一度見た恐怖


 でも、それでは終わってくれなかった。


 二時間目は体育でプール。

 

 そして、一緒に授業する二組の子も、朝担任の先生が来ない、その話で持ちきりだったのだ。


「はい静かに! プールでの事故は毎年たくさん起きてるの! 先生の注意は絶対!」

 騒ぎ立てる生徒に、女の先生が注意を飛ばす。


「……まあ、心配なのはわかるけどね。用務員さんに、先生が1,2……4人はいなくなってる」


 4人も。

 わたしが知っている以外にも、まだ行方不明者がいるというのか。


 ……一度に何人もいなくなるというのも、今までの例には無かったはずだ。

 既に、まずい事態になりつつあるのか。


 

「あのー、わたし先輩から聞いたことあるんですけど」

 一人の子が手を挙げる。確かバスケ部の子。


「体育館の入口の水飲み場にいると、鏡の中からこことは違う場所に連れてかれるって……」



 ……その言葉に、一瞬生徒の声が静まり返る。


「そんなの根も葉も無い噂でしょう? もしそうだったら、本当に探しようがないわよ?」

「でも、用務員さんの懐中電灯が、体育館の前に落ちてたって聞きました」

「それはそうだけど、だからって……」


 先生の言葉も尻すぼみになる。

 それと同時に、再び生徒のざわめきが広がる。


「やっぱり変なところに連れてかれたんだって」

「そういえば、テニス部の先輩から聞いたよ。たまに人がいなくなったりするんだって、体育館のところ」

「それって何? 幽霊とか、そういうやつ?」

「でもさ、用務員さんは知らないけど、あのこわもて山井先生だよ? そういうのも殴り飛ばしちゃうんじゃないの?」


「だから静かに! 授業に入れないでしょう! みんなこんな暑い日にプール入りたくないの?」

 気を取り直した先生が一喝する。


 ……それでも結局、プールの授業中生徒たちのざわめきは収まらなかった。


 

 そしてそのざわめきは、いつしか学校中に伝わっていたようで。


「次の家庭科、先生いなくなったから自習だってよ」

「まじで? 俺さっき廊下で見たぞ」

「おい、聞いたか。副校長もいなくなったらしいぜ」

「え、もう何人目なの」

「10人ぐらいはいなくなってるんじゃないの?」

「みんな先生なんだろ?」


 そんな会話が、廊下を歩くとあちこちから聞こえてくる。


 プールの後、三時間目の国語は全く身が入らなかった。



 ***



 四時間目は、山井先生の英語。

 その山井先生がいないので、自習だ。


「ねえ、月菜」

 期末テストの範囲の部分の教科書を開きながら、内心気が気でないわたしの席の隣に、気づくと明日香がいる。


「これ、かなりやばいんじゃない?」

「……そうね。今までにないこと、であるのは確か」


 鏡の中の世界へ連れて行かれる……そんなことがこれまであまり大っぴらになることなく、噂としてもそれほど目立ったものでなかったのは、現実的に大きな被害が無かったからだ。


 これまでの被害者はみんな生徒。それも一度にいなくなるのは一人で、大体その日の下校時間までには見つかる。怪我とかもしてない。


 それが今回は用務員さんや先生。

 一度に何人もいなくなる。それも朝から始まって、授業をしている時間帯に。

 それこそ、花子さんばりに目立つ出来事だ。


「やっぱり、月菜が見たっていう場所に連れて行かれてるの? そのお面の女の子がやってるの?」

「まあ……ほぼほぼそれで確定だと思う。今日、新しくわかったこともあったし……」


 そこまで言って、わたしは教室を見回す。

 みんな席を移動して、友人同士で固まって喋ったり、テスト勉強している。

 誰の耳に話が入ってしまうか、わからない。


「……明日香、トイレ行こう」



 幸い、手近な女子トイレに人はいなかった。

 わたしはその奥で、明日香に今朝見てきた祠のことを伝える。

 

「えっ……じゃあ、もしかして、あたしのせい……?」


 祠を破壊してしまった事実を知ると、明日香はあっけらかんと、でも若干言葉を震わしながら、わたしの方を見て言った。


「……まあ、事故ではあるから、別に明日香のせいにする気はないけど」

「だよね? だって、花子さんをなんとかするには……」

「でも、次からは気をつけなさいよ。万一無関係な外部の人に怪我でもさせたら、怪異どころじゃすまないんだから」


 深夜だからありえないだろうけど、もし祠があったあの場所にあの時間、たまたま人がいたら、病院送りになってたのは間違いない。


 そんなことは、沢守家がこの街全体を守る家である以上、あっちゃいけない不祥事だ。


「わかったよ……で、どうするの月菜?」

「うん……」


 今こうしてる間にも、いなくなる人間は増えているのだろう。

 ここ数時間で、この一連の怪異騒動はすぐにでも解決すべき、急を要する事態になった。


 では、どうすれば良いのか?


 やはり、もう一度あの狐耳の少女と対面するしかない……のだが……


 

 ――頭の中にあふれてくる光景。


 あそこへもう一度行くというのは……敵の本拠地に再突入するようなもの。


 しかももしかしたら、あの少女は自分のこだわっていた祠を傷つけられたことで、相当怒っているかもしれない。


 花子さんのときは、既にあった封印を更新しに行くだけだった。(それこそ明日香がうっかり魔法紙を破くなんてことがなければ、もっとスムーズに終わっていたかもしれない)


 それとはわけが違う。

 ほぼ間違いなく、こちらに敵意を向ける相手に対し接しなければいけない。


 そしてまず確実に、話し合いで済む気はしない。


 容赦なく力を使う怪異を相手に、わたしは……封印、なんてできるのか?



 ……母さんと一緒に練習はした。

 でも……練習と本番はわけが違う。それは花子さんのときによくわかった。


 ましてや、今回はぶっつけ本番だ……



「月菜……震えてるよ?」

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