ラーメン好きな後輩女子が、ラーメンあとに電話してくるから俺もラーメンしたくなる話。

志馬なにがし

🍜とんこつラーメン


 大学のあと、バイトに行き、しっかり労働したあと家に帰ると、時計は夜の23時を指していた。まだ晩飯も食べていない。


 血が足りねえ……何でもいい、食いもんじゃんじゃん持ってこい。

 と、ワンルームの廊下でひとりカリオストロごっこをやっても料理は運ばれてこない。這って冷蔵庫に手を伸ばし、中を確認してみるが、調味料すら入っていなかった。

 

「せめてマヨネーズでもあれば米に……」


 そんなひとりごとを呟いていると、スマホが震えだした。

 画面には電話のマークと「佐野麦穂さのむぎほ」とある。


 麦穂は大学の後輩だった。同じゼミのひとつ後輩。俺が3年で、麦穂が2年。

 いつからか俺にひんぱんに電話してくるようになったんだけど……。


 俺は嘆息しながら、電話を取る。


「もしもし?」

『先輩ですか? へへへ……きょうも電話しちゃいました♪』


 いつも電話に出ると、麦穂はうれしそうな声を出す。

 麦穂の声を聞くと、尻尾を振る小型犬が脳裏にちらつくのだがなぜだろう。

 たしかに麦穂は背もちっちゃくて、犬っぽい感じではあるんだが。


「俺はいま、夕飯前だからめちゃめちゃ腹が減ってるぞ」

『そうなんですか、それはそれは! 私はいまラーメンを食べたばっかりなのでおなかがはちきれそうですよ! いや~、おいしかったな~!』

「おう。意味が伝わっていないのか。いま飯の話をすると俺が暴れるぞ、って意味だけど」

『先輩こそ私の話を聞いていますか? 私もいまラーメンを食べたので、めちゃめちゃおいしかったって先輩と話がしたいってことなんですけど!』

「いいから俺も飯を食わせてくれって」

『いえ、冷めたらいけないので、いまお話しさせてくださいって!』

「冷めるってなんだよ」

『それは私の心ですよ! 鉄は熱いうちに打てって言うじゃないですか』

「たぶんそれは違う意味で使ってるな」

『じゃあ、ラーメンの感動は熱いうちに語れって、いま作りました!』


 なんだろう。疲れて帰っても遊べ遊べってめちゃめちゃ絡みついてくる感じ。やっぱり犬だな。


「切るぞ」

『そんなことしたら私がキレますよ! 私、キレたら怖いんですよ! そうですねえ、キレたら……キレたら……キレたら……、きっとわるいことします』

「わるいことってなんだよ」

『わるいことはわるいことですよ! 23時にラーメンの写真を《#飯テロ》とかいってSNSに上げたり、ですね! みんなはおなかを空かせた時間にラーメンの写真を見せるって、人の心がないというか、もはや犯罪です!』

「俺にラーメンがおいしかったって電話することは犯罪にならないのか?」

『先輩はいいんですよ! いつも話を聞いてくれるじゃないですか!』

「いつも夜飯どきに電話してきて、俺がうれしそうに話を聞いているって?」

『いつもオークみたいな声で、ぐふう! って言うじゃないですか~』


 電話口から、あっはっは~、と笑い声が聞こえる。なぜだろう。電話をいますぐに全力投球してやりたい気持ちだ。


「なんで麦穂はいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもラーメン食べたら俺に電話してくるんだよ……」

『だって、先輩がいつでも電話していいって言ったじゃないですか』

「言った……言った? 言ったの……か?」

『ゼミになじめていなかった私に、先輩があのとき、あの言葉をかけてくれなかったら、私……きっと大学辞めていました。だから、先輩がやさしくしてくれて、うれしいです』

「お、おう。そう……なのか」


 まったく思い出せない。

 まったく思い出せないのだが、引くに引けなくなってしまったぜ。


「それで? きょうは何のラーメン食べたんだ?」


 もうあきらめて聞くことにした。

 せめてあっさり系ラーメンであってくれ。

 いまの腹減り具合からして、こってりラーメンが食べたすぎる。


『きょうは、とんこつラーメンを食べました!』

「ぐふう!」


 やばい、想像してしまって精神攻撃をくらったわ。


『しかも替え玉をして、麺を2玉食べました!』

「ぐふう!」


 強いッ!

 一瞬で精神をもっていかれそうだ。


『ぐふう、ぐふうって、そんなによろこばないでくださいよ』

「オークみたいな声ってこれのことか」

『いつもうれしそうに鳴いていますよ♪』


 ……心が限界だ。ラーメン自慢はされるし、鳴き声とか言われるし、この先この子とどう接していいかボクわからない……。


 心が瀕死の中、俺はいま活路を掴んだ。

 麦穂は……を頼んだ……とッ!

 防戦一方だった俺は、ここで攻め手に転じるッ!


「麦穂さ……さっき、替え玉を頼んだ、って言ったよな。たしかにとんこつラーメンに替え玉は常套手段じょうとうしゅだんだ。どの店も置いてある。けど、替え玉によるデメリットを麦穂はわかっていない!」

『デ……デメリットってなんですか、先輩』


 ふふ。電話口からビビっている声が聞こえるぜ。


「デメリット! それは、いくら麺の湯切りをうまくやったところで、麺に湯が付くってことなんだよ! つまり、替え玉についた不要な湯によってスープが薄まり、かつスープとの絡みもわるくて2玉めがおいしく食べられないってことだ! だから2玉食べると考えている人は、最初から『大盛り』で頼むことが正義なんだよ! ざんねんだったな、せっかくのおいしいラーメンが最終的には薄まってしまって!」


『…………』


 麦穂氏、完全に沈黙。

 勝ったな。

 俺の気も知らず飯テロしてくるからこうなるんだ。

 ちょっとやり過ぎたかなっと心配する気持ちもゼロではないが、これに懲りて、少しは俺の都合も考えてほしいものだ。


 そんなことを考えていると、


『ふっふっふ』


 不気味な笑い声が聞こえてきた。


『やっぱり先輩はにわかだな~』

「…………なん……だとッ!」


 全力の攻撃を仕掛けたにもかかわらず、ダメージがまったく通っていなかったような驚愕が俺を襲うッ!


『先輩って、とんこつラーメンを食べるとき、麺のかたさは何を選びますか?』

「はッ! そんなのとんこつの細麺は硬麺かバリカタって決まってんじゃん!」

『あっはっは~! にわかにわか、先輩ホントにわかせんべいです」

「……にわかせんべいって」


 冷笑している麦穂が容易に想像できた。


『いいですか、先輩。そもそも薄まることを計算してお店側もタレを少量かけて提供してくれる店もあります。それでも薄く感じるのは麺をなんでも硬麺で頼むことが原因です』

「硬麺が?」

『たしかに硬麺はコシが強くて好きな人は好きでしょう。けど、まだゆで上がっていないことによって麺が寄れているんです。そんな状態でスープに入れても、本来のストレート麺どうしが隙間なくくっついてスープをすくい上げる力が発揮できないんですよ! そもそも先輩、細麺の弱点は麺の伸びることです。それを大盛りで頼んだら、最後の方は伸びているに決まっているじゃないですか!』

「だ、だから、最初に硬麺にすれば……」

『硬麺、硬麺って先輩は麺が硬かったらいいんですか! そんなの生麺でもかじればいいじゃないですか!』

「ご、ごめんなさいいいい!」


 思わず謝ってしまう俺氏。


『そもそも細麺であっても、麺の正解は《ふつう》なんです。だって何百杯も自分のラーメンを試食して作り上げた店主が一番おいしいって太鼓判を押してくれる麺のゆで加減が《ふつう》なんですよ。ラーメン屋の頑固おやじたちは、本当は《ふつう》で食べて欲しいのに、どこもやるからってゆで加減を調整するって心じゃ泣いていますよ! だから、麺も伸びず、店主の想いまでおいしく2玉食べられる方法が、替え玉なんです』

「うそだ……そんなのうそだ」


 俺氏ぐうの音も出ず泣きそうになっている。が、腹はラーメンのことを考えてぐうぐう鳴っていた。


『大丈夫、先輩にもできますよ』


 麦穂は優しい声を出す。


『まず、ラーメンは麺の硬さをふつうで頼むんです。そして、まずスープをひとくち飲んだら、ひたすら麺だけを堪能してください。スープは2杯目にとっておいてください。そして麺を4/5ほど食べ終わったら紳士のごとく言うんです。《替え玉、ふつうで》と。するとちょうど食べ終わるころに出てきます。そして麺を入れたら、そこからすくい上げるようにスープと絡ませるんです。スープの表面に脂の膜がありますから、その膜に何度もくぐらせるんです』

「そんなの……そんなのって」

『そう。ちゃんと2杯目もおいしく食べられます。2杯目は残しておいたチャーシュー、メンマと食べてもいいですよね。もう自由に食べていいんですよ。麺、お肉、メンマにスープ! すすって噛み締めてスープで流し込む。しあわせ〜があたまの中にあふれます。味変で高菜を入れてもサイコーですね。きょう私、2杯目は高菜を入れて楽しんじゃいました~!』


 ほくほく顔の麦穂の顔が想像できた。

 じゅるじゅる、と口の中がよだれで満たされていく。やばい、やばい、ラーメン食べたい。


『どうです? 私のおすすめは替え玉です! あー先輩にラーメンの話するとおいしさを思い出すから、2回おいしいってなるな~!』


 ずいぶん語った麦穂は満足そうな声を出す。

 俺は空腹が限界値を超えて倒れそうだ。

 胃袋がぐおんぐおんと暴れ回っている。

 無理だ。限界だ。

 こんなことを続けられると……俺は死ぬ。


「麦穂さ、そんなに言うんだったら、今度は俺とラーメン食べに行こうぜ」


 そうだ。これが最適解なのだ。

 俺は腹が減らず、麦穂も俺とラーメンのおいしさを共有できて一石二鳥だろう。

 そうだそうだ。次からそうすればいいんだ。


 後輩女子とふたりでどこかに行くって、ちょっと恥ずかしいけど、ラーメンなら気があるとか、そういう判定にならないだろう。


 妙案だと思った俺の提案に、麦穂は大きな声で答えた。




『無理です!』




 と。


 同時、切られる通話。

 ツーツーと音だけが残る。


 

「ぐふう!」




-to be continued-

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