二〇〇一年九月八日

四日目だが、俺の話を聞いてくれ!

0-1

「もしもし!

 俺だよ俺!

 風車宗治だぞ!


 四日目じゃなくてごめんな!

 四って不吉な数字だっていうからさ。


 このシーンにたどり着いたということは、俺はもうこの世にはいないんだろ?


 作倉が上手くやってくれていたら、俺は自宅の風呂場ですっ転んで死んだことになっている、と思う。表向きにはね。足を滑らせて頭を打って、なら「こいつドジだなあ」ぐらいで済むじゃん。最期にドジ踏んで死ぬのって、俺っぽくてよさそう。


 いつかまさひとが俺の声を忘れてしまう前に、こうして記録しておきたかった。もしくは、まだ生きていた頃の俺による回顧録。あるいは、このゲームが作られるまでの風車宗治の生涯と懺悔。興味がなければオールスキップしてもいいぞ!


 今は二〇〇〇年十二月二十六日。

 ついさっきまでお前とは通話――そっちは〝知恵の実〟越しだからまさひとからするとチャットしていて、一方的に切られた直後の時間軸だ。今の俺は画面に向かってただただ話しかけているだけだから、あとで作倉が「何してたのかな」って【予見】でもって過去を視たとしても、何やってるかなんてわかりゃしないさ。作倉のあの赤い目は、あくまで映像として視えるってだけだ。喋っている内容までは読唇術をプロフェッショナルなレベルでマスターしていないとわからない。まあ、俺は対策としてマスクしてるんだけどな! マスクしていると声ってこもるから、大きめに声を出しているぞ。


 ええと、どこから話そうとしてたんだっけか。いやあ、カンペを作りたかったんだけどさ、文字起こししたらアウトなわけじゃん。視えるから。さっき話そびれたことは、話せたら話したい。オールスキップしてもいいぞとは言ったがして〝も〟いいぞであってできれば見てほしいぞ。せっかくこの風車宗治視点のパートを創ったんだから」


 ***


 ギフテッド。

 この言葉を初めて知ったとき「俺はギフテッドこれなのだ」と思った。


 電気屋に陳列されたテレビたちが皆一様にその言葉を解説する。当時まだ二本足で歩き出したばかりの俺は、どこぞの大学の専門家の声に耳を傾けた。こんな街中に子どもがひとりぼっちでいるのに、人々はまるで見えていないかのように無視して通り過ぎる。大人も子どもも、俺が見えていない。見えていないが、ぶつかってはこない。間違いなくそこにいるのに、俺はその場にいないようなものだった。

 夕方のニュース番組の途中のその、今話題の言葉を紹介するコーナーは五分足らずで終わり、何の関係もないコマーシャルの映像へと切り替わる。となると、俺は興味を失って、トコトコと家に戻っていった。大体そんな感じ。小学校に入るまでの俺は、こうやって街の中を歩き回って過ごしていた。面白そうなものを見つけては立ち止まり、じっと見る。その繰り返し。


 俺は特別で、他の“普通”の子どもとは違う。

 だって、そうじゃないとおかしい!


 不思議な力を持って生まれてきたから、パパもママも帰ってこない。いずれ世界を救う、唯一無二の存在。いろんな人がこの家を訪れて、食事を用意してくれたり衣服を贈ってくれたり掃除をしてくれたりするのは、この俺こそが、風車宗治こそが神であるから。


 公園へ行けば同世代の子どもたちが遊んでいたけど、その近くに必ずママがいた。その子のママはいなくとも、誰かしら親が立って見守っている。子どものうちの一人が俺を見つけて、目が合った。目が合っただけで、声をかけてくるわけではない。俺からも話しかけるわけでもなく、やがてあちらが他の子どもとの遊びに戻っていく。――この時の俺は、本心では混ざりたかったのかもしれない。でも、神なので“普通”の子どもと遊んでケガでもしたら大変だぞ!

 家の中にいるのが一番安全ってわけ。一番安全だってわかっていて外を出歩くのは矛盾しているようだけど、この世の中の“普通”を見て回って、俺自身の特別性をあらためて確認しないとね。それと、救うべきものがどこにあるのか調べておかないといけない。


 氷見野ひみの雅人まさひとと初めて出会ったのは、ギフテッドという言葉を知った翌日だった。


 その日は引っ越し業者が朝からマンションの廊下を動き回っていて、出かけようとしていた俺は家に引き返す。出かけない日があってもいい。神は、下々の者どもの活動の邪魔をしてはいけないんだぞ!

 夕方になってインターホンが鳴る。引っ越し作業がひと段落した氷見野家が、家族三人揃って隣の風車家に挨拶しにきた。扉を開けた俺を見て、まさひとのパパさんは「親御さんは?」と訊ねる。

「パパとママはいないぞ!」

 この家を初めて訪れる大人は、百パーセントの確率で俺のパパとママがいるんだかいないんだかを問いかけてきた。今回もまた同じだから、同じ答えを返す。困ったような顔をされてしまう。まさひとのママさんは「ほら、まさひと、挨拶して」と背中を押した。そんときは人見知りだったまさひとは、俺の顔をちらっと見て、またママさんの後ろに隠れてしまう。

 これが“普通”の家族の形であり、この人たちは“普通”を見せつけにきたのだ。かくあるべき。こうでないとおかしい。こんな時間に、この年齢の子どもがたった一人で家にいるなんて間違っている。俺はいつも通り、自分が特別であると念じて、そう、開き直ろうとして、このときばかりはできなかった。


 パパさんは“普通”なのにライトグレーのスーツでかっこいいし、ママさんはスラっとしていてセットアップを着こなす美人だし、まさひとは俺と同い年でいて既に頭よさそうだったし。

 二言三言、パパさんとお話しした気がするけどその内容ははっきりと覚えていない。たぶん、また今度時間を変えて挨拶しにきますみたいなことだったと思う。対して「いつ来てもいないぞ!」と言って再び困らせるところまでがセットだ。


 俺にも“普通”の家族があればよかったのに。そうすれば、うらやましくてうらやましくて地団駄を踏むようなこともなかった。あんな、まさひとの人生を変えてしまうような呪いをかけるようなことも、――なかったと思う。

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