維持と意地
……えっ。
でも言われてみれば確かに、明日香はいつも通りだ。
身体が震えている様子も、何か耐えてる様子もない。
給食をもらう列に並んでるかのような自然さで、わたしの隣に立って、あの怪異の少女を眺めている。
明日香だって魔力の影響を受けてるはずなのに。
ある程度魔力の制御ができる人じゃないと、この中で立っていられることすら難しいはずだ。
――いや。
「……さすがね、明日香……」
明日香は、人じゃない。
『元人間の怪異もいますが、基本的に言葉が通じたとしても、怪異には人間の常識は通じません』……母さんもそう言ってたじゃないか。
吸血鬼に、人間と同じことが当てはまるわけ無いのだ。
そしてそれは、人間でないものを相手にするには、ものすごく心強い。
「月菜、もしやばくなったら、あたしの後ろに隠れてもいい。立っていられなかったら、あたしが背負ってあげる」
……全く、格好良い。
その明日香を見てると、こっちまで元気が出てきた。
「……確かに、これまでもいろんな怪異を見てきました。けれど……わたしは怪異側の存在ではありません。人間に迷惑をかける怪異は……封印の必要があります」
地面を踏みしめて力を込め、わたしは怪異の少女に呼びかける。
強風が吹き荒れる中、できるかぎり声を張り上げて。
「……ですが、わたしは怪異の敵、ではありません。ただ人間側の一方的な理由で力を使うことは……したくないのです」
そういえば、これも母さんがよく言っていた。
『沢守家は怪異の敵ではありません。上手く、付き合いなさい』
例えば花子さんの封印だって、花子さんが本当に嫌がっていたらやっていない。
あれはずっと昔に、沢守家と花子さんの間で合意が取れたから、ああいう形になっているのだ。
むやみに力を振りかざすことはしない。
力を使わないで済むのなら、それに越したことはない。
「ですから……どうして学校の生徒や先生を連れ込んできているのか、ちゃんとした理由が、知りたいです……」
話し合いが、通じる相手だろうか。
そうであってほしい。
「……お前、祠のことは……」
返答する彼女の声はいつの間にか、女の子のものになっていた。
でも、強烈な魔力を伴っていることは変わりない。
そして、やはり祠の話になるのか、とわたしは覚悟を決める。
「それについては、謝ります。……あの祠は、あなたが祀られていた場所……なんですか?」
「うむ。あそこが無いと、わたしは……力を得られなくなるのだ」
「力……」
明日香がつぶやく。
わたしの中では、つながるものがあった。
「じゃあ、生徒や先生を連れ込んでいたのは……」
彼女は何も言わない。
その代わり、また強い魔力。
強風も相まって、身体が後ろに倒れそうになる感覚。
「月菜!」
伸びてきた明日香の右手が、わたしの左手をがっしりと握る。
まるで接着剤のように離れず、わたしの身体を引き戻す。
「……ありがと」
「ねえ、やっぱりあの子が犯人なの?」
そう言って明日香は、じっと狐耳に視線を向けている。
……明日香から立ち上る気が強くなる。
花子さんを倒したあのときのように。
……目を奪われそうなほどに、紅い。
「うん……きっと彼女は、自分の力を維持するために、生徒や先生をさらっていたの」
「維持……?」
怪異の中には、生きた人間の精気や、信仰心、恐れや怖がる感情といったものを取り込むことで、存在を維持しているものもいる。
この少女も、そうなのだろう。
「旧校舎から今の校舎になったのと、生徒や先生がいなくなる事件が起き始めたのが同じぐらいのタイミングだから、多分そうだと思う。今の校舎に変わったことで、あの祠には人が寄り付かなくなった」
旧校舎が使われていた頃は、校舎の裏手に当たる場所とはいえ、あの祠の前も毎日人が行き来していたのだろう。
だから、そこから人間の精気を不自由なく手に入れることができた。
でも、校舎が変わって、あの場所を通る人はいなくなった。
だから、強引にでも自分の領域に人間を連れ込んで精気を補充しないと、力を保てなかった。
「……別にわたしは、何もあの祠に毎日何か捧げよとか、そういう気は無いのだぞ。人の記憶から無くなっていくのも、時の流れだ仕方ない」
今の校舎になって40年ほど。
その間に、わたしや明日香でさえ話を聞かなくなるほどに、あの祠の存在は忘れ去られてしまった。
「しかし、あまつさえ破壊するとは……身勝手が過ぎるのではないか?」
「それについては、本当に申し訳ありません。……ほら、明日香も頭下げなさい」
わたしは明日香の後頭部を左手でつかむ。
「ご、ごめんなさい!」
……本当は明日香が一番に謝るべきなんだけど。
「わたしたちは、本当にあの祠の存在を知りませんでした。壊してしまったのも、事故です。それと……祠があったことを知ったのも、一昨日、昨日です。だからその……嘘をついたような感じになったのは……」
……その途端、ものすごい強風。
一瞬わたしの身体が、ふわっと浮き上がったような。
「月菜!」
今度は明日香が、一歩踏み出して右手を伸ばし、わたしの右手をつかんで引っ張り込む。
明日香の瞳はいつの間にか紅く染まり、鋭い真剣な目つきで、狐耳の少女を見据える。
「ちょっと! 月菜がちゃんと説明してるんだから、話聞きなさいよ!」
「……ときにお前、何者だ?」
少女は、明日香を指差す。
「あたし?」
「お前、沢守の者とはまた違うおかしさを持っておる。……なんだ、その気は?」
「……あたしは日野 明日香。月菜のお手伝い、だよ?」
「そういうことを聞いてるのではない。お前……人か?」
「……それ、聞いてどうするの?」
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