壊れたもの、いなくなるもの


 ――とりあえず、確認すべきことをまずしないと。



 わたしは校内には入らず、昇降口を通り抜けて校庭を横切る。



 目指す旧校舎の周りには、変わらずカラーコーンが置かれ、木のがれきが散らばっている。


 ……周りに人がいないことを確認。

 先生たちも、ここまで用務員さん探しには来てないようだ。

 試験前で部活もないから、朝練をしている運動部もない。


「……よし」


 わたしはカバンを草むらに置き、旧校舎の壁伝いに進む。

 

 わたしの身長ぐらいの長さはありそうな床板の破片の上に乗ると、ギシギシと音を立てて沈んでいく。

 うっかりバランスを崩したら、破片のとがった部分が身体のどこに刺さるかわからない。


 時折、上の方から聞こえるパラパラという音が警戒心を引き上げる。

 いつ、崩れるか。

 もしも落ちてきた破片が当たってしまったら、当たりどころが悪ければ重傷だ。


 とはいえ、業者の撤去作業を待っているわけにもいかない。

 わたしたちがそうして手をこまねいてる間に、あの怪異の少女は、わたしたちに対する疑いをきっとどんどん高めていくはずだ。


 時間が過ぎて、こちらの得になることは何一つ無い。



「……ここかしら」

 ――明日香が壁を破壊し、わたしが花子さんを封印した場所……その真下まで来た。

 

 そして下を見ると、それはすぐに見つかった。

 破片と破片の間に見える別の木片。明らかに黒ずんでいる上、小さい。

 

 ちょうど美術室で見かける木の角材の形で、わたしが普通に右手で握ることができる太さ。

 長さも30cmぐらいである。とても他のがれきとともに落ちてきたとは考えづらい。


 ……わたしは少し移動し、先程まで乗っていた床板の破片を持ち上げる。

 薄いとはいえ長さがあるので、それなりに重い。両手を下から入れて力を込めるとようやく持ち上がった。


 ……これを軽いモーションですごい速さで投げた明日香、改めてやばいわね……



「……うん、写真にあったやつだ……」

 床板を避けて下に見えた黒ずんだ木片。明るいところに出すと、色合いが周りに散らばったがれきとは明らかに違う。

 ところどころ穴が空いてるし、古さも段違いだ。


 その隣に転がっていたのは、木片と同じ大きさぐらいの真ん丸な石。

 それに見覚えがあったので、わたしはスマホを取り出す。


「やっぱり……」


 七不思議の祠の記述にあった白黒写真。

 スマホで撮影して画像フォルダに入れておいたそれの中の石と、目の前の石を比較する。


 

「同じ……」

 形は、よく似ていた。

 

 黒ずんだ木片の長さも、祠の大きさと同じぐらい。

 さらに向こうには同じ色をした、薄い木の板が見える。

 ……多分こっちは、祠の屋根に使われていたものではないだろうか。



 ――とするとやっぱり、ここには祠があったのか。

 ……なら、それを壊してしまったのは、わたしと明日香……



 ***



「あ、月菜おはよ!」

 

 明日香が出迎えてくれる。

 わたしが教室に入ると、朝の時間ギリギリだった。


 すぐにチャイムが鳴る。



 ……



 ……



「先生来ないな」


 誰からともなく、そんな声。


 黒板の前は無人。


 担任の山井先生は、朝のチャイムが鳴ったときには必ず教室にいるのに。


 ……まあ、先生だってたまには用事とかもあるだろう。

「土日全然勉強してね―」

「わかるわー」

 周りの子たちは特に気にもせず、喋ったりじゃれ合ったりしてる。


 わたしも試験範囲の教科書を眺めながら、この後のことを考える。


 

 ……とりあえず、あの壊されてしまった祠はすぐ元に戻せるようなものじゃない。


 いや、そもそも元に戻せば終わりというものなのだろうか。


 何か大事なものを壊されたとして、『直ったからこの話はもう終わり』なんて言って許されるものか?


 ――もちろん、あの狐耳の少女に謝らなければいけないのはまず確実として。


 思い起こされる、彼女と対面したときの、あの言いようのない恐怖。

 あれを前にして、わたしは正常な判断ができるのか。


 ギュッ

  

 ……わたしは、胸ポケットの札を服の上から握る。

 物心ついたときから触ってきたせいで、なんだかお守りみたいになってしまった。

 魔力を込めなくても、どこかほんのり温かい気がする。

 ただの気休めなのかもしれないけど。


 ――でも、こうしたところで、状況は良くなるわけではない。


 

 教室の一番上にかかった時計を見上げる。


 ……三分経った。

 山井先生が朝に来ないなんて、今まで無かった。


 周りからも『先生は?』という声が聞こえだす。



 ――どうする。

 まさか、という考えが浮かぶ。



「おい、一組の皆」


 その時、昇降口で会った体育の先生が教室の入り口に。


「山井先生なんだけど、ちょっと今どこにいるか見当たらないんだ」


 ……わたしは、思わず頭を抱えた。

 やっぱりか。


「先生、来てないんですか?」

「休み?」

「いや、カバンがあったし、自分も見かけたから、いるとは思うんだ。何か急用とかも聞いてないから、すぐ戻ってくるはずだぞ」


 先生がそう言っても、教室のざわめきは収まりそうにない。

 無理もない。こんなことは初めてだ。


「お前ら、一時間目は?」

「数学でーす」

「じゃあ準備しとけよー」


 軽い声で去っていく先生。

 とはいえ、その先生の右手には、あの用務員さんの黒光りする懐中電灯。


 それはすなわち、まだ用務員さんだって見つかってないということで。

 

 その上、さらなる行方不明者。


 ……本当に、数時間で戻ってくればいいのだけど……

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