七不思議がわからない


 明日香の示した先にあった写真には、木造二階建ての建築物。


 ……間違いない。昨日見た記憶の中の、旧校舎。


「とすると、この図は……」

 その写真の隣には、小さな見取り図がついている。

 うん。……これも旧校舎のものだ。


 花子さんのときに行った旧校舎内部の記憶も重ね合わせながら図を読んでいく。


 

「……これ、なんだろう」


 明日香が図の端を指差す。


「ほら、池……?」


 旧校舎北側の端に隣接して、小さな丸が書かれている。

 写真を見る限り、旧校舎の周りが木々で囲まれていることは今と変わっていない。


 木々の中に、丸で囲むべき何かがあった、ということになる。


「でも、池なんて学校には無いでしょ」

 

 あるとしたら池よりも花壇だけど、それも今あるのは昇降口のすぐ隣。

 位置は全く合っていない。

 もちろん今は無くなっただけで、当時の校舎に隣接してそういうものがあった可能性はあるが。


 それか、池でも花壇でも無いなら……



「『七不思議の祠』……?」


 祠。

 ……別のページにその記述を見つけて、声が出てしまった。

 

「あっ、七不思議って、前にお姉ちゃんがちらっと言ってた」

「明日香も聞いたことあるのね……」


 

 ……七不思議。

 そう、学校には七不思議がある。


 音楽室のピアノが勝手に鳴り出すとか。

 階段の段数が増えたり減ったりするとか。

 いろんな学校に、いろんな七不思議があるだろう。

 


「でも七不思議って言われても……」

 明日香が首をかしげるのも無理はない。

 この学校の七不思議は、少々変わっている。


 ――何しろ、内容がわからないのだ。

 七不思議があるということだけが、生徒たちの間で語り継がれている。


 存在はしている。しかし詳細を知るものは、誰もいない。

 ……下手したら、七つあるかどうかもわからない。


 あまりに分からなすぎて、それを調べようとする人も、今までいなかったのだ。

 わたしでさえ、母さんから直接聞いたことはなく、入学後周りの話に聞き耳を立てて、その存在を知ったぐらいである。



 その、謎に包まれた七不思議の記述が、ここにある。


『七不思議の祠

 いつからあるかわからない、ただ七不思議との関連があるとされている木と石を組んで作られた小さな祠。近くを通るときは、触れないように気をつけること。いつ崩れるかわからない。また時々こちらに呼びかけるような声がすることがあるが、風切り音がそう聞こえるだけであるとされている』


 添えられた白黒写真に映っているのは、木を組んで造られた小さな祠。

 多分、わたしの腰ぐらいまでの高さしかないだろう。周りに置かれてあるいくつかの石とともに、この時代の時点で既にかなり古くなってそうだ。

 

 少し大きな地震があれば跡形もなく崩れ落ちそうな感じで、風が吹くとカタカタ音がしたのだろう。

 それが声のように聞こえても……どうなのだろうか?


「初めて知った……月菜、見たことある?」

「いや、わたしも初めて。明日香も、他の子から聞いたことは無かったのね?」

「うん。お姉ちゃんも言ってなかったし、先輩の人達も誰も……」


 つまり、この祠の存在は忘れられてしまったのだ。

 きっと、旧校舎が使われなくなり、祠のところを通る人がいなくなることで、徐々に生徒たちの間で語り継がれることも無くなったのだろう。

 

 噂や都市伝説なんて、案外そんなものである。


 それよりも。


「……祠……」

「……それって、鏡の中の女の子が言ってた?」

「ええ。彼女の言ってた祠というのが、これのことだとしたら……」


 風切り音とされた、呼びかけるような声も怪しい。

 彼女は、あの祠が誰にも気にかけられなくなったことを怒っている……?


「じゃあ、あの鏡の中の世界は、七不思議の一つってことじゃん! すごいよ月菜!」

「七不思議の祠という言われについては、調べる必要はあるけど。……でも、七不思議候補なら、もう一つあるじゃない」

「え?」


「……花子さん」

「あ!」


 あまり関連付けて考える人は少ないようだけど。

 存在だけある七不思議と、花子さんの噂。

 過去実際に起きている花子さん関連の出来事。


 かつて七不思議というのが出来たときに、花子さん関連が入っていたことは想像が容易につく。


「きっと花子さん関連があまりに目立っていたから、七不思議から離れてそれだけ独り歩きしちゃったのだと思う。それこそ、鏡の中に連れてかれるってやつは、今までほとんど実被害無かったし……」


 現にわたしも、七不思議関連を今まで資料で見覚えは無かった。

 花子さんについては、母さん以前から沢守家の役目として受け継がれていたけど、それに関連して他の怪異や、不思議な現象を聞くことも無かった。


 ……もちろん母さんが必要ないと判断して、単に言ってなかっただけの可能性もあるけど。


「そういうことかー……あ、そしたらその狐の女の子が鏡の中でまた色々してるのは、アピール? 『自分もいるんだぞ』的な」

 明日香がつぶやく。


 そんな目立ちたがりな怪異がいるだろうか。

 というよりは、何かがあの彼女にあって変化が起きた、と考えるのが自然だ。


 ……どちらにしろ、このへんをはっきりしない限り、決着はつきそうにない。

 

「……明日香。これもしかしたら、長い問題になるかもしれない。まだまだわたしたちは、知らない情報が多すぎる」

「じゃあ、頑張って情報収集しないとね!」

「ええ。わたしの方も、ここの資料をもっとあたってみる。正直、いろんな資料に記述が散らばっちゃってそう……」


 わたしだって、ここにある資料の中で、まだ読んでないものの方が多い。

 もし別の場所にある資料まで参照しなきゃいけないとすると……数週間がかりの作業になりそうだ。


「よし、月菜のためにあたしも頑張らないと」

「明日香、テスト勉強も忘れずにね」

「うっ……」


 いざというときに明日香が補習で動けないなんて、洒落にならない。


「そろそろテスト勉強に戻るわよ」

「はーい……」


 明日香、わたしのためにも勉強頑張りなさいよ……

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