似ている親子


 家に帰って、わたしは今日の予定のテスト勉強分を終わらせる。


 時間が余ったので、明日香に約束した通り、昔の資料を当たってみることにした。


「月菜、何を調べるの? テストもあるのだから、程々にしなさい」

「大丈夫よ、母さん。少し気になる話があるだけ。30分……20分で終わらせるから」


 母さんが心配そうな顔をするが、構わずわたしは広い沢守家の建物中央部にある一室へ入る。

 ここは、沢守家が受け継いで、保管してきた古い資料のほんの一部が置かれている八畳ほどの空間。


 敷地内の蔵や離れにも資料はあるが、良く参照する比較的最近のものや分厚目のものはここにしまわれている。


「さて、と……」


 わたしが本棚から取り出したのは、歴代の沢守家の人間が記してきた日記をまとめたもの。

 江戸時代から2000年頃までの、沢守家が遭遇してきた怪異や、不思議な事象がまとまっている。

 より詳細な資料を見ないとわからないこともたくさんあるが、軽く調査するぐらいなら充分だ。


 ……とはいえ、400年近くの歴史が詰まってるだけあって、辞書と見間違うぐらいの厚さ。

 わたしは畳の上に腰を落ち着けて、最近の記述から開いていく。


 中学校の今の校舎で起きている出来事なら、校舎が使われ始めた頃からの記述にヒントがあるかもしれない。


 

「あっ、これかな」

 1980年代の記述。

 今の校舎が出来てすぐの頃。


 ……明日香の聞いた噂とほぼ同じだ。

 放課後、体育館で部活の練習をしていたバスケ部、バレー部などの生徒が、一時的にいなくなる。

 でも、部活の終わる時間までには戻ってきていて、なぜかその間の記憶が全く無い。


 記述としてはそれだけだった。

 ……怪我人が出た、とかも無かったようだし、対処するほどのことではない、ということなのだろうか。



「……何を調べてたの?」

 資料部屋を出ると、廊下を挟んだ向かいの部屋に母さんがいた。

 何やら書いていた手を止め、わたしを鋭い眼光で見つめる。


「……学校で聞いた噂があるの」


 ごまかすような理由もない。

 わたしは母さんに、明日香から聞いたことをそのまま話す。



「それ、母さんも聞いたことがあるわね」

「本当?」


 つい数年前までは、わたしの魔力の教師をしながら、怪異対処の現場にも立っていた母さんだ。

 資料化もされてない最近の出来事については、母さんの方が詳しい。


「10年ぐらい前までは、そういう話が時々あったはず」

「母さんは調べなかったの?」

「……まあ、私が中学校に入って調べるのは年齢的に難しいし、帰ってこない子がいた、とかなら問題だけれども、そういう話も……」


 やはりそうなのか。

 ……確かに、大騒ぎにはなってないようだし、巻き込まれた子たちにその後何かあった、みたいな記述も無かった。


 取るに足らない小さな事件、わざわざ時間をかけるほどのものではない、という判断があったのか。


「月菜、あまり首を突っ込むのはやめなさい」


 ……?

 母さんは、正座したまま、わたしを牽制するように見てくる。


 修羅場をくぐり抜けてきた人だけが放つことができる、相手を真っ直ぐ射るような視線。


 ピン留めされたかのように、身体が動かなくなる。


「あなた、封印に苦労したばかりでしょう。焦って実績を積もうとしても、逆効果になるかもしれません」

「別に、わたしは……」


 焦ってなどは、ない。

 確かに、花子さんの封印に苦労した一件で、もっと鍛錬の必要性は感じたけれど……


「調べるなとは言わないけど、期末試験が終わったら、しばらくは魔力の訓練に集中しなさい」


 それぐらい分かってる。


 ……けど、そう面と向かって言われると、なんだか反抗したくなるのは、気のせいだろうか。



 ***



「どう? 何か分かった?」


 次の日の昼休み、明日香が何かを期待するかのような顔をしてわたしの元にやってきた。

 水筒をゴクゴクとあおりながら、今にも飛びかからんという勢い。


 ……あの水筒の中には、血が混ざっているのよね……


「そうね……ちょっと資料を当たってみたわ」

「ほんと! 何かあった?」


「1980年代から噂があった、ってことぐらいね」

 めぼしい情報としてはそれぐらいだろう。

 昨日明日香から聞いた以上のことは、見つからなかった。


「そんなに昔から! すごいことじゃないの?」

「……でも、花子さんとかに比べたら大したことないわよ」


 怪異の歴史を見れば、江戸時代とか、もっと前までさかのぼれるのはいくらでもある。

 沢守家の歴史だって同じぐらい。


 1980年代――40年前なんて、そこに比べれば最近も最近だ。


 

「……そういえば思ったのだけど、吸血鬼ってやっぱり長生きなの?」


 ふと、気になったことを聞いてみる。

 人ならざる存在というのは、人間の寿命をはるかに超える時間を生きるのが定番だ。

 西洋の吸血鬼だって、その例外ではない。


「まあ、そうなんじゃない? あたしのひいおばあちゃん、100才超えてるけどめちゃくちゃ元気だし」

「それぐらいなの? 4、500年ぐらい生きてたりとか……」

 

「そんなの無い無い! 昔話とかじゃないんだから」

 明日香は右手をぶんぶん振って否定する。

 いや、吸血鬼の存在は普通に昔話とかに匹敵するレベルだと思うのだけど。


「あ、でも若く見えるとか、やっぱあるのかなあ」

「確かに。明日香のお母さん、とてもお母さんっぽくないもの」


 明日香のお母さんには何度か会ったことあるけども、とてもわたしの母さんと同世代とは思えない。

 童顔で、明日香と並ぶと親子というより姉妹に見える。


「そう? 月菜、それ直接母さんに言ってよ。あたしの母さん、舞い上がって月菜に抱きついちゃうよ」

「えー……それ明日香がやりたいことじゃないの?」

「うん、それはある。でもあたしの母さん、すぐ気持ちが乗っちゃうというか……興奮するというか……」


 なんだか明日香のことを聞いているかのようである。

「……明日香のお母さんって、ちゃんと力の制御とかできてるの?」

「うーん…………あたしにいつも注意してる割には、結構あたしや父さんの見てないところで物壊してるっぽいんだよね……たまに変な潰れ方した缶や瓶が出てくるよ」


 あの夜、明日香が見せた無茶苦茶な力を思い出す。

 ……日野家の人間(?)、恐ろしすぎる。

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