明と暗の二人
教室に入ると、明日香は真っ先にクラスの女子たちのところに駆けていく。
それを尻目に、わたしは真ん中列の一番後ろの自席に座り、教科書や筆記用具を出しながら周りの会話に聞き耳を立てる。
……といっても、別に人付き合いが嫌いとかじゃない。
まあ得意ではないが。
「明日香おはようー」
「相変わらず元気だねえ」
「あー今日暑すぎ」
「ねえねえ、新しい配信見た?」
単に、何かしら自分の作業をしながら、教室中の会話をまんべんなく聞くほうが、情報収集には効率がいいというだけだ。
それに特定の人間と深く関わって、変に肩入れしても良いことはない。
『沢守家の人間はこの街の全てを守らないといけない。だから、あまり同じ人とばかりいるのは止めなさい』……母さんの教えだ。
そしてまあ、正しいと思う。
「昨日の動画? 見たよ!」
「あれすごかったよねー!」
じゃあ今まさに、女子のグループの中でハイテンションで喋りまくってる明日香はって?
あれは手に負えない、例外だ。
わたしがわざと距離を取ろうとしても、向こうから勝手に近づいてくる。
すぐさま真横にいる、それが明日香だ。
……もしや、と思う。
明日香は人には無い本能的な勘で、わたしが普通でない、魔力を使う人間であることを見抜いていたのではないか。
そして、それを面白がって、好奇心でわたしに絡んできていたのではないか。
それこそ、昨夜わたしと一緒に夜の学校に来たのも……まさかね。
「おい、旧校舎見たか?」
「旧校舎?」
「二階の壁が崩れてるんだよ。ほら、トイレがある端っこの壁」
「なにそれ。花子さんの呪いとか言うんじゃねえんだろうな」
「でも、裏手に住んでる三年の先輩が、何か壊れる音とか、青い光が出てるのを見たらしいぜ」
「まじで?」
男子たちの会話が聞こえてくる。
……どうやら昨日わたしたちが旧校舎で花子さんの封印を更新したところが、外から見られていたらしい。
今度からはもっと慎重に行動しないとダメか……というか、やっぱり最初の封印できちんと上手くいっていればああはならなかったのだ。
……実力不足、という事実が重くのしかかる。
「おいお前ら! ホームルーム始めんぞ!」
教室中に大声が響く。
クラス担任の
いつの間にかチャイムが鳴っていたらしい。
「えー……もう見たやつもいると思うが、昨夜、旧校舎の北側二階の壁が外から見えるぐらいに大きく崩れていた。先生たちも、朝学校に来て初めて気づいたんだが……」
英語の先生だが、どう考えてもヤクザのドンとしか思えないこわもての顔と体格である。声もでかいし。
「で、昨夜泊まり込んでいた用務員さんが、一度大きな破壊音が聞こえた気がする、って言うんだな。なあお前ら、なんか心当たりとか無いか?」
分かってはいたけど、昨日のやつ、やっぱり騒ぎになってるな……
防犯カメラとかは見つからないように移動してたから、すぐバレることは無いとは思うのだけど。
ふと明日香の席を見ると、こっちを振り向いてにこっと笑っていた。
はあ……
***
「ねえねえ、噂になってたね、昨日のこと」
一時間目の国語が終わると、早速明日香が私の席によってきた。
「まあ、あれだけ派手にやれば、嫌でもそうなるわよ」
「どうせ見られるんなら、もっと思いっきり倒していても良かったかな?」
あれ以上があるというのか。
昨日の様子をみると、明日香ならそれこそ変身ヒーローみたいなバトルも生身で平然とこなしそうだ。
……巻き込まれたら、怪異以前にわたしの命が危ない。
「……バカ。目立ち過ぎたら、わたしたちが秘密を守っている意味が無くなるでしょう。良いの? バレても」
「ああ……まあそっか……」
わたしは母さんから、『我々は決して目立ってはいけない。その力を見せびらかしたりすることはないように』と厳しく言われている。
きっと明日香のところも、似たようなものがあるのだろう。
だからこそ、今まで隠し続けてきたのだ。
互いに。
「あのね明日香、全部の怪異が、昨日みたいに倒せる相手とは限らないの。周りを壊すだけ壊して、相手の怪異がピンピンしてたら嫌でしょ?」
「そりゃあそうだけど」
「だからね、むやみやたらに攻撃したりしないで。できれば、静かに事を済ませたいの」
明日香がむすっとした表情になる。
怪異をゲームの敵キャラみたいに考えてるのなら、正直まずい。
「でも、昨日は月菜が……」
「……あれは、そう、緊急事態よ」
明日香に真っ直ぐ見つめられて、思わず目をそらす。
明日香の力が無いと、わたしに危険が及ぶことも、また事実だ。
「でも、程々にね。……というか明日香、普段よく力の制御できてるわね?」
つくづく、ここが一番不思議だ。
裏表とかまず無さそうなこの子が。
「いや、できてないよ? さっきも、ボールペン握りつぶして折っちゃったし」
……本当に、よく今まで誰にもバレなかったわね……
昼休みになって、わたしと明日香は、旧校舎の様子を見に行った。
校庭の端にある旧校舎の周りには、昨日は無かったカラーコーンが生徒たちを近づけさせないように置かれている。
「うわ……改めて見るとひどいわね……」
外から見ると、二階北側の壁が半分近く、見事に跡形も無くなっている。
結果として屋根が突き出たような形になっており、今まで以上にボロボロの建物になってしまった。
そしてその下の地面には、あちらこちらに崩れ落ちた壁の破片が散らばっている。
このあたりは、旧校舎に隣接して木がずらりと生い茂っているが、破片はそれらに引っかかったり、隙間の地面に突き刺さっていたり。
「なんか、こう見ると本当にボロボロだね……」
他人事みたいに言うな明日香よ。
あれは間違いなく、あなたの犯行だ。
……それと、破片がこうやって地面に落ちているってことは、旧校舎の内側から力が加わって崩れたことが丸わかりなわけで……つまり昨夜、旧校舎の中で何かがあった、というのは明らかである。
「とりあえず、あそこが全壊しなくて良かったわね」
「あ、もしかしてもっと壊れてたら、封印とか解けてたりしたの?」
「……かもね」
地震や火事などの災害によって、今まで力を封じられていた怪異がまた動き出した、なんてのはよくある言い伝えだし、きっと事実だろう。
封印というのは、その場所と深く結びついたもの。
その元にある場所に何か変化があれば、どのようなことになるかわからない。
「そう。だから明日香、むやみやたらに力を使うんじゃないわよ。せっかく怪異を何とかできても、周りを全部壊しちゃって封印できない状況になったら元の子もないんだから」
「はいはい」
全く、分かってるのだろうか。
「あ、そうだ。月菜、放課後時間ある?」
「えっ? ……まあちょっとなら」
わたしは部活に入ってない。
表向きは家の手伝いという名の、魔力の特訓があるからだ。
明日香は運動部から引く手あまただったけど、全部断って文芸部に入った。
実際は、小説よりも漫画やアニメを見てることのほうが多いそうだが……
「ありがと! じゃあ、一緒に帰ろ!」
「今日は部活無いの?」
「うん、今日から試験前だし」
ああそうだ。
もう期末試験一週間前である。
「明日香、ちゃんと勉強しなさいよ?」
「分かってるって」
これも、多分わかってないだろうな……
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