🍜家系ラーメン
きょうはバイトから帰宅して、すぐ夕食を作った。
麦穂から電話来る前に飯を食べたらいいんじゃね? と気づいたのだ。そう。何を隠そう俺は、小五のときに小六の問題をくもんで解いていた神童である。くもん、小五でやめたけど。
きょうの夕飯はスーパーで無料で手に入る牛脂を使った、もやしの塩こしょう炒めである。確実においしいやつ。熱々のもやしをごはんに乗っけてかっこむ。これが正義であり絶対。みんなもうまいから真似してくれと叫びたい!
ワンルームのちいさなちゃぶ台に料理を並べて両手を合わせる。
腹へり具合は餓死寸前!
この空腹が俺の料理を至高にまで昇華させるッ!
「いただきます!」
その瞬間だった。
スマホが震えたのだ。
画面には電話のマークと「
え。いま?
無視しようか悩んだ。
目の前にはあっつあつのもやし炒め。
手の中には後輩女子の電話。
電話しながら食うか?
否。食事は食うか食われるか。食材に集中しないと、俺のために命を散らしたもやしに申し訳ないじゃないか。
……無視したらゼミとかで悲しそうにすんだろうな。
俺は嘆息しながら、電話を取る。
「もしもし?」
『先輩ですか? きょうも電話しちゃいました♪』
いつも電話に出ると、麦穂はうれしそうな声を出す。
麦穂の声を聞くと、抱え上げると舌を出してうれしそうな顔をするトイプードルを連想させられるのはなぜだろう。たしかに麦穂は小顔で黒目がちだし、犬っぽい顔をしているが。
「すまん。あと5分待ってくれないか。いま料理を作ったばっかりなんだ」
『それはちょうどいいじゃないですか! 私もラーメンしたばかりなので、この感動を伝えないと、ですね!』
「なにがちょうどいいんだよ」
『私がラーメンの感動を伝えることによって、先輩は料理を何倍もおいしく食べることができます! なんならおかずがなくても私の話だけでごはん3杯いけますね! めっちゃエコ! これぞ究極の
「
『ふふふ。それがですね先輩』
麦穂はたっぷり間を置いて言った。
『きょうのラーメンは家系ラーメンだったんですよ』
「なぜに決まったッ、みたいに言うんだよ」
『え。え! だって、家系ですよ! 家系ご存じですか?』
「そりゃ知ってるよ。スープは豚骨醤油で、麺は太麺で、脂多め、味濃いめ」
麦穂は電話の向こうで、うん、うん、うんと聞いている。
「具は海苔とチャーシュー、ほうれん草と煮卵だろ」
そう言うと、しばし沈黙が流れた。
『……で、終わりですか?』
沈黙は俺の言葉を待っていたということなんだろうか。
「なにか忘れているか? 麺も味も具も合ってると思うけどな」
俺の知らない家系ルールでもあるのだろうか。軽く困惑していると、電話口の向こうからすうっと、息を吸う音が聞こえた。
『ラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイス!』
急に叫ばれて耳がキーンとなる。
『先輩、ライスですよ、ライス! 家系って言ったらライスが付いてくるじゃないですか! 味の濃い家系ラーメンに無料のライスのセットで、ひとつの完全体になるわけじゃないですか!』
「なるわけじゃないですか、って知らねえよ。俺はいつも無料ライス断ってるよ。麺に米とか食わないし。断然ライスなしの大盛りにする派」
『アッサムッ! 先輩まじアッサムッ!』
「ガッデムって言いたいのかな?」
『まじアッサムッ!』
「ガッデム」
『アッサムッ!』
「ガッデムッ!」
『なんですかさっきから! 私が信じられないって思ってアッサムアッサム言ってるのに、ガッデムガッデムへんな合いの手しないでくださいよ!』
「俺がわるいの!? アッサムってただの紅茶の種類だからな! なんでこの人、さっきから紅茶の産地を叫んでんのってなってるからな!」
『なんで紅茶の種類はわかるのに先輩はラーメンのことになるとこんなに無知なんですか。ほんとにわかすぎて引きます……』
「え。引かれるレベルなの」
『噛んでたガムを路上に吐くレベルでマナー違反です』
「そんな重罪なのッ!」
『国によっては銃殺もんですよ……いやー、よく店主は先輩を生きて店から出しましたね。私なら無理にでも口にライスをねじ込んでますよ』
「客にライスねじ込むラーメン屋があったら生き残ってねーよ。
『いやだ……急に戦争とか言い出した……』
「さっき! 麦穂! 銃殺って言った!」
なんでカタコトなんですか~、ケラケラとした笑い声が聞こえてくる。
俺のもやし炒めはどんどん冷めていく。
腹が減りすぎて胃が痛くなってきたぜ。
俺のもやしぃ……。
「麺と米とか合わないだろう……」
『イマジン……先輩。想像するんです。家系の濃いスープにひたしたほうれん草、あれをライスに乗っけて、ぱくって食べるんです』
「ぐふう!」
『半熟卵を割って、ライスにとろり』
「ぐふう!」
『スープにひたひたに浸した海苔でライスを巻いて口に放り込んでスープをずずっと!』
「ちょっと待ってちょっと待って! 破壊力がすごい。俺を殺す気か!」
なにそれめちゃめちゃ家系ラーメンにライス、考えれば考えるほどうまそうじゃね?
『それでラーメンを楽しみますよね! 食べ応えのある太麺をずずっとずずっともぐもぐ食べて、スープで口の中を満たしたら、もう脂のうま味の虜ですよね! 味が濃いものを食べたら、じゃあ次はライスも味変です!』
「ライスも……味変?」
『テーブルのにんにく少しにブラックペッパー、そこにチャーシューをライスに混ぜるんです!』
「そ、そんなのって」
『そう、簡単ガーリックラァイス』
麦穂は電話の向こうからラァ~イス、と発音よく溜めながら耳元で言ってくる。もう想像して口の中よだれでじゅるるる。
『もうスープとの相性ばつぐんのぐんばつッ! ガーリックライス→スープ→ガーリックライス→スープ、と永遠ループでおなかを満たせば、もう明日死んでもいいって思うくらい大大大満足ですよね!』
ナゼオレハライスヲタノマナカッタ?
俺の価値観が音を立てて崩れていく。
『いや~。家系でライスを断るなんて、人生の7割損していますよね~。こんなにおいしい食べ方あるのに、知らないなんて義務教育で何を習ったんだって思いますよね~』
ニヤニヤしているんだろうな~って声が電話から聞こえてくる。
もう限界だった。
もう目の前のもやしでは満足できない。
むしろなんでもやしを炒めたんだ俺は?
俺が食うべきは家系一択、これ絶対じゃね?
「麦穂さ、もうお願いだ! この前は断られたけど、土下座する! 土下座するから、明日俺とラーメン食べに行ってくれ!」
もう限界だ。
俺は麦穂とラーメンが食いたい。
こんなにラーメン力の高い麦穂とラーメンできたらなら、人生のステージを上げることができるッ!
お願いしてでも連れて行ってほしい!
俺の懇願に、麦穂はしばし沈黙した。
悩んでくれているのだろうか。
1秒、2秒、3秒後。
『死んでもいやです!』
と。
同時、切られる通話。
ツーツーと音だけが残る。
「ラーメンッ!」
※本当はアーメンって言いたかった。
-to be continued-
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