3-2
地下鉄の券売機の前、神佑大学付属中学校の制服の男女二人ありけり。作倉は路線図を見上げて、スクールバッグから財布を取り出す。二人分の切符を購入してくれるようだ。女の子にお金を出させたなんて母さんが知ったら、倍の金額を返すことになりそう。……考えないことにしよう。
オレのスクールバッグは教室に置きっぱなしだから。財布はその中にある。オレを教室から連れ出したのは作倉なのだから、作倉が交通費を支払うのは当然――と割り切ろう。
「交通系の電子マネー、という便利なものはまだないんでしたねぇ」
「何それ」
「ちょっとだけ先の未来には存在するんですよ。改札にタッチするだけで電車に乗れるようになるんです」
「ふーん……」
「テンション低いですねぇ」
そりゃそうだ。ああ、学校から我が家に連絡がいかなければいいな。オレは天を仰ぐ。朝のホームルームへ出席せずに裏門から抜け出した。立派な不良生徒だ。金田はまだ保健室にいると信じているかもしれない。申し訳なさで胸が痛む。
「作倉はサボリ魔だからいいけど、オレは真面目な男子中学生なのに。夢であってほしいよ」
「ゆめ」
「?」
作倉は二枚出てきた切符のうちの一枚を差し出しつつ「希望に対しての夢です。いい名前でしょう?」とのたまう。
のぞみがオレに
「この世界でのわたしは“作倉ゆめ”と名乗っています。宗治くんが希望なのでねぇ」
「……オレにわかるように説明してくれない?」
切符を受け取る。図書室でもなんだか似たような話をしていたが、ついていけなかった。ついていけてないのに理解していることが前提で話を進められてしまうとさらに追いつけなくなる。勉強もそうだ。基本ができていないのに応用問題は解けない。公式を暗記していないとテストで満点は取れない。それどころか答案用紙を埋めるのも一苦労だ。答えを予め見ていて、答案用紙へと書き写すだけならともかく。
「いいでしょう。最寄り駅へ着くまでに理解していただければいいのですが」
左右の瞳の色が異なる【予見】の能力者はそう言って、改札に切符を通した。オレも続いて行く。
「美咲さんが宗治くん? の奥さんだっていうなら美咲さんは風車さんだよな」
教室で聞いた話を自分の脳内で整理しながら話す。作倉の半歩後ろ。地下鉄のホームへと階段を下りていく。
「オレと作倉がその、風車家の墓に行っていいもの?」
「まさひとくんとわたしは、……というよりは、まずはわたしの話からしましょう。わたしと風車家の関係性を把握していたほうがスムーズですから」
程なくして車両が入ってきた。強めの風に作倉のスカートがあおられる。本人は気にしていない。気にしてほしい。
「わたしは宗治くんの秘書でした。宗治くんの仕事を補佐して、忙しい宗治くんの代わりに総平くんと智司の面倒を見ていましたよ」
ドアが開く。作倉が乗り込んだので乗り込んだ。最寄り駅とは言ったが何駅先なんだろう。
「美咲さんが亡くなったときに葬式の段取りをしたのはわたしです。まさひとくんに連絡して、参列させたのもわたし。墓石は美咲さんが購入されていて、総平くんはその場所を知っていたので、あとは手続きをするだけでしたよ」
座席に腰掛ける。ちょっと間隔をあけてオレも座った。
「作倉は中学生だ。秘書じゃない」
オレは向かいの窓に映り込む作倉の姿を指差す。神佑大学付属中学校の夏のセーラー服を着た、おさげの女の子。それが〝作倉ゆめ〟の姿だ。作倉は自身へと「この世界のわたしは、まあ、ずいぶんとかわいらしいですよ。元の姿と取り替えたいですねぇ」という感想を述べた。
「そのこの世界というのは?」
電車が次の駅に到着して止まる。誰も乗ってこない。
「二〇〇〇年十二月二十六日に、宗治くんは死にました。――有名な言葉に『バカは死んでも治らない』がありますが、本当に治りませんでしたねぇ」
作倉は目を細めて「宗治くんは【
「オレから?」
「そこにいるまさひとくんから」
電車の天井を指差す作倉。オレには何も見えない。
「宗治くんが【威光】の能力を用いて、最期に作り上げたのがこの世界」
「それで、生前と」
「わたしが中学生にされたのは、なんでだかわかりません。現実のわたしは、おじいさんなのでねぇ」
「それは、宗治くん本人に聞こう」
人智を超えた出来事が起こってしまっているから、超えた存在へと疑問点は投げつけよう。それがいい。もうひとつの世界を創ってしまった神。
あののぞみが?
「……教えてもらっておいてこう言うのは、オレの頭が悪いからってことにしてもらって」
「なんでしょう?」
「なんか、信じられない」
オレの知っているのぞみはそんな高尚な人じゃない。たとえば目の前で過去を言い当ててみせるような、能力を使っている決定的な瞬間を見たわけではないから余計に。今のオレがのぞみと作倉と、どちらの言い分を信じるか。同時に正反対のことを言ったとして、オレはのぞみの言葉を信じる。これだけ説明してもらったのに、まだ理解できていないオレを嘲笑ってもらってもいい。
作倉は視線を床へと落として「まだ三日目ですからねぇ」とこぼした。
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