0-4

 かわいいかわいい俺の美咲が永遠の眠りについたのは十二月二十六日。二人目が生まれた日でもある。産んだ直後に、息を引き取ったらしい。俺は国内にはいなかった。死後のあれこれは作倉が対応してくれて、俺が戻ってくる頃には全ての手筈は整っていた。――前もって美咲の死亡日がわかっていたかのような手際の良さだった。

「早かったですねぇ」

 入り口に到着した俺を出迎える作倉は、普段と変わらない。悲しんでいるそぶりを見せてほしかった。そうでないと、俺は、疑ってしまうから。前もって視ていて、知っていたんじゃないかと。

「大丈夫ですよ、宗治くん。二〇〇〇年の十二月二十六日には、あなたは死ぬ」


 一通り終わってから、神佑大学の別館にある氷見野雅人の研究室へ乗り込んだ。来なかったことを怒っているわけじゃない。

 作倉のことを、信じられなくなりそうだったから。信じられる幼なじみに会いに行く。

「こーんにちはー! ……んー、出迎えのチャイムにしては音がでかいな! 目覚まし? アラーム止めて?」

 なるべく明るく、大声を出して扉を開け放つ。警報音が鳴り響いていた。まさひとは謎の計測装置のスイッチを押してその警報音を止める。

「まさひとぉ! 久しぶり!」

 俺が抱きつくとその身体がビクッと震えた。

「細すぎない? ちゃんと食べてる?」

 久しぶりも久しぶり。大学の卒業式以来になる。全く老けていない。見た目で変わったところって、メガネが新しくなっているところぐらいなもん。

「いちにちさんしょく、えいようバランスをかんがえてたべている」

 女性の声がスピーカーから発せられた。画面の中にもまさひとがいる。それはそうと、まさひとには「ふーん。じゃあもうちょっと鍛えたほうがいいぞ! 筋トレするとか! ランニングとか!」とアドバイスしておこう。まさひとがここで倒れても俺には連絡は来ないからな!

「なんなのこいつ。まさひとからはなれて」

 画面の中のまさひとがしっしっと俺を追い払うような仕草をしている。歓迎されていない。

「この子は?」

「自分はまさひとがつくった“知恵の実”です。まさひとのかわりにおはなしする、とってもかしこい人工知能だよ」

 高校時代から開発していた人工知能。完成したんだ。やっぱりまさひとはすごいぞ!

「なるほど! 理想の姿ってところ?」

 俺の言葉にまさひとはスケッチブックにボールペンで書いた『理想?』という文字を見せてくる。完成できるぐらいに頭がよくても喋れないのは変わらないんだな、と思った。この時はね。

「まさひとだって自由におしゃべりしたいもんな! 早く治るといいな!」

 このセリフがいかに残酷かを、俺はのちほど知ることになる。知らなかったんだからしょうがないだろ!

「ところでまさひとってここで何の研究してんの?」

 眉間にしわを寄せられてしまったので、俺は話題を変える。まさひとが大学院に進学して、さらには教授となってしまうほどに研究したかった内容を俺は知らない。大学時代に何度か聞いてはいるんだけどさ。そのたびに『お前に説明したところで理解できない』と突っぱねられていた。まあ、確かに、ホワイトボードに消されずに残っている文字を見ても何もわからないから、その通りだと思うぞ!

『書いて説明する』

「口で話すより手で書いたほうがわかりやすいこともあるもんな!」

 まさひとが成長したように、俺も大人になったぞ! だから、ようやく何してんのか教えてもらえるんだな。嬉しいぞ!

「きみはじしんのことを神だとでもおもっているかもしれないけど、きみはにんげんだよ」

 人間ではない人工知能から言われたもんだから俺は「あのさ、」と食ってかかる。俺はまさひととお話ししているんだよ。まさひとの研究の話を聞きたいの。

「俺は小さい頃から“普通”の人間ではない特別な存在だと思っていたぞ!」

 そう思い込んでいないと、隣に住んでいる“普通”への憧憬に心が押し潰されてしまいそうだったから。

「俺は神なんだ。そうじゃないとおかしい!」

「きみは能力者だ。にんげんだよ。病気なんだ。きみは『世界を意のままに操る』能力を持っていて、能力名は【威光】らしい」

「病気……?」

「まさひとはおくすりをつくってくれている。きみをなおすために、がんばっているんだよ。できたら、能力者じゃなくなって“普通”のにんげんになれる」


 俺は“普通”になれる?

 今からでも、なれるの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る