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「メインヒロインとしてはだな! 強烈でインパクトのある絵面の出会いのシーンが必要不可欠なんだ! 初手の印象、大事!」
朝食を続けるには邪魔なピンク色のサンダルは玄関に置いて、オレの隣の席に戻ってくるなり、のんちゃんは『俺の考える最高のヒロイン像』を語り出した。
「親方、空から女の子が! みたいなものね」
「そうそう!」
母さんが乗っかっている。女同士分かり合える部分があるのかもしれない。隣の家との仕切りを蹴り破ってベランダから侵入してくるヒロインがはたしてドラマチックなのかは諸説ありそうなものだが、腹は減っているのでこの会話には混ざらずに「いただきます」と手を合わせて箸を手に取った。
今朝の献立は目玉焼きとソーセージに、ごはんとわかめの味噌汁。夏休み中の朝食にしては珍しく、一汁一菜セットになっている。隣の家から娘を預かっているからだろうか。食事の面倒を任されるほどの信頼関係があるらしい。……やはり、名前を思い出せなかったのはオレに非がありそうだ。
名前、名前。のんちゃんと略されそうな名前。
「今日って金曜日なんだよな! なんだかお得!」
のんちゃんのセリフを聞いて、自然と冷蔵庫に貼られているカレンダーに目がいく。二〇〇一年八月三十一日は金曜日。新学期は九月一日から始まるが、一日は土曜日だ。二日は日曜日。したがって、新学期のスタートは九月の最初の平日、月曜日たる九月三日にずれ込む。七月の海の日から始まった夏休みも、三日間で終わりか。過ぎてしまえば早いもの……いや、オレ、何したっけか。
「今日明日明後日の三日間で最高の夏休みの思い出を作ろうな!」
最高の夏休みの思い出。
今日までの約三十日ほどの二〇〇一年の夏休みに、オレは、――本当に思い出せない。やばい。病院に行ったほうがいいかもしれない。
ああ、日記を書いているから、日記を読み返せばいいか。宿題で書いている日記。昨日何をしたのかも思い出せないのは、もしかしたら何もせずにただこの家でダラダラと過ごしていただけなのかもしれない。その場合って日記になんと書いて、……嘘偽りなく『家で過ごしました』とでも書いたっけか。
オレの記憶はふよふよとしていて、掴もうとしても掴もうとしても逃げていく。その為にも日記を書くのは大事だ。宿題はその為にもあるのだな。
「その前に宿題を終わらせるんだろう?」
宿題の二文字でわかりやすく「うっ」と言葉を詰まらせるのんちゃん。
「そうでした……」
テーブルの真ん中に置いてあるソースを取ってフタを開けると、ドボドボとオレの目玉焼きにかけ始めた。
「あっ」
「あっ?」
「オレはしょうゆ派なんだけど」
皿がソースの海になっている。せめて聞いてからかけてほしかった。良かれと思ってやったらしく、のんちゃんは「えぇー、ソースも美味しいぞ?」と言われてしまう。
「まあ、いいや」
俺は席から立って、戸棚から海苔とたまごのふりかけを取り出すと白いごはんにかける。目玉焼きがあるのにこのふりかけをかけてしまうとたまごとたまごで被ってしまうから、目玉焼きやたまご焼きが食卓にのぼっているときには意識的に避けてしまう。海苔とたまごのふりかけごはん、好きなのに。
「はい」
ソースまみれの目玉焼きをのんちゃんの皿の空きスペースに移動させる。驚いた顔で「いいの?」と確認してきたけれど、ダメだったら移動させていない。
「もう一個焼く?」
母さんが気を遣って提案してくれているが、ふりかけごはんがあれば十分なので「別にいいよ。そんなにお腹空いてないし」と答えた。
「お昼は俺が焼きそばを作ろうかな! まさひとは焼きそば好き?」
「好きだけど」
「じゃあ決定だな! お昼は焼きそば!」
二食連続でソース味のものを食べようとしている点は突っ込んだほうがいいのか。オレが気にしすぎなのかもしれない。お好み焼きの日に焼きそばを作るようなものか。
「のんちゃんが作ってくれるのなら、母さんも助かるわ」
「任せてくださいよ! 腕によりをかけまくって作るぞ!」
「必要なものがあったら買いに行っておくから、あとで教えてね」
「はーい!」
本人のやる気は十分だし、母さんも協力体制なのはいいが、その、夏休みの宿題に関してはどのようにお考えなのか。んまあ、焼きそばなら大して調理時間はかからないか。
「いいな、この世界。みんな俺に優しくて。こうあるべきだったんだよ。最初っから。俺の、俺による、俺のための世界……」
のんちゃんはぽつりぽつりと話して、左手に持った箸で目玉焼きを突き刺すと一口で平らげてしまった。刺し箸はやめようか。
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