第4話

医者が呼んでくれた相乗りタクシーで僕たちは病院から一番近い神社に向かった

着いた時にはすでに日も落ち、あたりはすっかり暗くなっていた

妹は近くにタクシーと止めた運転手と一緒にすぐにどっかに行ってしまった

男の人との方がもし仮に何かあった時に、対応がしやすいらしい

僕と美咲さんは人込みの中で二人きりになってしまった

「ねえ、何か見る?」

「うん。」

「いくら持ってきた?」

「ない。」

「そうだよね、私が縁日だって言わなかったもんね。」

「どうして言わなかったの?」

「だってあの時そばに医者がいたし、なんとなく縁日って言うよりも気の速い初詣って感じにしてたから、でもあなたに嘘は無理でしょ。」

「うん。」

「だからよ。」

「いくら持ってるの?」

「100円、お使いのおつり。」

「それで何か買って一緒に食べる?」

「いいよ。」

美咲さんと僕は並んで縁日を歩きだした

お面に射的、金魚救いに、くじ、さらには焼きそば、綿あめ、お好み焼き、本当に欲しい、食べたいものがたくさんあった

美咲さんは何かを見つけると走り出した

「たこ焼き。」

「いいよ。」

お金を出してもらっている立場、嫌とは言えない

「じゃ、決まり。」

美咲さんは人込みに入っていくとすぐにたこ焼きの箱ののったトレーを持って戻って来た

「あっちに広いところがあるだってさ、あっちに行こ。」

「うん。」

僕は言われるがまま、境内への長い階段を上り、神社の裏手の方の少し開けて人が誰もいない場所に並んで座った

「六個入りだから三つずつね。」

「そうだね。」

僕らは木々の間から見える夜景を楽しみながら無言でたこ焼きを頬張った

熱かった

「美咲さんさ。」

「ん?何?」

僕は食べ終わって口元をテッシュで丁寧に拭いていている美咲さんに話しかけた

どうしても話しかけたかった

「美咲さんってさ、ガンじゃないよね。」

しばらく沈黙の時間が空いた

「じゃ、もし仮に違うって言ったら。」

「じゃ、いい。」

「じゃ、もし仮にそうだって言ったとしたら?」

「これを渡したい。」

僕は上着のポケットからUSBを取り出した

君と初めて話した時に、古い大きな本の上に置いてあった

「そう。」

「どっち?」

「どっちって言って欲しい?」

「どっちって言って欲しいって。」

「もし私がその質問にイエスで答えたらあなたはそのUSBをこの私に渡す、もし私が違うって言ったらそれで終わり、その持ち主を探しているようなら一緒に手伝って上げてもいい。」

「じゃあ。」

「じゃあ?」

返事に困った

正直言うとイエスと答えて欲しくなかった

けどすぐにはどっちかを答えないと言うことはイエスの可能性が高いと言うこと

「この持ち主であり、ガンではない。」

「うまいこと言うわね。」

美咲さんは僕を小突いた

「君の返事次第で何て言おうか考えていたのよ。」

「じゃ、どっちか言ってよ。」

「これ捨ててきて。」

美咲さんは僕にたこ焼きを食べたゴミを押し付けた

「分かったよ。」

僕はしぶしぶ立ち上がった

ゴミ箱はあるもののそこまで行くのにあまりにも人が多すぎた

僕は途中でぶつかってしまった

すみませんと謝りながら僕は散らばってしまったゴミを集めた

と、僕の手が止まった

たこ焼きの箱が半開きになって中には赤く染まった部分のあるテッシュが丸めこまれていた

僕は恐る恐るそのテッシュを引っ張り出してみた

赤いのは血だった

僕はテッシュは使っていなかった

僕は急いでゴミを全て集め、ゴミ箱に走り全てきれいに捨てるとトレーを返却し、ダッシュで美咲さんのところに行った

「美咲さん。」

僕は叫びながら手を振った

美咲さんも手を振り返そうと体を少し傾け、喘ぐそうな動き、口を大きく開けると吐きながら倒れた

僕はすぐに駆け寄った

縁日の最中だからか誰も気づいていなかった

僕はすぐにズボンからPHSを取り出すと通話ボタンを押した

間を開けずにさっきの医者が出た

「どうした?」

「美咲さんが、美咲さんが。」

「美咲さんとはさっきまで妹さんと一緒にいた背の高い女の子のことだよな。」

「はい。」

「それがどうした?」

電話の奥で救急車の指示をしているのが聞こえた

「呼吸が苦しそうなのと、吐きました。」

「吐いたのは食べ物か?」

「いえ、血です。」

美咲さんを抱きかかえている僕の腕に、血が伝わっていた

「君はそこでその女の子のそばにいなさい、すぐに救急車は呼んだからその場所なら10分以内にそこに着く、妹さんには運転手に連絡を入れたから大丈夫だ。」

「あの、僕は?」

「君はそばにいなさい。」

「え?でも帰りは?」

「そのまま来る救急車に乗ってこっちに来なさい、自転車があるだろ。」

「そ、そうでした、すみません。」

「別にいい、それより今から応急処置の方法を言うからその通りにやってくれないか、あるとないとではだいぶ違うんだ。」

「はい。」

「まず頭を高く上げて、誤嚥を防ぐ、それから呼吸はできてはいるんだよな。」

「はい。」

「だったら君は何もしなくていい、ただ救急隊がその場に着くのを待て。」

「はい。」

「分かったら一度着るからな。」

「はい。」

向こうが切迫している状況がよく分かった

僕は美咲さんを抱きかかえたまま、救急隊が到着するのを待った


来た救急車に乗せられ、美咲さんと僕が病院に戻った

救急隊の話で、妹のメンタルに悪影響が出ないようにと美咲さんが急な用事を思い出して僕がそれに付き合って先に帰った、人がたくさんいたからうまく見つからなかったから先に帰ったのはごめんと謝ることになった


美咲さんは病院に着くとすぐに処置室に運ばれた

僕はただ一人、長い廊下で待たされていた

妹が戻って来たとの報告を看護師から受け、僕は妹の病室に向かった

「ごめんな、急用があってさ、ちょっと先に戻ってたんだ。」

「別に、それよりさ、これ上げる。」

妹が僕の手に小さな赤い紐のついたキーホルダーを二つ乗せた

「一個でいいよ。」

「二つ入りだったのよ。」

「だったお前に一つやるよ。」

「いいよ、お兄ちゃん宛てにだから。」

「そ、そうならいいけど。」

「二つあるからどっちか誰かにあげてね。」

「うん、分かった、ありがとう。」

僕は妹に手を振ると病室を後にした

外はもうすっかり暗くなっていた


次の日、僕は美咲さんに呼び出されて病室に向かった

ドアから少しのぞくとすぐに美咲さんはやあとでも言いたいように片手を上げた

「おはよう。」

「おはよう。」

僕は近くの棚に寿の印が押されたタオルを置いた

「病室に寿?」

「だって包んでくださいって言ったら寿がついてきた。」

「縁起でもないわよ。」

「イエスかノーか、USBの持ち主は分かったんだからその点は寿。」

「こじつけね。」

「ご、ごめん。」

「いいのよ、でも巻紙だけは持ってって、まさか中身まで寿ではないでしょ。」

美咲さんはいじわるな目で僕を見た

「当たり前だ。」

僕は巻紙を外した

「バレちゃったか。」

美咲さんはベッドに横になった

「ばれるのは時間の問題。」

「それもそうか。」

「どうして、どうしてずっと黙ってたの?」

「…」

美咲さんからの返事はない

「言うと僕に迷惑をかけるから?」

「ねえ、私と一緒に遊びに出かけて楽しかった?」

「え?」

正直そんな質問が美咲さんの口から飛び出るとは夢にも思わなかった

美咲さんはいつも一緒に遊びに行くとき、いきいきとした目をしていた

「もちろん。」

「そう、それなら良かったわ。」

「どうして?」

「どうしてって?」

「どうしてそんな質問をするの?」

「だってずうっと気になっていたから、私とこれからも一緒に遊びに行ってくれる?」

「え?でも病気は?いいの?」

「退院している時。」

「べ、別にいいけど。」

「そ、良かった。」

「ほ、他にどこに行きたいの?」

ディズニーやUSJにも泊りがけで出かけた

それに他の小規模テーマパークにも映画館にも行楽地にも出かけた、それでもまだあるって言うのか

「例の大文字焼。」

(ああ、何か以前に言ってたような気が。)

「いいよ、でもそれまでに治ったらだよ、じゃないとあんな長旅できなくなっちゃうよ。」

そこまで持つとはとてもでないけど思えない

そう期待させないためにもここはひとつうまく断らせたかった

「持たせるよ。」

笑顔で帰って来た

僕は無言でうなずいた

「それで、君が行きたいのは?」

「え?」

「だって私ばっかり行きたいところ言ってて、君は?」

「ぼ、僕は…桜が見たい。」

「桜?」

「そう、桜。」

「どうして?」

「少なくともそこまでは君に生きていて欲しいから。」

「そ、そうね、さ、桜にしようかしら、わ、私も。」

美咲さんの頬に涙が伝った


次の日、何だか家の中があわただしかった

「どうした?」

僕は父をつかまえた

「妹が倒れた。」

「え?」

「だからこれから俺と母さんは病院に行く、手術の詳しい話だ、だからお前は学校に言ってろ、大丈夫だ。」

父は僕と頭をぽんと叩いた

僕は黙って頷いた

まだ子供である僕には何の決定権もないと言うことを改めて思い知らされたような気がした


その日もまた僕は美咲さんの病室に向かった

先生に美咲さんの分のプリントを持って帰って渡すと伝えたらかなり驚かれたが、すぐに理解したかのように頷き、今度から持っていくようにと言われた

僕は黙って頷いた

美咲さんは元気そうに歌を歌っていた

「何の歌?」

「さよなら。」

「また何か暗そうなのを聞いてんだね。」

「君の性格と同じじゃない。」

「そ、そうでもないよ。」

「も、否定が弱いな。」

「あ、これプリント、先生から、今度から僕が君に渡すようにって。」

「自分で立候補したの?」

「うん。」

「ふーん、えらいじゃん、じゃ、遠慮なくこれから。」

「じゃ、僕はもうこれで帰るね。」

「ちょっと待って。」

美咲さんは僕の腕をつかんだ

かたくつかんだ

「何?」

「もうちょっとだけ話をしようよ。」

「どうして?」

「いいから。」

「う、うん。」

「それで来年は進級?」

「うん。」

「大学は?」

「まだ。」

「どの分野を専攻するとかは?」

「理科系の仕事に就きたいから理系かな。」

「生物?」

「うん。」

「生物の何?」

「まだ決めてない。」

「じゃあ、占ってみてもいい?」

「占い?」

「うん。」

「どうやって?」

「ほんならならほんならなら。」

美咲さんは謎な呪文と動きを始めた

「は、でました。」

「何?」

「あなたは将来医者になるでしょう。」

「医者?」

「医者になって移植手術の世界的な権威者になるでしょう。」

「何か占いにしてはこだわるね。」

「なるの?ならないの?」

「でも僕の学力じゃ足りない。」

「なるの?ならないの?」

「じゃあ、なる。」

僕は美咲さんの目を見てはっきりと頷いた

美咲さんはベッドに横になった

「もう行ってもいいわよ。」

「うん。」

僕は病室を後にした

「ねえ。」

出たところで誰かに呼び止められた

「小白さん。」

そこいは仁王立ちの小白さんが立っていた

「ど、どうしてここに?」

「どうしてって来いって呼ばれたからよ。」

ちらりと見るとカーテンの隙間から美咲さんが笑顔で覗いていた

「甘美さん、こっちよ。」

「分かった。」

小白さんは、僕を無視して病室に入っていった

「何だよ。」


また次の日の放課後、小白さんに呼び止められた

「ねえ。」

「何?」

「美咲さんが頭が痛くて入院したってことをどうして知っているの?」

「頭が痛い?」

「そうよ、だって彼女はこの私にそう言ったんだから。」

(そうか、美咲さんは友達には頭が痛いことにしているんだ。)

「プリントを渡す時に本人の口から。」

「どうしてあなたなの?」

「だって本人からのご指名だから。」

「だからってどうしてあなたなの?」

「どうしてって、そんなの本人に聞けばいいじゃないか。」

「美咲があなたに聞けって言うのよ。」

「君に任せられないって思ったんだろ。」

「何でよ。」

「だっていつも一緒にいるから遠慮してるんだろ、これ以上頼っていては迷惑だろうって。」

「そ、それもそうよね。」

小白さんは引き下がった

「じゃ、もういいかな。」

「い、いいわよ。」

「じゃ。」

僕は後ろを振り返らずにその場を去った

(友達思いなんだか。)

「おい。」

角を曲がったところで呼び止められた

「何?」

例の奴が制服のポケットに手を突っ込んで立っていた

「さっきまで誰と話していたんだ。」

「こ、小白さんと。」

「どうしてだ?」

「ど、どうしてって言われましても。」

「何の話だ。」

「み、美咲さんの話、で、でも、そ、そんなに大した内容じゃないよ。」

「大したことがあるから今こうして聞いてんだよ。」

「た、大したことって何?」

「小倉と小白は仲がいい、それは知ってるだろ。」

「もちろん。」

「彼女らは小学校の時からずっと一緒だからだ、そしてこの俺様もちなみにずっと一緒だ。」

「そ、そうなんだ。」

「それでお前と小白の関係は?」

「え?」

「お前と小白はどういう関係なんだ。」

「どういう関係ってちゃんと向き合って話したの今日が初めてなんだけど。」

「じゃあ、お前と小倉の関係は?」

「か、関係?」

「ああ。」

「ど、どうしてそんなこと聞くの?」

「そんなの俺が気になったからだろ。」

「クラスメート。」

「それだけじゃないだろ。」

「仲がいい友達。」

「どんどんぼろが出そうだな、言え。」

「な、ないよ。」

「ま、いずれは分かることだ。」

「本当に大した話題じゃないからって。」

「美咲さんのことだけか?」

「うん。」

「何かつまんねえな。」

「え?」

「小白はお前のことが好きなんだよ。」

「え?」

「えってほんと察しが悪いな。」

「で、でもそんなこと一言も。」

「それを察しが悪いって言うんだよ、小白は小倉とお前との関係性を知りたかったんだよ。」

「で、でもどうしてそうだと思ったの?」

「そんなの本人の口からだよ。」

「え?」

「さっきからえ?した言ってねえな。」

「き、きっと、な、何かの間違いだよ。」

「間違いであろうとなかろうと俺のしったこちゃねえ。」

「で、でも。」

「まだその続きは言ってねえだろ。」

「そ、そうだね。」

「美咲さんに近づくお前に嫉妬してたんだろ、だから今こうやって呼んでたんだろ、なんで美咲さんといつも一緒にいるのかは知らねえけど、特に何か特別な理由がないなら、これ以上関わることはやめとけ。」

「う、うん、そうだよね。」

「分かったならそれでいい、俺からの話はそれだけだ。」

そうとだけ言うと奴は僕の目の前から去っていった


「ねえ。」

テレビを見ていると急に母に話しかけられた

「何?今、テレビ見てんだけど。」

「リモコンの持つ面逆。」

僕は手元を見た

ボタンがついていない方をずっと握っていた

手のひらにリモコンの形でくっきりと赤い痕がついていた

「そ、そうだね、な、何かぼーってしてた。」

「それに今何か考え事していたでしょ。」

「え?」

僕は母の方を向いた

「ど、どうして?」

「だってお笑いを見ているのに全然笑ってないじゃない。」

テレビを見るとお笑いMーIグランプリをやっていた

「だ、だから何?」

「何か悩んでる?」

母に僕の顔を覗き込まれた

「妹のことなら大丈夫よ、あなたの父さんがいい医師見つけてきたし、ドナーだってその人が見つけてくれた、ほんと前の医師は頼りないよね、だって見つけるって言ってくれて、だけど結局はキャンセル、ほんと頼りないって言うかさ、何かなんで医師になったんだって言う感じだったんだよね。」

「その新しい医師は?」

「うん?経歴ってこと?」

「うん、でも何でもいい、その人についてもっと教えて。」

別に何でも良かった、妹が助かればそれでいい、けど今は何か考えを変えることができる何かが必要だった

「マサチューセッツ大学を首席で卒業して数々の何オペにも何度も乗り越えてきた人、あ、オペって言うのは手術って言う意味ね。」

「そんなの知ってる。」

「その後日本に帰国して今は数々の病院を転々としながらいろいろとオペをしているまさに手術台の魔術師、ゴッドハンドよ、良かったわ、お父さんが保険会社で働いているからそういう融通がきいて、初めてその話をお父さんから聞いた時、あまりに嬉しくて何だか胸がわくわくしてきちゃったわ、だって手術台の魔術師、訳してゴッドハンドよ、しかもお値段だって普通の手術と何の変りもない、特に何かが変わったってわけでもないのに、こんないい先生に巡り合えたんだって、何ていい運命なの、ね、そうだと思うでしょ。」

「そ、そうだね。」

「でしょ、だから何の心配もいらないのよ、これでどう?もう安心でしょ。」

「ねえ、母さんさ。」

僕は母の目をまっすぐに見た

「もしも母さんの友達がガンで永遠に治らないとしたらどうする?」

「どうするってどうすること?」

「何をするのかもしくは言うのかっていうこと。」

「治療法とか?」

「それでもいい、とにかく何でもいい。」

「どうやったら治るかをもうね、とにかく探す、それで何かいい方法があったらご家族にでも提案する。」

「それで?」

「それでやってもらう。」

「でももしそれでも治らなかったら。」

「治らなかったら…」

母からの返事はなかった

それが何を意味するのか僕にはすぐに分かった

「じゃあ、もしも仮にその友達に相手の人がいたら?」

「相手の人?」

「母さんだったら何て言う?」

「…」

「ねえ、何か言って。」

「無理にでも引き離そうとするかもしれない、だってそうでしょ、将来的にその人が悲しむことになるんだから、だったらあえてそのことには触れずに引き離すかもしれない。」

「そうなんだ。」

「誰かそういう人が身近にいるの?」

「いや、特にいないよ。」

「何かあったらすぐに私に言いなさいよ、何か最近疲れているっていうかさ、どこかお疲れですって言う感じだから。」

「うん、ありがとう。」

「もうご飯できてるわよ。」

「うん、お腹捨てたんだった。」

「そう、それは良かった、お代わりもあるからたくさん食べなさいね。」

「はあーい。」

二人きりの夜ご飯、かなり久しぶりであった


次の日の放課後、僕はまた美咲さんの病室にいた

しばらくの沈黙の時間が僕には長く感じられた

「ねえ、どうしたの?今日何か様子変よ。」

「手術による摘出が難しいなら細胞移植と言う方法もある。」

「だから?」

「それをやる。」

「それで?」

「他にも放射線治療、緩和ケア、薬物療法がある。」

「それで?」

「それをする。」

「それで?」

「治す。」

「君は私の余命を知っているのかな?」

「余命?」

「そうよ、だって見たんでしょ、あのUSBで。」

「う、うん。」

「やっぱり、それで、あといくつって書いてあった?」

「確か一年とか。」

「それを書いたのは夏、だから?」

「あと半年。」

「そうよ。」

「でも甲状腺がんの五年生存率はかなり高いし、例えステージⅣでもかなりの人が長生きしている、だから君だってあといつくとか考えなくても大丈夫なんだよ。」

「それは甲状腺がんはね、でも私はそれとはちょっとだけ違う。」

「違う?君は甲状腺がんじゃないの?」

「未分化ガン。」

「未分化ガン?」

「あちゃー、それについては調べてなかったのか。」

「そ、そうでもそれだってきっと。」

「未分化ガンは他のガンよりも転移や進行のスピードが速い、たいていの場合、未分化ガンは見つかってから一年以内に死ぬ可能性が高い、何もしなかった場合で考えて五年生存率は7%を切っている。」

「で、でもそれでも7%はあるじゃないか。」

「それのほとんどは細胞の分裂の遅い高齢者や大人ばかり、私のようなまだ子供にはとてもでないけど分化のスピードはそれなりに速い、だってすでに胃に転移しているかもってお医者さんが言ってたわよ。」

「た、確かにそうだと言ってたとしてもさ、ち、治療法はあるだろ。」

「ないよ。」

「な、ないってだって、よく言う放射線治療とか。」

「それはもうやった、これがその痕、証拠。」

美咲さんが僕に首のあざのような痕を見せた

「だ、だったら手術とか。」

「手術適応外、それに君の言っていた細胞移植ももう手遅れ、緩和ケアはただ痛みをなくすだけで効果なし、それで?他に何があるって言うの?」

「え、えっと…」

僕には返答ができなかった

あれほど調べてきたって言うのに

「だからね、私はとことん残された人生を楽しむ事にした、だって、他の人が後残されている寿命分を私は短い時間でぎゅっとやってしまっていいのよ、だってそうでしょ。」

「だからよく遊びに。」

「それよ、遠出は速いうちにしとかないと。」

「じゃあ、これからどうするの?」

「やっぱりとことん遊び尽くすのよ。」

「他にどこに行くんだよ。」

「桜を見に行く。」

「それは三月四月。」

「じゃあ梅でもいい。」

「それも三月、もしくは二月。」

「だったら雪にしようよ。」

「雪?」

「雪だったら今でも見られるでしょ。」

「た、確かにそうだけど、雪はそれこそ山とかまで遠出にしないと無理でしょ。」

「それもそうよね、じゃあ、受験を見に行きたい。」

「受験?またどうして?」

「だって私はもうこれから先、受験をすることはないでしょ、だから。」

「で、でも受験の何が楽しいの?それに何を見るの?」

「そりゃやっぱり受験戦争に勝ち抜こうとして頑張っているところよ。」

「で、でもそれの何が一体全体面白いの?」

「みんな頑張っているんだなって。」

「じゃあ他には?」

「でもね、そうと考えてやっぱり思ったの、だってそんなことしてて一体全体何になるんだろうって。」

「でも君が楽しければそれでいいじゃないか。」

「でもそれだとこの私が生きたって言う証拠にはならないでしょ、いくら遠出しても私のことなんていつかきっと忘れられる、だからね、私、考えたの、このことを本にして残しておこうって、だってそうすればいつかきっと誰かがこの本を手に取って私のことを思い出してくれるかもしれないし、私の思いを読み取って、この病気を治す方法を見つけてくれるかもしれない、そうすれば、この先何憶何千万と言う人たちの命が救われるのよ、それってだってとても素敵なことじゃない?そう思うでしょ?」

美咲さんの目には涙が浮かんでいた

「う、うん、た、確かにそれはそれで素敵なこと、でも君はそれでいいの?」

「うん、いい、だってそれはどんなご褒美をもらおうが遊びに行こうが、どんな苦しい治療をするよりもずっとずうっと役に立つことでしょ。」

「君は医者に向いているんだね。」

「え?」

「だってお医者さんが自分をよりも他人を大切にするってよく言うじゃない。」

「それもそうね、だったら私、将来医者になろうかしら、君は?君の何か医者に向いてそうね。」

「どうして?」

「だって人の気持ちを考えてずっとそばにいて、自分の時間を削ってまでして、それってきっとずうっと素敵なことよ。」

「そ、そうだね、だったら俺も医者になろうかな、医者になって移植手術のスペシャリストになって、それで絶対に君の病気を治して見せる。」

「おお、それってかなりいいね。」

「でしょ。」

二人の笑いは空高くまで響き渡った


それから一週間して僕は市でし開かれているガン治療に対するシンポジウムに参加していた

広い講堂で、司会の声が響き渡っていたと、僕は斜めの席に見覚えのある人が見えた

(妹の医者だ。)

白衣ではなく、一般の私服を着て、手にはメモ帳と何か書くものを持ち、必死に司会が話す内容を書き取ろうとしていた

何だかその背中は普段病院で見かけるよりも小さく見えた

様々なガンに対する説明が終わり、最後に話は未分化ガンに移った

「はい、では次に甲状腺がんの未分化ガンでありますが、きわめて治療法がなく、我々が現在できる方法は放射線療法、緩和ケア療法しかありません、その都度対症療法を取りますが、転異のスピードは他のガンと比べてかなり速く完全治療は極めて困難な事例であると思われます、しかし近い将来細胞移植と言う方法を取れば完全とはいかなくても治らないことはないかもしれません、そして最後に。」

僕は知り合いの医者をちらりと見た

必死の何かメモをしていた

「ぜひとも移植手術へのドナー提供のご協力をお願いしたいです、人はいつなんとき死ぬか分かりません、その時にあなた自身のご遺体から例えば心臓や目、脳などと言った臓器を摘出して患者本人様に移植することにより、劇的に治ると言うことだってあり得るのです、もちろん提供されたご遺体に必要以上のケガは追わせませんし、空いた分の詰め合わせのようなことは一切いたしません、なるべくそのままの状態でご遺族の方々たちに戻るように精一杯務めております、だから臓器提供意思表示カードへのご協力を何とぞぞよろしくお願いいたします。」

会場中に大きな拍手が沸き起こった

が、ただ一人、医者の目には何か光るものが滑り落ちて行った


僕はその足で美咲さんがいる病室へと行った

すでに辺りは暗くなっていたが、受付のお姉さんに要件を言うとすぐに中に入れさせてくれた

「美咲さん。」

僕はカーテンの外からそっと呼びかけた

「何?」

「い、今ちょっといいかな?」

「別に、いいけど。」

「じゃ、入るよ。」

僕はカーテンをめくって中に入った

「美咲さん。」

テーブルの上には近くの大学病院のパンフレットと大量の書類らしきものが散乱していた

下にも落ちていた

僕は拾うとかがんだ

「いいよ、別に拾わなくても。」

「でもだってきっと重要な書類なんでしょ。」

「確かに重要でもそれほどでもない。」

「どうして?」

「私はこの冬の間に近くの大学病院に転院して、最後の外科的手術に踏み切るの。」

「手術?できるの?できるならできるだけ速く。」

「でもきっと無理だろうって、もうすでに胃と肝臓に転移しているし、そろそろ肺と腸にも迫ってきている。」

「どういう手術をやるんだい?」

「まず放射線である程度ガンを収縮させてから摘出、でももしも仮にそれがいななかったらそれでもう終わり、黙って病院から帰ってくるだけ、ま、帰ってくるって言ってもまたここにだけど。」

「学校には?友達には?その小白さんだっけには?」

「ううん、まだ言ってない。」

「早めに言った方がいいんじゃない。」

「ここにいるのは貧血を拗らせちゃってになっているのよ。」

「貧血をこじらせるって全く以って意味が分からないな。」

「そうね、でもね、きっと私のことを理解してくれている気がする、だってお見舞いには来るけど毎日じゃないのよ。」

「毎日は嫌なのかい?」

「嫌じゃないけど、もしも仮に小白ちゃんと対面したら私きっと事実を全て話しちゃうんだろうな。」

「それだけ信頼しているってことなんだね。」

「そうね、それで?今日は一体全体どうしたの?何か全体的に沈んでいるって言うかさ、何か暗くてどんよりしているよ、ほら、スマイルスマイル。」

美咲さんは僕ににこっとほほ笑んだ

「でも何か具合悪い?気のせいかなあ。」

美咲さんは僕の顔を覗き込んだ

「そんなに具合悪そうに見える?」

「うん、見える、何ていうかさ、全体的に暗いと言うか、何か体調不良なのかなって言う気がする。」

美咲さんはどこか言葉選びをしているような感じがした

「そうか、以後気を付けないとな、もう寒いから、かぜでも引いたらそれこそまた大変だ。」

「そうね、体調管理に気を付けてね。」

「うん。」

「それで?要件は?何?」

「あ、これ。」

僕はコートのポケットから前にシンポジウムでもらった臓器移植の意思表示カードを美咲さんの広げている手に置いた

「ああ、知ってる、これ、持ってる。」

美咲さんはそばの鞄の中を指さした

どうやら体が思うように動かないらしい

僕は可愛らしい花柄の鞄を開けた

中にはぎっしりと臓器移植に関する本や参考書が詰まっていた

「これ全部?」

「そうよ、少しでもって思って、たまにね、移動図書館の人が来るからその時に借りてた。」

「来るんだ。」

「そうよ、退屈だろうから、少しでもって。」

「ふうーん。」

「何か興味なさそうね、それよりさ、あれ、取って、その鞄の中の内ポケットがあって、その中に保険証が入った小っちゃな鞄があるから取って。」

「うん。」

僕は無地の濃い茶色の小さな鞄を取り出した

「その中。」

僕はその小さな鞄を開けた

中には健康保険証や診察券などがたくさん入っており、緑色の薄いカードがさらにその奥に入っていた

「そうそれよ、出してみて。」

僕はカードを引っ張り出した

臓器移植の意思表明カードであった

「本当に書いたんだね。」

「だって、これがあればまた少しでも世の中の頼りになれるんじゃないかなってそう思って。」

「そうか。」

「うん、そうよ。」

「よ、良かったじゃないか。」

「何を持って良かったと言っているのかしら。」

と言いながら美咲さんは電気を消すように手をはたいた

「もう夜なのよ、だから電気消して。」

「うん、分かった。」

僕は素直に電気を消して、病室を後にしたとさっき拾い忘れたのであろう、床にまだ診断書らしきなものが落ちていた

(僕の妹と美咲さんとでドナー型が一致しているのか。)

僕は無言で部屋を出た


それから美咲さんの病状はますます悪化していった

月に一度だけ学校に来ていたのが今では年度明けに3度来た時くらい、そして今はもう二月の終わりとなっていた

美咲さんはまた、僕の目の前に座っていた

そして今日が美咲さんが学校に来た最後の日でもあった

浅野ショートホームルームの時間だけいた

歩きにくそうな美咲さんを下まで送った時、不意に美咲さんは僕の方に振り向いた

「ねえ、今度の春に学年が変わるお祝いに何が欲しい?」

「学年が変わるお祝い?」

「そうよ、何が欲しい?」

「欲しいって言ったって何で?」

「何でって誕生日のお祝いとか、クリスマスのプレゼントとか、もらわなかったの?」

「それはあるよ。」

「じゃあ、何がいい?あんまり高い物とかにはしないでね、私のお小遣いの範囲内で買えないから。」

「でも学年が変わるお祝いってあんまり聞いたことないけど。」

「私は毎月、月初めにお祝いをもらってるよ。」

「何で?」

「だって今月も無事に何事もなく生きれましたって言う。」

「…」

僕には返事を返すことはできなかった

「それで?一体全体何が欲しい?」

「そうだな。」

「何?」

「ノートとか、そういう何か記憶に残せるものが欲しい。」

「そうね、じゃあ、ノートとかメモ帳みたいなもの?」

「文字がしっかりと書けるもの。」

「だったら大学ノートのようなものがいいのかもね、分かったわ、頼んでおく。」

「よろしく。」

「普通はそこはありがとうでしょ。」

「でもだってこれからプレゼントをしてもらうものだからありがとうは何か違くない?」

「確かにそうね、それで、それに何を書くの?」

「何って?」

「何を書くの?」

「そうだな。」

「私は日記しているわ。」

と言いながら美咲さんは鞄からノートを取り出した

「だってこうして残しておけば、いつまでも誰かの記憶に残るじゃない。」

「そうだね。」

「でしょ、これは私が生きていたと言う大事な証拠になるんだから。」

「そうだな。」

「それで?君はどうするの?」

「僕も自分が生きていたと言う証拠でも書こうかな。」

「君もどこか具合悪いの?」

確かに最近めまいをよくしていたし、かぜも治りにくかった、それに何だか息苦しい

「ううん、とくには大丈夫だよ、ただ君に合わせただけ。」

「そう、それならいいわ、どこか具合が悪いならすぐに病院に行くのよ。」

「そうだな。」

「そうか、君も日記にするのか。」

「うん、それで君のことを本にする、そしてなるったけ多くの人に見てもらう。」

「何だか、えらい夢だな、速めに買って渡すよ。」


学年末、美咲さんから僕の家にプレゼントが届いていた


美咲さんからあれから結局大学病院に移ったが、すぐにまた戻ってきてしまった

後からの話で手術不可能であったらしい

その頃にはすでにガンは全身に転移をしていた

でも美咲さんはそのことには一切触れずに僕と接してくれた

そして僕もできる限り、そのことは気にしないように、普通に接していた

僕たちは不思議な線でつながれていた


しかし夏になり、とうとう美咲さんの病状は悪化し、自発呼吸が難しいのではないかと思うくらいになっていた

そしてその頃美咲さんはアメリカの医療チームによって診察を受けることが決まった

これが本当に最後の挑戦をなるらしい

美咲さんから7月の終わりに飛行機でアメリカに渡ると言うことを聞かされた

ボーイング737

これが美咲さんが乗ると言っていた飛行機であった

その日も僕は普通に学校に向かっていた、しかし帰ると状況は一変していた

「飛行機が乱気流に巻き込まれて落ちたけど、ちょうど高度画低い海面上であったから、けが人はおそらくたぶんいないであろう。」

とテレビのリポーターがそうだと言っていた

僕はすぐに美咲さんの携帯に電話をした

けど圏外、ラインの既読は一切つかなかった

それっきり美咲さんと連絡を取ることはできなかった画、僕は代わりと言っては変であるが、妹の病室に通っていた

「お兄ちゃんさ。」

「ん?何?」

「美咲ちゃんから何かもらったんだってね。」

「ど、どうしてそのことを知っているの?」

「本人がそうだって言ってた。」

「ふうーん。」

「一体全体何をもらったの?」

「何って普通にノートだよ。」

「何を書いてるの?」

「僕の日記をもとにした本を書いている。」

「小説的な感じ?」

「そう。」

「ふうーんってことわさ、それって将来は小説家になれたらいいなとか?」

「うーん、まあ、そうだと言ってもおかしくはない。」

「じゃあさ、今度その本を出版してみたら。」

「してみたいけどいいよ、やめとく。」

「どうして?ママがやり方を言ってたよ、パパの会社関係で出版社の人と仲がいいから可能だって。」

「でもいいよ。」

「どうして?」

「だってこれは僕の大切な思い出だから。」

「ふうーん、そうなのね。」

「さっきから相槌はふうーんだけになっとるぞ。」

「確かにそうね、でもさ、もしも仮にその本を出版にしたらなるったけ多くの人にその本を読んでもらえることになるからさ、なるべく多くの人にお兄ちゃんがいたって言うことを知ってもらえる、だったらさ、それは、君が昔に言ってた何があっても絶対に消えないものの答えなんじゃないの?」

僕ははっとした

一瞬だけ、妹が美咲さんに見えていた

ぴんぴーん、ぴんぴーん

急に心臓の機械がなりだした

波形がおかしくなっている

僕は妹を見た

苦しそうにもがいていた

僕は慌ててナースコールを力強く押して、線を引いた

すぐに看護師や医師らが妹のところに駆けつけてすぐに処置室へと運ばれた

本当に一瞬のことだった

母と父も集まって来た

けど変えの心臓がまだ見つかっていなかった

医者らとの謎の沈黙の後、一人の医者が医務室に走り込んできた

「心臓が一つ空きました。」

「空いた‼」

「はい、事前の検査でドナー型もぴったりと一致しております。」

「その人の年齢は?」

「17。」

「ご家族関係は?」

「それが臓器移植の意思表示カードにしっかりとその人の名前が記入されております。」

「それは良かった、では今からすぐに緊急手術に映る、なるったけ多くの医者をオペ室に呼べ。」

「はい。」

「む、娘をよろしくお願いします。」

「まかせとけ、よっしゃ、では今から緊急手術だ。」

医師らはすぐに医務室から走り出た

父と母もその後に続いた

僕一人のみが医務室に取り残された

「それでもだれか一人は今この時に死んでいるんだぞ。」

でもその声はもう誰も聞くことができなかった


「ドナー型が一致していて17歳、そして臓器移植の意思表示カードにしっかりとご本人の名前が記載されている、つまりあの時まで美咲さんはまだ生きていたんだ。」

気が付いたら僕は高い高層ビルの屋上にただ一人立っていた

ふと、僕は空を見上げた

満点の星空であった

「満点の星空にはあいたい人に会えると言うらしい、そう言えばこの言葉は僕がまだ小さかった時に周りの大人に聞かされた言葉であった、でもこの言葉はどんなことがあってもずうっと僕に頭の中にこびりついていた

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