旧校舎(新)
明日香はぐっと少女をにらみつける。
「いや、なぜお前は沢守の側に立つのか、気になっただけだ。わたしのような存在が、そんなに人間と親密になるなど……」
「そんなの勝手じゃないの。あたしは、月菜と約束したから一緒にいるの!」
約束……か。
明日香と決めたことはあくまで契約であり、感情的なものではないと思っていたのは、わたしだけだったらしい。
「……ねえ、どんな理由があっても、人を自分勝手に連れ込むなんて、やっちゃいけないことなんだよ?」
明日香の声は、別に大声でもないのに、この異様な雰囲気の中で、本当によく響き渡る。
「まず謝るのは、そっちの方なんじゃないの?」
……明日香が、怒ってる。
わたしと違って、怪異にも容赦がないんだ。
「……しかし、こうしないとわたしは存在を保てない。人間が食べて眠るのと同様にだ。その手段を奪われたら、お前だって気分が悪いだろう?」
「だからって、見ず知らずの人を……」
「明日香、ストップ。彼女の言う事だって、また真実よ」
わたしは明日香の肩に手を置く。
明日香の気持ちもわかる。
今起きている事態は一刻も早く解決させないといけない。
でも、わたしたちに非があることも確かだし、決して怪異は意志を持たない災害、ではない。
だから、うまい落とし所を見つけていかないといけないのだ。
「あなたの言い分は間違っていません。今日になって急にたくさん人をさらい始めたのも、祠が壊されて精気を手に入れるのが難しくなったから、ですよね」
少女は何も言わず、狐耳を揺らせながら首を縦に振る。
「……ですが、あの祠を修復するのはすぐできることではありません。かといって、このままにしておくわけにもいかない」
そのうち、本当に怪我人が出かねない。
今だって、先生たちが無事である保証はどこにもないのだ。
「だから……わたしに、封印されませんか?」
……ようやく、その言葉を絞り出した。
花子さんと同様に、封印しておけばよほどの事が無い限り現実に被害を出すことはない。
その上で、祠をしっかり作り直して、ちゃんとした場所に祀る。
そうすれば精気を求めて定期的に人間をどうにかする、なんてことは無くなるはずだ。
「封印……」
その言葉が彼女から漏れ聞こえる。
……ぞわっと、身の毛がよだつ。
そして、少しの沈黙。
「……信じられない」
次の瞬間、魔力の壁が飛んできた。
「月菜!」
札でなんとか直撃を避けるのが精一杯。
わたしの身体は折れ曲がり、地面に尻餅をつく。
「ちょっと、何をやって……」
「明日香! 前」
明日香がこちらを振り向いた瞬間に、次の一撃が明日香めがけて飛んできた。
「……ぐっ……」
衝撃で明日香の身体が数歩後ずさりする。
それでもわたしのように倒れることはせず、少し離れた狐耳の怪異をにらみ返す。
「人間はいつも本当のことを言わない! そう言ってまたわたしをどうにかする気だろう!」
彼女は声を張り上げながら、また魔力の波状攻撃を仕掛ける。
……もう札を半分以上使った。
わたしがポケットから次の札を取り出そう、としたとき。
「月菜! 一回逃げよう!」
そう言って明日香は、右手一本でわたしの身体を引っ張り上げた。
わたしが反応する暇もなく、明日香はわたしの背中を両手で支えて抱え、すごいスピードで駆け出す。
……ってこれは、いわゆるお姫様抱っこってやつでは……?
そうわたしが認識するより早く、明日香は数十メートルの距離を一瞬で駆け抜け、旧校舎の入り口に飛び込んだ。
「大丈夫!?」
「え、ええ……」
わたしだってそんなに体重が軽いわけではない。
そのわたしを抱えたまま、明日香は話しかける。
「……だから、一回下ろして」
「あ、うん」
下ろされたわたしは旧校舎の床に座り込む。
今の旧校舎みたいにボロボロではないが、以前忍び込んだときの光景や、沢守家の資料にあった写真と、内部の様子はそっくりだ。
「月菜、やばくない? 結構息が上がってるし、髪も……」
「そう、かしら……」
ちょうど目の前の窓ガラスに、わたしの姿が反射している。
怪異の攻撃を防ぐために、ずっと魔力を使いっぱなしのわたし。
顔からは汗が吹き出ており、髪はイルミネーションのように蒼く光っている。
……正直、ずっとこのペースが続くようだと危ないかもしれない。
「まずいんなら、月菜はここで休んでてよ。あたしがあいつを動けなくするから、それからゆっくり話をすればいい」
「……駄目、それじゃあちゃんと話はできない」
冗談じゃなく、今にも飛び出していきそうな明日香を声で制する。
……確かに、どっちにしろ封印する際にはある程度力や、攻撃の意思を無くさせる必要はある。けど、そのつもりが無い怪異を強引に封印しようとしても、上手く行かないだろう。
「でもどうするの? あれじゃあ、月菜が何言ってもきっと信用しないよ」
「うん。だから、ちゃんと説明をする。そのためには……」
わたしは立ち上がる。
「あの怪異の子のこと、もっと知る必要がある」
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