思い出の中、思い出は蘇る


「きれい……」


 わたしと明日香は、旧校舎の中を歩く。

 

 木造の旧校舎。

 わたしたちが最初に入った、あの今の姿からは想像できないほどに整っている。


「この建物も、新築の頃があったってことね」

 真新しい木の匂い。

 時間が経って黒くなった色ではなく、白や茶色の、木目がはっきり見える床板。


 階段の手すりの先には、何やら飾り付けがされている。

「なにそれ?」

「多分、稲だと思う。このあたりは米作りで栄えたって、小学校の時習わなかった?」


 そう言いながら、わたしは以前見た資料の記憶をたどる。


 ……うん、この飾りつけも、昔の旧校舎の写真で見た。



「でも、どうして旧校舎がここに……?」

「きっとここは、あの怪異の子が作っている、自分の空間だと思う」


 母さんによると、『こことは違う世界』というのは、ごく当たり前に存在するという。

 特にある程度の力がある怪異は、その力を使って自分の領域を作り、そこを住み家とするのだそうだ。

 

「自分の空間……」

「そう。多分だけど、この旧校舎は彼女にとっての思い出の何かなのかも」


 旧校舎以外にも、この場所は高い建物が全然無かったり、遠くに田畑が広がっていたりする。

 もしかしたらここは、旧校舎ができた頃の学校のあった場所そのものなのかもしれない。


「で、この場所から外を繋いでいたのが、あの祠。彼女が元々この場所で生まれたのか、最初はわたしたち人間のいる世界にいたのかは、定かじゃないけど……」


 わたしが封印と口に出した瞬間、彼女の態度が変わった。

 それは、封印に関して何か知っているからだろう。


 可能なら、一度この場所を抜け出し、沢守家の過去の資料を再確認したい。

 もしかしたら、まだわたしが見てないものに、彼女に関するものが残ってるかもしれない。

 あるいは封印についても何か。


 ……ただ、そんな余裕はない。

 今ここには、すでに何人もの人間が囚われているのだ。

 時間が経つほど、危険は高まる。



 とすると、やはり彼女と直接対話するしかない。



「あっ、ここって……」


 階段を上がって廊下を右に曲がると、見覚えのある光景が広がっていた。


「ここ、こんなんだったんだ……」

「本当、壊しちゃったのが申し訳なく思えてくるわね、明日香」

「ははは……」


 旧校舎北の端のトイレ。

 わたしたちが花子さんを封印した場所だ。


 そこも当然、わたしたちが忍び込んだ時のようにボロボロではない。

 窓ガラスはしっかりはまっているし、床板や壁板がめくれているところもない。


「……花子さんって、いつからいたの?」

「確か、旧校舎ができて少ししてからだったかな。まあ、ここはあくまであの怪異の子が再現した旧校舎だから、ここに花子さんはいないわよ」


 そう言いつつも、あのときの記憶が蘇る。


 花子さんの封印に一度失敗したこと。

 逆に反撃されたこと。

 明日香が助けてくれなかったら……



「あ、月菜。ここにも祠があるよ?」


 その、明日香の無邪気な声が、窓の方から飛ぶ。

 わたしが近寄ると、明日香は開いた窓から下を指さしている。


 ……本当だ。

 見下ろす地面には小さな祠。周りに置かれた丸い石。

 資料で見たのと同じ位置である。


「あの祠も、昔からあったのかな?」

「どうかな……もしあれが、怪異の彼女を祀ったものなら、旧校舎ができた当時にあったかどうか……」


 そうでなくても、もしかしたら外の世界と繋ぐ玄関口として、この世界における重要なものなのかもしれない。


「せっかくだし、あれも確認したほうがいいわね」

「わかった」


 

 それだけ言うと明日香は、わたしの手をつかんで窓から飛び降りた。


 ……重力を感じる暇もなく、明日香がわたしを抱きかかえて祠の前に着地する。


「……どうしたの月菜? ぽかんとして」

「……あなた、人間が二階から音もなく無傷で飛び降りられると思ってるの?」


「月菜は運動神経いいし、頑張ればいけるんじゃない?」

 明日香は気軽に言うが、わたしはその方面で頑張ろうとは思わない。


「で、祠はどんな感じなの? あたしには変なものには見えないんだけど……」

「それよりもまずわたしを下ろしなさい」


「はいはい。月菜の身体ってちょうどいいサイズで、持つの好きなんだけどなあ」

 人の身体をなんだと思っているんだ。


 

 ……わたしは祠の前に立つ。

 今朝も同じ場所に立った。


 今朝の崩れ去った祠からは全く感じなかった魔力を、ここからはわずかに感じる。


 札を取り出して、魔力を込めてみる。


「……どう?」

「うん。きっとここは、外の世界と繋がっている場所」


 魔力の流れがある。

 この向こうは多分、あの体育館の前の鏡に繋がっているんだ。


「上手く行けば、ここからわたしたちの世界に戻れるかもしれない」

「じゃあ、みんなを助けて……」


 囚われている人達を助けて、ここから向こうに戻る。

 でもそれはきっと、あの怪異の子を強引に倒すなり封印するなりして、という流れだろう。

 そういう手段も可能ではあるけど……


「いざとなれば、ね。逆に明日香、この祠は壊しちゃ駄目よ」

「わかったわかった」


 この祠が壊れたら、本当にあの子に、言い逃れできない。

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