2-3

 三時間目。体育。男子は校庭、女子は体育館。

 のぞみはクラスメイトの秋月あきづきと共に四階へ上がっていった。神佑大学付属中学校の体育館とプールは四階にある。


 教室についてから、のぞみは借りてきたネコのように静かでおとなしい。オレの家での様子を録画してクラスのみんなに見せてやりたいほどだ。その頭のサイドテールを振り回すこともなくしつこくオレに絡んでくることもない。オレではなく、前の席の秋月と休み時間のたびに会話している。隣の席のオレは授業に集中できるからいいか。一抹の寂しさを覚えるよりもポジティブに捉えよう。


 図書室に入ったオレは、隅っこの席に座ってテーブルにノートを広げている三つ編みの女子生徒を見つけた。オレが扉を開ける音が耳に入ったのか、特徴的な赤と青の目をこちらに向けている。本来は授業の時間だから、図書室にはその女子生徒しかいない。

「サボリ魔」

 オレは皮肉を込めてと呼びかける。呼びかけられた女子生徒――作倉は「来てくれると思っていましたよ」と口角を上げた。ミステリアスで、なんだか不思議ちゃんっぽさがある。一切日焼けしていない白い肌。のぞみより小柄で、その身体には贅肉も筋肉もほとんどついていない。こういうのをと表現するのだろう。もっと運動したほうがいいと思う。ちゃんと食事を摂っているのかも気になる。朝ごはん、食べてきたのかな。

「深沢が心配してたよ」

 二時間目は数学だった。深沢は校門に立っているから、登校してきているのは知っているわけだ。

「そうですか。彼は熱心な教師ですねぇ」

「彼って」

「わたしはこれ以上宗治くんの中学生ごっこに付き合う気はないんですよ」

「ごっこって。オレらは中学生だろう?」

「もう終わりにしましょう」

 妙な言い回しをするなぁ。

 メモをねじ込んだ時に作倉は『またあとで』と言っていたので、てっきり『クラスメイトだから、のちほど教室で会いましょう』ぐらいのニュアンスだと勘違いしていた。教室に作倉の姿はなく、担任の金田が出席を取っていても現れない。作倉の席は窓際の一番後ろの席。その席に座るべき女子生徒が校内にいることをオレは知っている。玄関で会ったから。

 でも、一時間目の授業が始まっても終わっても、作倉は教室へは来なかった。オレは二時間目の数学が始まる前にスクールバッグの中からメモを取り出して制服のポケットに隠すと、トイレまで持っていってその内容を確認する。

『三時間目、図書室に来てほしい』

 教室でメモを開かなかったのは、なんとなく、のぞみに見られたらまずそうな気がしたからだ。ほら、ラブレター、かもしれないじゃん?

 向こうは自らを“メインヒロイン”だと主張していて、この間「愛してる」と言われてしまったが、オレははっきりと答えたわけではない。だから、のぞみは隣に住んでいる同級生の女の子。ご両親が世界一周旅行に出かけているから、我が家で食事をしているだけの間柄。――あれは告白としてカウントしていいのか。わからない。

「今朝も言ってたけど、その『宗治くん』って誰?」

 のぞみを『宗治くん』と呼んでのぞみから訂正されていた。どこをどう見ても女の子なのぞみを男の子の名前で呼んでいたから、変に気になっている。何故だか、そちらの名前のほうがような気すらしていた。のぞみの男の子っぽい要素は、見た目だけで判断するとすれば皆無だ。

 自分のことをって言うところぐらいか。男の子っぽい要素。おてんばな面も男の子っぽいといえばそうなのかもしれないが、まだおてんばの範囲内にはとどまっている。たぶん。

風車かざぐるま希望のぞみなんて人間、現実にはいませんからねぇ。去年までいたのは風車かざぐるま宗治そうじですよ」

 また変なことを。オレは「赤い目と青い目で半々なほうがよっぽど現実離れしてるよ。ファンタジーじゃあるまいし」と作倉を揶揄した。のぞみにも非常識な行動や言動はあるけど、現実にいないとまでは言わない。

「わたしは過去と未来を視る【予見】の能力者ですから、これぐらいわかりやすいほうがいいんでしょうよ」

「のうりょくしゃ?」

「ええ」

「本気で言ってる?」

「冗談で言っているように見えるんだとしたら、もメガネをかけたほうがよろしいかと」

 それって、オレの目が悪いって言いたい?

 なんかむかつく。

「過去と未来を視るって、例えばオレが今朝食べたものもわかる?」

 作倉は右目のまぶたを閉じて、赤い目だけでオレを見る。過去担当が赤なのか「ししゃも定食ですか?」と正解を言ってのけた。

「すごい!」

 もし他に利用者がいたらオレは顰蹙を買っていただろう。タネも仕掛けもない能力というものを拍手で称賛した。現実にもあるのか。こんなに身近にいたなんて、世の中は広いんだか狭いんだかどっちなんだかてんでわからない。

「話が脱線しましたが、この世界は宗治くんの能力で作り出された架空のなのですよ。宗治くん自身は希望のぞみを名乗る女の子の姿になり、あろうことかわたしとまさひとくんを巻き添えにした」

「てんせい?」

「宗治くんは現実では亡くなっていますからねぇ」

 次から次へとぶっ込んでくる。順番に整理していかないとついていけなくなりそうだ。


 インドア系美少女で能力者な作倉と、宗治くんって人。宗治くんイコールのぞみで、その宗治くんは亡くなっている。亡くなっているけれども、なんらかの能力でこの世界を作り出して?


 現実。

 オレの目の前にあるものはまぎれもなく現実。

 ではない?

 違う?


「たのもう!」

 道場破りのかけ声付きで図書室に入ってきたのはウワサののぞみだ。体育の途中だからか、体操服を着ていた。毎度絶妙なタイミングで介入してくる。話の腰を折られたからか、作倉が舌打ちした。こわい。

「こんなところにいたのか!」

 まだ授業中のはずだ。

「中根が『作倉さんを捜してきなさい』って言うから!」

 作倉に向けた言葉だった。オレはクラスのヤツに「頭が痛いから保健室に行く」と伝えてあるから、捜されてはいないだろう。

「欠席にしておいてくださいよ」

「今朝下駄箱で会ってるからな! さぼりはよくないぞ! いっしょに卒業できなくなる!」

「宗治くんにこの学校を卒業する気があるんですねぇ」

 オレの思い違いだったら嬉しい。思い違いであってほしいが、ひょっとしたらこの二人って仲が悪いのかも。作倉の眼光は鋭くて、のぞみは「だから俺は宗治じゃなくて希望なんだって!」と握り拳を固めている。爪が白くなるほど。

「伝えたいことはだいたい伝えましたので、二日目は終わりでいいですよ」

 作倉はのぞみの訴えを無視して、天井に向かって話しかけた。そこに誰かいるのかとオレも見上げる。何も見えない。能力者にしか見えない霊的な何かそういうけったいなものがいるとか?

「まだだ! まさひとのママさんの弁当を食べないと!」

 四時間目もそろそろ終わるから急がなくとも昼休みになるだろう。のぞみの焦りは理解できない。おなかが空いているならば早弁でもすればいいのに。


「決定権のない神って、哀れですねぇ」

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