0-5
二〇〇〇年十二月二十六日。
作倉に予言された日が来てしまった。
「なあ、まさひと! 俺が『愛してる』と言ったら『オレも』って答えてくれないか?」
俺はまさひとに電話をかける。家に帰る前に、話しておきたいことがあった。家に帰ったら、俺は死ぬ。まさひとは間に合わなかった。間に合ったとして、作倉はそのおくすりを飲んでくれないと思う。
今日この日が来るまでに、バカな俺なりにいろいろと考えた。
結論として、世界が俺の能力の【威光】によって思うように動くのなら、もうじき死んでしまう俺は俺の望む世界を作ることにしたぞ!
風車宗治から解放されて、俺は別の人間として“普通”の人生を歩みたい。その様子を、まさひとには見守っていてほしい。いずれまさひとの手にも届くようにと願っていれば、その願いは叶うはず。そういう能力なんだろ?
俺が風車宗治である間に、業務と業務の合間を縫って、作倉にバレないように誤魔化して取り繕いながら『
今このテキストを読んでいるのがまさひとだったらいいな。まさひとであってほしい。俺からのメール、届いているよな。
「たとえばさ! 俺がとびっきりの美少女だったとしたら、まさひとは喜んでそう答えるだろう?」
初めて会ったあの日から、氷見野雅人は俺の理想であり続けた。俺の考える“普通”の家族の在り方。すんごく頭が良くて、なんでもできて、それでいて嫉妬されない。
これは『いろいろと考えた』の『いろいろ』のうちのひとつだけど、俺はまさひとを愛していたんだ。けれども、お前から「男同士で付き合うなんてありえない」と言われたら、ショックで寝込んでしまうだろうから、俺からは何も言わずにいた。
新しい世界のほうでは、俺は美少女だから!
『今日は家に帰るのか』
まさひとは俺の問いかけには答えてくれない。喋れないまさひとはキーボードで文字を打ち込んで、その文字列を“知恵の実”が代読してくれている。だから、携帯電話からは女性の声が聞こえてきていた。――美咲の声って、どんな声だったっけ。忘れちゃったな。
「そりゃあ帰るよ! 昨日はクリスマスだったのに、何も出来なかったしな! 年末だから忙しいんだよな!」
毎日家に帰るのは“普通”だ。まさひとの感覚に合わせて、俺は答える。俺は特別だから、クリスマスだろうとどんな祝日だろうと関係なく帰れない。これから『どのツラ下げて帰ってきたんだ』って顔をされるんだろうな。家のことは全部作倉に任せっぱなしだ。家のことだけじゃあないや。もう全部作倉がいないと何もできないレベルで依存してしまっている。
本当に本当に目が周りそうなほど忙しいよ。家に居場所がなくなるぐらいにさ。それでも、最後の最後まで俺は俺の仕事を全うしないといけない。俺がなりたくてなったんだから。俺のおかげで救えた命はたくさんあるはずだ。そう思っていなきゃやっていられない。
『他にもあるだろう』
知っている。クリスマスじゃないよな。美咲の命日だよ。そんで、次男の――智司の誕生日でもある。忘れるわけないじゃん。
「なんかあったか?」
わざととぼけてみせてから「そうだ! ……まさひとさ、作倉から何か聞いてない?」と聞いてみる。
『何も聞いていない』
「ふーん?」
『卓からのご連絡は、お前の嫁の葬式の時が最後だ』
俺としては、俺がいなくともまさひとと作倉とは仲良しであってほしかった。高校時代、毎日のようにふざけあった仲じゃあないか。美咲の葬式が最後となるとだいぶ前だぞ!
「そっかー」
その作倉も変わってしまった。作倉が俺に頑張ってほしいのはわかる。わかるんだよ。頑張らせるのが秘書である作倉の仕事でもあるわけだしさ。俺がやらなきゃ誰もやってくれないことを、俺はやらないといけなかったから。頭ではわかっているのに、身体がついていけなかった。これも『いろいろと考えた』の『いろいろ』のうちのひとつなんだけどさ、俺には無理だったんだよ。世界を救えるような存在ではなかった。俺は勇者にも、救世主にもなれない。中途半端に、できることだけを精一杯頑張ってみた。できることだけしかできないから、すぐそばにいた美咲を救えなかった。
もっと頭のいい人間が、風車宗治だったらよかったのに。俺はバカだから、なんもわからないまま。わかったような顔をしてみんなの前に立って、自分でも意味のわかっていないような言葉を並べて演説して、みんなから称賛されて降壇する。なんで俺が「素晴らしい!」と言われるのかなんて、一生かかっても納得できなかった。風車宗治に向いていない。
「まさひとさ、喋れるようになりたくない?」
言わなきゃ。俺が風車宗治の姿で言える、最後のチャンスだ。俺の能力が『世界を意のままに操る』ものならば、俺はまさひとに『一生喋れない』呪いをかけてしまっている。謝らないといけない。お前は俺の理想だけど、だからこそひとつだけ欠点を付け加えてしまった。他の人間がお前を妬まなくとも、この俺だけはお前のことがうらやましくてうらやましくて仕方なかったんだ。超天才のお前はそのハンデをものともせずに、人工知能を作り上げる。俺のまさひとは本当に、本当に――。
『別に』
「俺はさ! まさひととお話ししたい! あわよくば付き合いたい、そう思って」
『寝言は寝てから言え』
そうだよ。
そうするよ。
「……そうか。じゃあ、そろそろねむるよ」
好きになってほしかったな。無理な願いだった。
『ああ。おやすみ』
「次の世界でもよろしく!」
次の世界の俺は、風車宗治の姿はしていないけどさ。お前は俺を選んでくれる。俺がメインヒロインだから! ……だから、死ぬのはこわくない。次に目を覚ました時には、俺は俺の創った世界にいるんだ。俺の、俺による、俺のための世界だ。そこで、中学時代からやり直す。中学だったら、作倉と出会う前だから。
俺に二十一世紀が訪れないのなら、俺のほうから向かってやる。
これが俺の、完全な解決策だ。
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