二〇〇一年十月三日
七日目の告白
7-1
目を覚ます。オレの部屋で学習机に向かい、ノートを広げてなおかつ右手に鉛筆を握った状態で突っ伏していたようだ。
「買い物に行ってくるわね!」
母さんの声が扉越しに聞こえてくる。時計を見ると夕方の五時だ。近所のスーパーの水曜のタイムセールがこのぐらいの時間だから、それ狙いだろう。オレは「いってらっしゃい!」となるべく大きな声で返す。きっと届いたはずだ。
『こんばんは』
オレの中の疑問が文字になって現れてきた。右手が無意識のうちに動いて、ノートに文字が記される。
「何!」
思わず声に出してしまった。母さんは出て行った後だから、また心配されることはない。
『オレだ。ゲームプレイヤーの氷見野雅人』
驚きに答えてくれるノートの文字。オレの字とは思えないほどきれいだ。オレが書いているのに。
『お前のいる世界はフロントエンドがゲームとなっているだけだ。その世界の時間は滞りなく進んでいく。ようにコードを書き換えた。あったかもしれない、IFの世界としてこの時空に存在し続ける。オレが天寿を全うしても』
オレが書いているのにオレの知らない単語が出てくる。なんだそのフロントエンドとかいうかっこいいカタカナ。コードって何。オレなんだからオレにわかるように書いてくれ頼む。
「どういう意味?」
『オレがこのゲームを起動しなくともお前は動ける』
「おお!」
すごい。なんでもできるじゃん。超天才のオレだ。拝んでおこう。
『製作者よりも賢いキャラクターは生まれないように、お前の知能レベルはあのバカに準拠している。オレは喋れないなりに努力した結果だ』
拝むのをやめた。あのバカって風車宗治のことか。準拠しているってそれオレもバカって言ってるようなもんじゃない?
『このゲームは、卓から宗治が亡くなったことを知らせるメールが送られてきた後に届いた。死んだ男からの贈り物に、気味が悪くて開けるのを躊躇した』
あああああ。難しい字を書かせる! え、これなんて読むの?
『知恵が開けたほうがいいと言うから開けて、このノベルゲームをプレイし始めた。二〇〇一年のカレンダーが表示される画面から始まって、八月三十一日を選んだ』
「知恵……?」
『オレのサポートをしている人工知能だ』
そのままゴミ箱へシュートされていたら、オレはどうなっていたのか。考えたくもない。
『のぞみはお前ではなく画面の向こう側にいるオレに話しかけている。オレは、あのバカが死んだ日を思い出していた。もし美少女だったとしたら、愛しているという言葉に答えてくれるだろうと』
ものすごい勢いで筆記していくからオレの右手首が死にそうだよ。そろそろ休憩させてほしいな。
「それで、オレは、……プレイヤーの氷見野雅人は」
だから、聞いておかないといけない。オレは深呼吸してから「風車希望のことをどう思っているの?」と天井に向かって訊ねた。のぞみや作倉がそうしていたように、天井に話しかければプレイヤーと目が合うはずだ。オレには天井の模様しか見えないけど。
「オレがのぞみから『愛してる』と言われて『オレも』と答えるのはかまわないよ。オレはこのゲームの主人公。のぞみはメインヒロイン。メインヒロインからの告白イベントに、主人公がイエスかノーかを答える。ゲームの最終盤のイベントとしては正解だと思う」
向こう側からははっきりとオレの姿と、オレの部屋が見えている。おそらく。そうであると願って、オレは話しかけている。
「でも、のぞみはオレじゃなくてプレイヤーの氷見野雅人に答えてほしいんだよ。オレは氷見野雅人だけど、のぞみは最初っからオレを見ていないことになるじゃないか」
オレの右手が動き『オレは』間があって『画面越しの相手は愛せないよ』と書いた。
「そうなんだ。じゃあ、オレのやりたいようにやるよ」
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