二〇〇一年十月二日
正しい六日目の過ごし方
6-1
目を覚ますと教室の自分の席だった。授業中に居眠りしてしまっていたらしい。珍しいパターンだ。寝ぼけ眼をこすると、黒板の前には黒髪おさげのミステリアスな雰囲気の女の子が立っている。作倉ゆめである。
「ようやく起きてくれましたか」
左右の赤と青の瞳がオレを捉えた。作倉とのぞみ以外の他のクラスメイトは、真っ直ぐと前方の黒板を見ている。なんだか異様だ。のぞみはといえば頬杖をついて「始めていいぞ!」と作倉に指示を出す。
担任の金田は、机と机のあいだの人がひとり通れるぐらいの通路にパイプ椅子を置いて、腕を組み、他の生徒と同じように黒板のほうを向いていた。作倉を止めようとはしていない。むしろ、その話を黙って聞こうとしているような。
「わたしのほうが読みやすい字を書きますのでわたしが代わりに書いていきますよ」
作倉ってほんとにのぞみのことが嫌いなんだな。初っ端からジャブを打ってくる。のぞみは「読めればいいだろ!」と言い返していた。他人に読ませるつもりがないのなら汚かろうともあとで本人が解読できればいい。この六十八個の目があるなかでは適していない。
「まさひとくん、あなたは氷見野雅人が動かしているプレイヤーキャラクターです」
プレイヤーキャラクター。例えば最初に国王から魔王を倒して来いと命じられる勇者とか、博士から図鑑を託されるトレーナーとか。ゲームの中にいる主人公だとか、あるいはシナリオによっては別のキャラクターに交代するキャラクターとか。プレイヤーはゲームの外にいて、ゲームのプレイヤーキャラクターはプレイヤーが動かすキャラクターではあるけれどプレイヤー自身ではない。
ゲームによっては自由に名前を決定できて、自分の名前をつける人もいるだろうけど。それでも、ゲームの中を動き回っているのはプレイヤーキャラクターであって、ゲームの外でコントローラーを握っているプレイヤーはゲームの中の生命体ではない。
「オレが、オレを?」
オレはオレの意志でこの世界を動き回っている。誰かに操られている感覚はない。おかしいのは日付がスキップされているところと、記憶がないこと。
「俺はてっきり、まさひとが自分で気付いているもんだと。だからこれまで言わなかったんだぞ!」
のぞみは目を丸くしている。プレイヤーキャラクター。このカタカナがやたら重たくのしかかった。
「この世界は、風車宗治の能力で作られたゲームの世界?」
思い起こしてみれば、言い回しで引っかかる点はあった。
「半分正解だぞ!」
「半分?」
「氷見野雅人から見たこの世界は、ノベルゲームっぽく見えているぞ!」
いきなり自分がゲームの世界の住人と言われてもだな。手を閉じたり開いたりしてみた。ゲームの世界の住人だというのなら、オレはデータの塊ってことなのか。
でも、この場所にオレは確かに存在していて。神佑大学付属中学校の詰襟を着ている。体温はあるし、おなかも空くし、眠くなる――生きている人間だ。プログラミングされた思考ではない。
「オレは“普通”の男子中学生の氷見野雅人だよ!」
プレイヤーキャラクターなどではないと声高に主張した。全員の耳に届いただろう。
「今回のお前は、選択肢にない行動をし続けた。これまでなら学校を抜け出そうとなんかしない! この時期なら文化祭もあるしな!」
文化祭は十一月三日に予定されているようだ。ようだ、と他人事なのは、クラスの出し物を決めたり役割分担したりするホームルームに参加した記憶が一切ないからだ。それでも文化祭はある。オレが覚えていないだけ。
「今回のお前は自分の意志を持って動き出した。この世界の氷見野雅人として!」
「オレはいつだって氷見野雅人だ!」
「お前の正体は、」
のぞみは階段を下りてきて「
「お前は自分の記憶がすっ飛んでることをずっと不思議に思っていたが、人は見たいものしか見ないからな!」
話は続いている。オレはなんとか情報を整理しようと試みた。作倉がのぞみの言葉を黒板に書いてくれてはいる。
「まさひとが選んだ日付以外の日常は適宜補完されているぞ! 他の作品だってそうだろ? 学園モノなら、プレイヤーキャラクターは真面目に授業を受けているつもりでも、その授業の様子までは描写されない。そんなもの見せられてもつまらないし、大筋のストーリーには関係ないからな!」
アニメでもマンガでも小説でも、映画でもドラマでもゲームでもなんでもいい――読者なりプレイヤーなり視聴者なりはそのシーンしか見られない。シーンとシーンの行間は、作品世界では時間が流れているから存在しているとしても、各々の想像力で補うしかない。
「腑に落ちないって顔してるぞ!」
「そりゃそうだ……」
急にこの世界に関する情報が濁流のように押し寄せてきて、困っている。顔に出ていたらしい。
「わからないところは七日目にまた説明するぞ! わかりにくいだろうしな!」
「今じゃないのか」
「変わり映えのないシーンが続いていたら、見てるほうもつまらないだろ!」
作倉による授業はチャイムで終わった。その合図で魔法が解けたかのようにクラスメイトたちは動き出す。黒板に描かれている文字は、日直が消してしまう。それがなんであったのかは、気にも留めない。
「残りの話は、屋上でしましょうか」
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