6-2

「待ったー?」

 残りは屋上で、と言われていて、オレはのぞみとふたりで向かった。のぞみが「お花摘んでから!」とトイレに寄らなければもっと早く着いている。

「待ちくたびれましたよ」

 屋上では作倉が腕を組んで仁王立ちしている。三つ編みが風に揺れていた。その背後で、何やら黒くて渦巻いているものが見える。

「こちらもセッティングは完了しましたよ。あとはタイミングを合わせてダイブするだけです」

 いつの間にそんなものを。誰かが間違えて入ってきたらどうするんだ。

「本当に、帰っちゃうのか?」

「戻りますよ」

 作倉はうんざりしたような表情で「そもそも、わたしが宗治くんと出会ったのは高校じゃないですか」と続ける。

 オレは二人から目を離して、屋上からの景色を眺めた。この景色は二〇〇〇年のもの。ゲームの外の世界では、きっと違った景色が見られるはずだ。いろんな建物がなくなったり、建てられたり。

「頼む!」

 のぞみは地に膝をつけ「帰らないでくれ! 俺とまさひとと作倉と、三人で青春からやり直したい!」と叫んで、額を地につけた。土下座している。

「嫌です」

 一瞬も迷わずに返答されていた。のぞみが「なんで!」と言いたくなる気持ちもわかる。土下座までしているのに。取り付く島もない。

「あのですね。わたしは風車かざぐるま希望のぞみとではなく風車かざぐるま宗治そうじと添い遂げたかったので」

「俺じゃん」

「あなたはご自分で『希望のぞみ』とおっしゃったではありませんか。わたしにとっての希望さんは、わたしから宗治くんを奪い取って亡き者にしてくれた敵ですよ」

 オレはオレで、墓参りした時の『あなたがあなたであることを諦めない限り』の言葉を思い出していた。作倉の言葉を借りるなら、のぞみは『風車宗治が風車宗治であることを諦めてしまった姿』と言えよう。風車宗治が生前どんな人間で、どのようなこころざしがあってこの世界を作り上げたにせよ、作倉にとってのぞみは気に食わない存在でしかない。

 だから、のぞみの申し出を断ってしまう。

「あーあ! 俺の作った世界なのに、何度繰り返してもぜんっぜん俺の思い通りになってくれないなー! 本当に俺が作ったのかって疑っちまうぐらいだぞ!」

 のぞみは立ち上がって、膝をパッパッと払いながら嘆いた。さっきの『半分正解』って、自分自身にも違和感があるからか。そこに作倉が「氷見野雅人がデータを書き換えていますからねぇ」と答えを与える。

 オレの話になっていた。

 いや、オレじゃないな。

「なんでそんなことを? ――書き換えたから、まさひとのママさんがあんな、俺にブッ刺さるような爆弾発言をしてくれたの? あの場では流したつもりだけど地味に傷つくからやめろよ。じわじわ効いてくるんだぞ!」

 爆弾発言。ああ、あれか、母さんが『いくつになっても、親にとって子どもは子ども』と言ったあのとき、オレはのぞみの顔色をうかがってしまった。のぞみの両親は育児を放棄して遊びまわっているような人たちだから。親の顔も上手く思い出せないのぞみには、確かに重たい一言だったんだろう。

 のぞみは作倉に聞くのではなく、空を見上げて怒っている。画面の前の氷見野雅人は返事をくれるんだろうか。声が降ってくるわけでもないのに。雲の形が文字になっているとか飛行機が文字を描いてくれるとかそういうギミックは、……なさそうだ。目を凝らしても変わらない。ちょっと期待した。

「いくつか聞いておきたいことがあるんですよ。宗治くんとは、もう二度と会えなくなりますからねぇ」

「ここにいる限り死んじゃった俺とずっと話ができるだろ!」

「帰りますよ。わたしは希望さんの顔をできる限り見たくないんですよ。こうして話していると宗治くんの声を忘れそうにもなりますしねぇ」

「ひどくない?」

 風車宗治がどんな顔をしているのか存じ上げませんが、のぞみは可愛いと思うんだけど。見たくないとバッサリ言われてしまうあたり、作倉の嫌いっぷりは筋金入りだ。

「まずは、なんでわたしまで女の子にしたんですか?」

「え、ダメ?」

「理由があればお聞きしたくて」

「女の子同士なら作倉のほうから好きとは言ってこないかなって……」

「理由が浅すぎませんか?」

「メインヒロインだけじゃなくてライバルもいないと物語としてつまらないかなって……」

 のぞみの目が泳いでいる。ちゃんとした理由を考えていなかったような、思いつきで女の子にしておきましたみたいな。

「はあ」

 作倉はあきれ混じりの声を出す。作倉にしてみれば理不尽だものな。

「俺が俺として、風車宗治として生きていたら、俺の希望のぞみは叶わないんだあ」

 のぞみは天を仰いだ。目元が光っているように見える。涙声で「美咲には無理させちゃって、子どもたちには会えなくて、みんな俺のことを恨んでて。でも、俺には特別な力があるから、不幸な人を一人でも減らさないといけなかったんでしょ?」と言った。

「そうですよ」

 作倉は否定しない。否定してほしそうだったけど、ほしい言葉はかけられない。

「俺は“普通”になりたかった……家族で、春はお花見して、夏は海に行って、秋は紅葉狩りして、冬は雪遊びしたかったぞ! その総ては、呪いのようなもので。俺が風車宗治である限りは絶対にできない」

「そんな暇はありませんからねぇ。そうしている間にも人間は死ぬんですよ。人の命が平等の重さであるのなら、無駄な時間を過ごすよりも不幸な人間を早急に救うべきです」

「この俺にとって、死は救済だった。風車宗治であることから逃げるための、希望の光」

「全人類の幸福を掲げたのは他ならぬあなたじゃないですか。あなたの夢物語を現実にするために、わたしは尽くしましたよ?」

「作倉はずっと正しかったよ! 俺は、俺が特別だと信じて、俺の道をただがむしゃらに進めばよかった」

「わたしが視た未来――あの二〇〇〇年十二月二十六日だって、あなたの【威光】なら回避できたでしょうに」

大好きな人美咲を死なせてしまった時点で、俺はもうダメだった。自分で矛盾して、ずっとひっかかっていて……だから、終わりが見えていたほうが、頑張れたんだと思う」


 のぞみがリンカーンの有名なセリフをもじって『あたしの、あたしによる、あたしのための世界』と言っていたのをふと思い出した。きっと、ここはそういう世界だ。神が“普通”になるための世界。

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