無邪気な最強
その声に、はっと顔を上げる。
明日香の良い顔――正直、学校全体でも上の中ぐらいはあるんじゃないだろうか――が目の前に迫る。
「震え? そんな……」
「いいや。顔がこわばってた。小さく見えた。……月菜、そんなに怖かったの? その狐耳にお面の子……」
怖い……のか。
「その……圧があった。圧というか、魔力みたいなものなんだけど……」
自分の言葉が消え入りそうになっていくことを実感する。
願わくば、好き好んであんなところへは、もう行きたくない。
「月菜。……そういうときのために、あたしを仲間にしたんじゃないの?」
突然明日香に、右の頬をつねられた。
わずかな痛みが頭を駆け巡る。
「あたしは怪異を殴る蹴ることはできても、怪異を封印するとかはできないんだから。月菜だけが頼りなんだって」
そのまま、明日香はわたしの頬を伸ばして遊ぶ。
明日香の馬鹿力で引っ張られたわたしの肌は、思ったほどよく伸びる。
「月菜が怖いって言うんなら、あたしが出会い頭に相手を吹っ飛ばしてあげる。もしくは、相手が見えなくなるところまで、月菜を連れて全力で逃げてあげる。そこでゆっくり考えれば良い」
「明日香……格闘技の大会にでも出るつもり?」
その途端、明日香の手がわたしから離れた。
「……あっ、表情戻った」
明日香はわたしを見て、笑顔。
「人ならざる者たちとのバトル大会か、それも面白そう!」
……申し訳ないが、その場合素人のわたしはご遠慮させてもらう。
「でも、どうせ月菜、また行かなきゃなって思ってるんでしょ? 行きたくないなら、すぐ言うはずだもん」
「だって、現に今も事態は進行してるわけだし……」
「で、それをなんとかするには、行かなきゃいけないの?」
……さすがコミュ力の高い明日香だな。言わなきゃいけないときは、本当にスパッと言う。
「うん。まずは、あの少女に会わないことには、きっと……」
「じゃあ、行くしか無いじゃん!」
……明日香の顔は、これから遠足に行く時かのように、キラキラ輝いている。
……花子さんの時も、こんなノリで夜の旧校舎へ忍び込んだんだっけ……
「明日香、わかってるの? 相手は花子さんと違って、今この瞬間も力を使い続けているのよ。正直底も見えない相手で……」
「だから、そういうときのためのあたしなんでしょ?」
……そう言って自らの肩を叩いた明日香が、やっぱり少し大きく見えた。
未知のことへの恐怖心の無さ、自分への自信、それらが相まって、明日香の周りを取り囲んでいるような。
「……明日香、なんでそんなに自信満々で、いられるの……?」
「えっ、でもこの前の月菜だってこんな感じだったじゃん。花子さんの攻撃を平然とお札で弾き返したあれ、かっこよかったな……」
……でもあれは、あらかじめ準備が出来てたから。それに(まだ)部外者であった明日香を守ろうとしたから。だから、なんとか出来ていたのだ。
逆に言えば、わたしはきっとあれが精一杯で……
「あたしがもっと強かったって、あんなことできないんだよ? 怪異退治の主役は月菜。あたしはお手伝いをするだけ」
まあ、そうだけど……
「その代わり、お手伝いは全力でやる。血を吸わせてくれる代わりの約束だからね」
そう言って、また明日香はにっこりと笑う。
その顔からどこか抜けない無邪気さは、今のわたしにはうらやましかった。
――そして、それに応えないほど、わたしは薄情じゃない。
「……そうね。持ちつ持たれつ、だっけ?」
「そうそう。あたしたちは、互いに助け合う」
明日香がその気なら、わたしが逃げるわけにはいかない。
「……言っとくけど、わたしが危険だと感じたらすぐに退却する。むやみやたらに喧嘩腰にならないこと」
「わかった!」
明日香は顔を輝かせて、ぐっと右手の拳を握りしめる。
「じゃあ、さっそく……」
「ちょっと待って。行くなら、封印するための準備がいる。わたしはすぐ家に戻って必要なものを取ってくるから……昼休みにしましょう」
***
その足で学校を抜け出し、家に戻る。
「ただいま……」
返答はない。
……良かった、母さんは仕事中だ。外に出てるか、いても部屋にこもりっきりだからわたしの帰宅には気づかない。
魔力を行使するためのお札。封印の際に必要な魔法紙。
自分の部屋にある分を全部回収し、制服のいろんなポケットに詰め込んで家を出る。
「あ、いたいた。沢守さん、給食当番でしょ?」
「ごめんなさい、忘れてたわ」
再び学校に着くと、給食の時間になっていた。
もしかしたら、いなくなった先生方が、給食の時間ぐらいに戻ってくるんじゃないか、という淡い期待もしたけれど、やはりそんなことはなく。
あっという間に昼休みに。
「……ここ?」
「ここ」
そしてわたしと明日香は、問題の体育館の前にやってきている。
金曜日に来たときと変わってない。
鏡が汚れ、ところどころひび割れた状態。
ただ、放課後だった金曜日と違い、今は昼休みだ。
生徒や先生が、途切れることなくここを通り過ぎていく。
「やっぱり噂でここが怪しいって、みんな思ってるのかな」
明日香のつぶやきに、私も合意する。
元々噂があったところに、用務員さんの懐中電灯がここに落ちてた、という話を聞けば、ここで何かあったと考えるのは当然だろう。
「山井先生、いらっしゃいますか!」
「用務員さん?」
いなくなった先生や用務員さんを探す他の先生や、興味本位でやってきた生徒。
その人達の目がある中、わたしも明日香もあまり目立つ行動は取れない。
「ねえ……今ここで、また誰かいなくなっちゃうとか……無い?」
明日香が振り向く。
……それだってありえる。通りがかった誰かが、次の被害者になってしまうことも、あるいは……
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