こことは違う何か
「見たな?」
……声が聞こえた、ような。
……鏡の中から。
「……お前、なんだ?」
念の為辺りを見回す。
……わたしに声をかけてそうな人は、当然いない。
……じゃあ……
「お前は……」
人のものとは思えない、とても低い、直接頭の中に響く声。
「何者だ……?」
わたしは思わず、札を固く握りしめた。
一瞬、目の前が真っ白になって……
***
……そよ風が顔に当たる。
上履きを通して足に伝わる感触は、廊下の床ではなく、砂のものだ。
……あれ、わたし、どうしてこんなところにいるんだっけ……?
着ているのは、制服の白シャツ。これは変わっていない。
右手に札を握っているのも変わっていない。
そうだ、わたし……わたし……
……あれ、何しに来たんだ……?
辺りを見回す。
オレンジに染まった、夕焼けの空。
正面に視界をふさぐものは無く、奥には一面の田畑。
その間を歩くのは、浴衣に身を包んだ女性。
斧を担いでいる、いかにも農民という出で立ちの若い男性。
後ろを振り向くと、10mほど向こうに木造二階建ての建築物。
まだ真新しそうなその建物の窓からは、チラチラと人影も見える。
でもこの建物、見覚えが……
「あなた、本当に誰……?」
まただ、またこの低い声。
「……わたしを呼んだのは……あなた?」
札を握りしめながら、恐る恐る言葉を返す。
返事していいのかわからない。
そもそもこの返事が相手に聞こえているかもわからない。
「……ねえ、わたしを呼んで、どうするの……?」
……次の瞬間、ゾッとする感触。身の毛がよだつ。
「お前……普通じゃないな……?」
……!
魔力の波が押し寄せてくる。
札を両手で握ってこらえてないと、クラクラしそうだ。
「……お前、何者なの!」
……声は後ろから聞こえた。
振り向く。そこには、さっきまでいなかった一人の女の子。
「きれい……」
そこにたたずんでいる少女は、とても美人だった。
年は……いくつぐらいだろう。
小学生っぽい幼さもあるし、女子大生と言われても信じちゃいそうな、雰囲気も持ち合わせている。
いや、それよりも。
彼女は下駄を履き、昔の写真で見かけるような子供用の着物姿で、顔の半分を祭りの屋台で見かけるようなお面で隠し――
黒髪の頭からは、狐耳が生えていた。
「……あなた、怪異?」
これでコスプレとかだったら、随分よくできたものだと思う。
何しろ……
「そんなことを言うお前……普通じゃない……!」
魔力の波さえも操っているのだ。
彼女が、少なくとも並の人間でないことは明らかである。
彼女を中心に広がる魔力は、気を抜くと意識が飛びそうな、膝をついてしまいそうな勢い。
「……もしかしてお前、こちら側の、存在……?」
声はいつの間にか、わたしと同じぐらいの、女の子の声の高さになっている。
でも、どこかこちらの身体の中に響いてくるような迫力は変わらない。
「わたしは……怪異を管理し、時には封印を行う者」
恐怖を抑え、言葉を出す。
ここで相手の勢いに飲まれてしまうわけにはいかない。
「……学校の生徒を時々消失させてたのは……あなた?」
「……」
返答は無い。
……その代わり、大きな魔力のうねりがわたしを襲う。
わたしは札をぐっと握りしめて耐える。
魔力を弾ききれなくなった札は、わたしの手の中でボロボロになる。
……こんなことなら、もっと札を準備してくるんだった。
「答えないなら、あなたを封印させてもらう……けど」
「……お前、わたしの祠を壊しておいて……?」
……祠?
唐突に出てきたその言葉が脳内で変換させるまで、少し間があった。
「どういうこと……?」
「お前じゃないのか? 祠を壊したのは……わたしは今、気分が悪いのだ……」
声とともに彼女の顔が若干引きつる。
祠……そんなもの、わたしの知るうちにあったか……?
「ごめんなさい……わたしは知らない……祠って……?」
「祠と言えば、祠だろう……とぼけるな……」
また一段と、彼女のイライラは高まっているのか。
……駄目だ。
ついにわたしでは耐えきれなくなり、魔力に押し込まれた身体が尻もちをつく。
彼女とは少しの距離がある。
身長は多分同じぐらい。
……なのに、彼女の姿が、彼女から出始めた黒い気が、大きくなっていく。
「はあっ……はあっ……」
呼吸が荒くなる。
……魔力というより、圧力。
プレッシャー。
恐怖。
そのような感覚が、わたしを支配していく。
「駄目よ、わたし」
言い聞かせる。
わたしは怪異に対処する側の人間。
ここで怪異に潰されてはいけない。
目の前の存在は、間違いなく普通の人間ではない。
ならば、わたしは責任を持って対応しないと……
「何か、知ってるでしょ……?」
「本当に、知らない。……それより、学校の生徒を……」
「……わかってるわよ!」
今度声を荒らげたのは彼女の方だった。
そう言って、右手で指パッチン。
……ドサッ
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