三度目の交わり


 そうめんを食べ終え、わたしが空の食器を部屋の前に置く。


 その後ろから、明日香が首を出して廊下を覗く。長い廊下に、右も左も人影は見当たらない。


「……大丈夫って……?」

「いや、ほら、ちょっとデザートが欲しくなった、というか……」


 そう言いながら、明日香の視線はわたしの首筋に真っ直ぐ注がれている。


 ……はあ。

 わかってはいるけども、だからといってはいはいどうぞどうぞ、とは行きづらい。


「何? わたしの血って、明日香の何なの?」

「うーん……ごちそう?」


 ごちそうを気軽にねだるな。


「本当は、朝会ってからずーっと吸いたかったんだよ? 我慢してたんだから」

 いつの間にか、わたしの両腕は明日香にがっちりホールドされている。


「明日香、これ母さんがいてもやってたでしょ?」

「そんなわけないじゃん。ちゃんと我慢するよ?」


 本当か?

 いくらなんでも、わたしの首筋を襲う瞬間の明日香を見られたらごまかしは効きそうにない。


「ああ、でも、本当にやばくなったら……」


 明日香に迫られ、わたしの背中がふすまにくっつく。

 わたしはもう一度耳を澄ませて母さんの物音がしないのを確認する。


  ……念のため、ポケットの札を握りしめて魔力の様子もチェックする。


 ……大丈夫だ。この部屋の周りには、誰もいない。



「……緊急事態のときは、許してね」


 その言葉とともに、また首筋から吸われる感覚。

 三回目にして、わたしも明日香も、ちょっと慣れてきてる感があるのが恐ろしい。

 

 ……今、明日香がちょっと気を変えたら、わたしのすべてを吸い尽くしてしまうこともできるのだろうか。

 そうでなくても、魔力以外は普通の女子中学生であるわたしを動けなくすることなんて、明日香の力を持ってすれば呼吸のように簡単なはずだ。


 でも……だからといって恐怖心はあまり起きないから、不思議である。



「はーっ、最高だね!」

 風呂上がりに冷たい飲み物を飲んだ時みたいなリアクションを取るな。

 明日香が飲んでるのは、人の血なんだぞ。


「あのさ……わたしの血ってどんな味なの?」


 興味本位で、わたしは聞いてみる。

 我慢しきれないほど、美味しいのだろうか。


「えっとね……ベースはエナドリに近いんだけど、牛乳みたいな甘さがあって、ほんのちょっとだけピリッと刺激があって、金属感がほとんど無くて……えっと、とっても美味しい!」


 ……うん、理解するのはやめよう。


「……なんでそんな顔してるの? 本当だよ? 普段家で買って飲むやつは、もっと錆びた味がするというか……」

「それって、わたしの血だから? 他の人の血は?」

「いやあ、絶対に月菜のやつが一番だよ。家族のやつは一通り飲んだけど、全然違う」


 相性みたいなものでもあるのだろうか。

 まあ、自分には今のところ健康的に何も変わりはないから、問題は無いけど……


「あー美味しい……むにゃ……」


 いつの間にか、畳の上に大の字で寝そべる明日香。

 短いスカートの中からパンツが丸見えだが、明日香は何ら気にかける素振りを見せない。


「……明日香。午後からは数学の勉強よ」

「えー、美味しい月菜飲んだら、眠い……」


 わたしを飲むなわたしを。


「……じゃあ、勉強は休憩して、鏡の中の世界のこと、調べる? 家の資料、少し見せてあげる」

「見る見る!」


 明日香は一瞬でガバっと飛び起きた。

 全く、都合がいい。



「……いい? ここへ入ったってことは、誰にも言っちゃダメよ」

「うん!」


 わたしは資料部屋の前で、明日香に念を押す。

 そしてもう一度耳をすませて、物音が無いかチェック。


 ……よし、大丈夫だ。

 いつも通りなら、母さんは仕事のために外出している。夕方ぐらいまで帰ってこないだろう。

 この家には、わたしと明日香の二人っきりだ。


 わたしたちは部屋に入る。

 

 

「うわあ……図書室みたい!」

 資料の山を見て、明日香が声を上げる。


「蔵や離れにはもっとあるけど、大昔の噂じゃない限りはここにあるやつで充分だと思うわ。……あっ、床にも散らばってるから気をつけてね」

「はーい!」


 明日香の場合、力加減を間違えると何もかも壊してしまいそうだ。

 ボロくなった古い本なんて、持っただけでバラバラにしちゃうんじゃないのだろうか。


「さて……」

 わたしは過去の資料を一冊手に取る。

 前にも一回読んではいるが、昨日直接、あの鏡の中の世界を見た今なら、新たな発見があるかもしれない。

 昨日の記憶は消したいぐらいだが、それはそれとして関わってしまったものを調べないわけにはいかないのだ。

 

 旧校舎。

 狐耳にお面の少女。

 彼女が言っていた祠、の存在。


 1980年代の記述は見つかったが、あるいはもっと前から……



「すごい、昔の写真がたくさん……あっ、これって旧校舎じゃない?」

 唐突に明日香の声。


「ほら!」

 明日香が持ってきたのは、本というより小冊子のような薄い資料。

 本の形は保っているが、表紙や中の紙はだいぶ黄ばんでいる。


「いつぐらいの本?」

「どうだろう……」


 わたしは本を後ろからめくる。

 

『発行 1979年4月1日』

 ……ってことは、まだ旧校舎が現役で使われていた頃か。


 表紙にはわたしたちの学校の校章。学校に関する本であることは間違いないだろう。

 中身をパラパラめくると、明日香の言う通り白黒の写真が小さな解説文とともに所狭しと載せられている。


「ほら、ここ」

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