたのは今回が初めてではないので勝手もわかっている。
「まだ日は落ちていないから、早めに許可証見せて貸し看板借りてもう一度仮眠しましょう。クリュアは眠れていないですし。今回の商材は輝光石なので照明は要らないですしね」
「クキュッ」
自由市の貸し看板とはそれに認められている範囲の土地を一時的に商店として扱うための、いわば場所取り用の看板である。
この看板が無ければ信用がないとして摘発の対象で、看板を借りてからは三十二時間の間は有効だ。
それに街に入ってから何もないところで長時間立ち止まっていると職質を受けることとなり、そして看板はほかの商店の目の前に置くことはできない。
裏に置くこと自体は距離にもよる。近すぎてお互いの商品が混ざらなければいいとされる
貸し時間が一日中なので仮眠自体は取れるが、連続して看板を借りることは正当な理由がなければできない。基本的には三十二時間の間に売るものはきっちり全部降ろしてから出ていかなければこの街でやっていくことは難しい。
そうこうしている間に門の目の前まで荷車が来ると、門の横扉から鎧を着ていて腰元に少し大きめの袋を下げた、髭をきれいに短く整えている男が小走りでやってきた。
「おーい。お嬢ちゃん! 一年ぶりだね。その後ろに吊ってあるのは盗賊でいいんだよな?」
「アラムナさん! そうですよ。どうやら私のこと知らなかったみたいです。どちらかというと人攫いのような気もしますが」
アラムナと呼ばれたこの男は、自由市街の衛兵であり犯罪者の引き取りと多少の書類仕事ができる準務官でもある。
この街の門に詰めている衛兵は準務官を兼任していることが多く、このあらゆるものが集まる自由市街に来るまでに小隊に捕まった盗賊の情報や処理しつつ貸し看板を出せる権限を持つ。
準務官はこの街の顔役であり、彼らが居なければもっとこの街の入り口は混沌としていただろう。
準務官とはそういう本来の仕事とは別にごく限られたことに対する書類などを発行できる資格を持った役職の人を指す。
アラムナはアスミャナとは数年来の仲であり、今回のようなことは珍しくなくまたか、と顔を顰めている。
「じゃあクリュアさん、この球に触れて質問に答えてくれ」
「クルゥ……」
顔はすごく爬虫類なのに異様にめんどくさそうな雰囲気をこれでもかと醸し出すクリュア。
この球は使用者の返答に嘘がないか確認のできる
神の使いが持つ天秤にアクセスし魂を載せ、その様子を宝玉に反映し簡易裁判ができるそれなりに珍しい道具である。言葉をしゃべることができなくとも、翻訳されるのが神の使いの天秤だ。
その性質上質問されている側は返答を終えるまでだるさが伴う。しかしこれはまだ楽なほうで、もっと儀式だなんだとなったり上位の魂玉だったりすると神の御前に引き出されたりするのだ。
クリュアへの質問は三つほど。どっちが襲ったのか、必要以上の痛みを与えなかったか、襲われる心あたりはあったか。
クリュアは中位竜だ。中位竜からは自我がしっかりしているので心の中で唱えれば返魂玉には反映される。
質問の内容についてだが、一定以上力を持つとされる存在には、必要以上の痛みを与えなかったかという質問は必ず聞かれるのが決まりである。
やるならせめて慈悲の心をもって痛みを与えず滅するべき、痛みと苦しみを与え喜ぶのは獣にも劣る行為は神罰の対象であるとされているからだ。
与えられる側の同意があるなら獣で済むが、強要はよくないときっちりとある聖典に書かれている。……書かれちゃっているのだ。
「うん。天秤の傾きは無しだね。じゃあ、身柄を預かるから降ろしていいよ。今回も武器の類は無し、と。いやー。やっぱ紙でちまちま書かなくていいっていうのは便利だね」
アラムナは持ってきていたガラス板が貼ってある木版を触っていて、その後ろでは衛兵が盗賊を降ろしている。
盗賊の数が多く衛兵は少し苦い顔をしていた。アラムナの持っている木版は報告や書類仕事を手元でできるようにした魔道具である。
「あ、貸し看板ください。ロロミ鳥広場のミ区画で」
その様子を見ていたアスミャナのはついでと言わんばかりに、呪文のようなものを唱えながらお金をアラムナに渡している。
運営方法はそれぞれだが、どこの自由市でもざっくり売り物を象徴する動物の名前の広場で区切られており、ジャンル分けされていて、動物の名前から後ろの文字の区画になるほどほかのものを売ってる割合が上がる。アスミャナ商店の場合は輝光石と、パンだ。ほかにも森で拾ったものを売る予定なのでミ区画となる。
まぁあくまでもざっくり分けているだけなので、それ以外の場所で売ってはダメ、というわけでもない。
しいて言うならご飯が売っているところに汚れているもの、布を売りに行くのはマナーとしてダメという感じのことばかりだ。
損をしたり、させたら貸し看板の残り時間の多いほうが支払ったり、示談だったり。難癖をつけようとすれば噂は広まりその出店の周りではほかの商人や旅人が寄り付かなくなるのでそういう行為はない。
お金を受け取りつつアラムナは先ほどの板を操作している。
「了解。……今回は北に行ってきたんだね。南から帰ってくるのはいつもの事だね。寄り道はほどほどにしなよ。帰って来られなくなるぞー」
アラムナは脅かす様に手を上げて注意する。その様子は少し滑稽だ。
「ハイハイ。大丈夫ですよ。竜族舐めないでください。いざとなったら獣蟲にでも道を聞くので」
「それができるのはアスミャナの嬢ちゃんくらいでしょうに。大抵の竜族は懐きやすいだけって聞いたことがある」
「……間違いではないです。とにかく、早く貸し看板ください。いくら商人が集まりにくい広場とはいえ私の荷車は場所取るんですから」
切り返しでやられて、居心地悪く急かしているアスミャナにアラムナは飄々として言う。
「はいはい。せっかちなのは相変わらずだね。お兄さんと会話ぐらい楽しんでくれればいいのに」
「フフフ。何言ってるの? あなたは人族で言うところの”おじさん”でしょう?」
アラムナはその言葉を聞いて大げさにダメージを負ったふりをする。そして腰元の袋に手を突っ込んだ。
「うっ……そこまでいわないでもいいじゃないか。っとはいこれ、ロロミ鳥広場のミ区画の貸し看板」
「ありがとうございます。じゃあ、行ってきますね。お仕事頑張ってください」
「はい。どういたしまして。嬢ちゃんもこれから仕事だろうに」
苦笑を浮かべるアラムナに対して何を言っているのやらといった風で笑いながら貸し看板を荷車に置き、その場を離れるアスミャナ。彼女は別に行商を仕事とは思っていないのだ。彼女にとって糧とは必須ではない。
故に行商は未知を知るため、世界を広く感じるために人の姿を取ってるに過ぎなかった。
自由市街の中は壁際に建物があるだけで、天幕を張っている広場もあるが基本的には柵と看板だけで成り立っている。その姿は戦争陣地のようで、人々の熱気も争いがないだけで、雰囲気は似たようなものだ。そしてその空気は煮えたぎるようで鬱陶しかった。道行く人は何か掘り出し物がないかと目を光らせている。
大きな円形の自由市街ではあらゆる種族の雑踏が聞こえる。エルフだったり、ドワーフだったり。竜車も珍しくない。
道を歩く人が怪我しないように整備された道路をしばらく歩くと、もう歩く除いて荷車や敷布の置く場所のない広場や、すごい空いてるとは言わないまでも他と比べて賑わいの少ない広場もある。
いろいろな場所に衛兵がおり、その中でも貸し場所のロロミ鳥広場の衛兵は特に多くて、出店は逆に少なかった。
アスミャナとクリュアはそのことに少しの安堵をした。まぁ貸し看板が借りられたので不具合でもなきゃ場所がないはずがないのだが。
「クリュア、あの入り口の唐草模様の店からすこし離れたあたりで出店しよう。夜霧石を売る人が居なくてよかった。でも埃除けの為にも透かし布を用意だね。マナーだよマナー」
「クルクルゥ」
クリュアはアスミャナの指示の通りに余裕をもって荷車を設置できる場所に行き、取っ手から出て荷車の後ろから脚を引っ張り出した。
取っ手が
アスミャナはクリュアが寝息を立て始めたのを確認してから荷車に行き、魔法の袋から枕を取り出して眠った。
これはアスミャナのあずかり知らぬ事だが、後ろ暗い者がどう見ても子供にしか見えない彼女を見て余計な気を起こさないようにという名目で、衛兵は毎度少しだけ注意度を上げている。
そして彼女の寝顔で心を癒すのだ。この街には孤児院すらないし、出張で来ている衛兵も多い。単純に癒されるものというのはとても少ないのだ。
彼女自身は過度な子ども扱いを嫌っているので、少なくとも起きてる最中に子供を見守るような表情になるのも憚られる。故にアスミャナが来た時の衛兵のオアシスであった。
二匹が眠って数刻。その間も他の商人はせっせと品を売っていき、日が落ち始めて夜まで出店する商人と衛兵の持つ明かりが輝きだす頃、まずアスミャナが起きた。
眠い目を擦りながら起きた彼女はまずタオルを取り出し、水魔法で顔を洗う。そうして顔を引き締めた後赤く縁どられた枠――透かし布――を用意して、それで大量のパンを包み始めた。
次いで荷車の幌を縄で引っ張り半分開けたら荷車の横壁と後ろ壁を倒し、机にするとそこに魔法の袋からとある物を取り出した。
それは、ほかの出店の明かりにも劣らずの光を放つ拳大ほどの石である。
この石は旅で出会ったドワーフとロロミ鳥のコンビが見つけた輝光石で、掘り起こしたはいいがお腹が空いて動けない、と廃坑で倒れていたのを助けたお礼に売ってくれた石だ。
その隣には先ほど透かし布で包んだパンを置き、そのあと魔法の袋を漁って荷車の机にした後ろ壁に統一性がないものを雑に置いた。
石や草、ちょっとしたおもちゃや謎の流木など。正面はまともなのに横を見たらまるで子供のおままごとのようで、落差に驚く客も多いがこれはいつもの事だ。
クリュアは準備が始まっているのを察して半分ほど意識を浮上させているが、商店が開いている際は基本的にお休みだ。
大体は強盗だったり客を狙う不埒な輩が出た時に出ていくだけであり、クリュアの貴重な休み時間だ。多くの気配に警戒しつつも安堵を感じて落ち着いている。
アスミャナは声を大きくしすぎないように気を付けながら口を開き、この時を待っていたといい笑顔で開店の口上を述べる。
「さぁアスミャナ商店開店だよ! 今回の旅先は北! 北の棄てられた坑道に棲む一人と一匹が掘り当てた輝光石と、西のアーロガルト王国首都から北東にある街ラルラナの名店、ふあもふパン屋のふあふあ白パンだよー! パン屋の場所はいってからのお楽しみ!」
おいしいし、自分が見つけたという優越感も当時はあったのだが
「おっと! この店名とパンの名前は美しい夫婦が考えた名前だ! いくら似合うからって私と結びつけちゃいけないよ! さぁさぁ売り切れたらおしまい、だれが手に入れても適正価格。売り切れる前に買った買った! 輝光石は先着十五名、パンはたくさんあるので一人二つまでだよー!」
自由市街に夜は来ない。こうやって隣に寝てる人が居てもお構いなく元気に声を張り上げ荷物を降ろしていくのだ。そしてより元気なほうに、より興味の沸くほうに人は寄る。
今この場、アスミャナ商店の隠れたネームバリューもありロロミ鳥広場は人が集まりつつあった。
するとそこにどこかの石膏像のように筋肉を作り上げた大柄な旅人が十五個ほどある輝光石を見て、しかめっ面をした後、我慢できずに声を上げる。
「嬢ちゃん! こんな数の輝光石どうしたんだい? こんだけ澱みなく光ってるし大きさもある。偽物ではないだろうけど……」
その声を聞いたアスミャナは待ってましたと言わんばかりに声高々に言った。
「よくぞ聞いてくれました鉱人種のお兄さん! この輝光石はドワーフとロロミ鳥という本来火と水のような仲なのに、はみ出し者だからと意気投合した二人から譲ってもらったものだ! 買うなら今だよ!」
そう言い放った笑顔でアスミャナは当時の様子を思い出して内心笑っていた。意気投合してはいるが、その一人と一匹が求めるのは竜や魚の鱗と、魔力の灯る石ではなくただの宝石というのを思い出したのだ。
ドワーフと鉱人種はどちらも人だが、どちらかというと竜と竜人のような間柄である。人がドワーフの因子を取り入れた結果生まれた種族が鉱人種と認識してもらえればいい。竜人も同じく。
そんな二種族だが、洞窟に生きる動物や負けん気の強い鳥などと相性がいい。しかしロロミ鳥だけは相性が悪い。
ロロミ鳥は魔力の籠った石を見つけるのが得意で、魔視鳥という別名があるくらいだ。その石自体も好きなのだが、彼らは岩を掘ることはできないので人の掘った物の中から見つけて盗んでしまう。
二種族は日々の糧を得るため、そしてそういった石を加工するのが好きな種族だ。だけれどロロミ鳥は加工するなんてとんでもない! と巣にためていく。ロロミ鳥は周辺の生態系の中でも賢く、二種族に駆逐されないぞ、と長を任命し種族を鍛え上げ……
なんてことになってしまったので二種族はロロミ鳥を遠ざけつつも互いに譲歩して交渉するしかないのだ。そんな間柄だが両陣営内心怒り狂っている。まさに火と水で、実際鍛冶場の火が消されたり、ロロミ鳥の巣が燃やされたり。
だからこそそんな事ありえるのか? と頭に疑問符を浮かべつつも、アスミャナ商店のキャッチコピーの「旅の成果売ります。旅の途中で買います」というのを思い出し、次に鉱人種の旅人は故郷の洞窟を思い浮かべた。そして輝光石を手に取りお金を払った。
「よし、地下の民がみんな子供のころに妄想したであろう関係を祝って一つ買っていこうじゃないか!」
鉱人種の旅人は太陽のような笑顔で告げる。
それに対しアスミャナは返す笑顔で。
「毎度あり! 大事にしてね! 友情の証だから!」
とその思いを肯定した。
「おうともさ!」
鉱人種の旅人はそう返事して雑踏へと紛れていった。
そんな様子を見て信ぴょう性が出たのか、輝光石は少し優しくない値段だが、月が傾きすぎない間に売れていった。となるとじゃあこのパンもその謳い文句通りなのだろう、恰幅のいい商いをしているであろう人物が夜ご飯を求めにやってきた。
彼はそれを一つ買うと、少し離れたところに行き一口齧る。
「うぁ、うまい。が、パンだけだと物足りないな……」
その間もパンは売れていく、がやはり物足りない様子のみんなをアスミャナは眺めていた。このままではこの街を出るころには売れるだろうが面白みに欠ける。
そこで彼女はお昼に食べたトグマラスープを思い出す。大きな鍋で作ったし量はある。そんなスープを一回よそっただけなのを思い出した。
お玉は洗ったし洗ってあったのを使った。魔法の袋は時間が止まる……となればここしかない。すごく寂しいが、食材は一応まだあるし、それにここで買って行ってもいいじゃないか。
そこまで考えれば行動は早かった。荷車の中に立ち、魔法の袋を掲げる。その様子に興味津々の様子でアスミャナを見上げ……てはいないが、彼女に視線が集まる。
「皆さん! 今回、今回だけ特別に私が旅で作っている料理を出します。二つパンを買った方に――」
と声を出しお昼に食べたトグラマスープを取り出した。蓋を開けたがまだ湯気が出ている鍋を持ち上げるアスミャナ。鍋は体格に見合わないし、持っているところは取っ手ではなく真ん中のあたりだ。
堂々と彼女が竜族なのが証明される様に周辺の客は釘づけだ。隣の広場からも騒ぎに気が付いたものがいる。
「この、トグラマスープをこのお椀一椀で八百ローナのところを七百ローナで売ります! 早い者勝ちですよ!」
正直なところアスミャナの持っているお椀は彼女からすると大きめだが、普通の人からすると少し物足りない大きさでもある。種族によっては全然足りない人もいるし普通にぼったくりであり、それは当然アスミャナ対客、という構図ができあがる。
とある客が野次を飛ばす。
「七百ローナ!? ふざけんなそんなだせるか! どうせ質素なんだろ!」
と聞こえれば。
「そうだそうだ! 百五十ローナだ!」
と金額を出す客がいた。それに対してアスミャナは「ふはははははは!!」と高笑いして。
「この鍋は魔法の袋に入れてあった。なおかつとれたて、中位竜がお墨付きを出したイノシシが入っている! それに新鮮な野菜が三種も! さぁ六百六十ローナ!」
そう、値下げ要求である。アスミャナは半分それを楽しみにぼったくり価格を出したのだ。もちろん言ってることは本当だし、金額を上げた商人も互いに名前は知らないが数回アスミャナ商店とこの街で何回か対面している。
それはアスミャナからすれば常連だ。
「二百!」「五百五十!」「三百二十!」
と方々と言い合い、アスミャナはここらでいいだろう、と決めるとこぼれないように鍋を机にたたきつけた。能力の無駄遣いである。
「っかー仕方ない! きっかり四百ローナ! これ以上は下げません。そしてパンを四つ目買ったらもう一椀くれてやろう! ふはははは!!」
そうアスミャナが宣言し、湧き上がる拍手と注文。クリュアはいつの間にか起き上がっており、静かにプラカードを持ち行列整理を始めていた。
パンとスープは飛ぶように売れて、ロロミ鳥広場は近年稀にみる大賑わいとなった。アスミャナはその様子と忙しさに大満足の様子である。
ここまでアスミャナ商店が賑わったのはアスミャナ商店が知る人ぞ知る名店であり、この店は毎回売る品は変わるが竜類族の選ぶものは物が確かなことで知られている。
それは下位竜も同様の上、彼女の位の高さを見抜いた人たちは、彼女がどんなものを差し出すのかというのが気になっていた。
よく見れば後ろのガラクタに見えるものも地味に売れている。
別に損をして最初の値引き交渉に出てきた値段にしても良かったが、あまりにも安くすると市場が壊れてしまう。
それを理解している彼女はいつも二、三割高めの設定にしている。そしてそれだけの価値のあるものしか売らない。
このスープはここだけの話であり、いくらおいしいとはいえ旅の途中に作ったものだ。
そういう手間のかかっていない簡素なスープは高くても三百ローナ程が適正価格である。十分ぼったくりに近い。
それでもこの騒ぎの中得たものを食べれば、それはかけがえのない
故にこそ四百ローナ。その値は妥当だった。
星が瞬いていた夜は超え、空が白み始める頃には輝光石とパンはすべて売れた。トグラマスープの騒ぎで半分忘れ去られていたガラクタのような珍品もすべて捌けている。もうアスミャナ商店の前に人はいない。
売る予定のものもこれから先の食料すらも売ったアスミャナはスッキリした顔で、この街に来てから何度目かの満足感を得る。
広場の出入口に貸し看板の返却箱があるので、通り掛けに箱にしまい荷車を壁際の宿屋に預けて買い物をしようとこの街を巡り始めた。
この街にはあらゆるものが集まる。黒い食べられる液体に逆に食べられない可燃性の液体。魔力で揮発する明らかに研究者しか使わない銀色のリンガだったり。
逆に研究者のつくった副産物の試用だったりもある。この場合は研究者側が客にお金を払っていたが。
その中でアスミャナは消費した野菜、果物、乾燥肉を買い、隣町から出張してきたパン屋で買い物をしたりする。まだこの世界でも出たばかりな持ち運び式魔力式パン窯で焼いたパンを堪能したり、地方の料理を再現したもの、一部の村でしか食べられない食べ物を食べたりして過ごした。
日がすっかり朝を告げたころ、アスミャナは荷車を受け取り買ったものを詰めた重い魔法袋を荷車に置くとクリュアを見て告げた。
「さぁクリュア。行きますよ。次はどこに行きましょうか。東から一周して東でこの街に入るのもいいですね。……とりあえず今回は東に行きましょう。余裕もあったら帰省してあげましょう。父がうるさいですから。それにすっからかんなので魔物を積極的に刈らないとですね」
「クッルルア」
すごくめんどくさそうなクリュア。寝てないんだけど、と抗議しているようだ。それでも主には敵わないので仕方なく歩みを進める。ここは西だ。また反対へ行くのかとあきれているようだ。
「次はどんな出会いがあるかな。それとも何もないのかな。アスミャナ商店。旅する商店。私がこの世界を楽しむためだけの商店。いざ、何度目かの旅へいきましょう!」
竜が牽く荷車商店。旅の成果売ります。旅の途中で買います。 ルナナ @sakyumu
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