② 鏡の向こうと、化物の記憶

秘密と秘密

「おかえりなさい、月菜」


 明日香と別れてから数分後。

 

 真っ白な壁に囲まれた木製の扉を上げ家の敷地に入る。

 玄関をそっと開けると、寝間着姿の母さんが立っていた。

 

「……まだ起きてたの」

「当たり前でしょう。あなたの働きぶりをチェックしないといけませんから」

 

 ……ちょっと眠そうなくせに。

 わたしは母さんについて、長い廊下を歩いていく。

 

 

 わたし同様、魔力を持って怪異に対処する人間……だった母さん。

 

 沢守家の人間が魔力をフルに使いこなせるのは、10代〜30代の期間だ。 

 40歳前後から、だんだんと魔力は弱まり始め、制御も難しくなる。

 スポーツ選手みたいなものだ、とは言われているが、これも原因は明確にわかってるわけではないらしい。

 

 母さんは今確か……46歳。

 怪異に対して攻撃や防御をしたり、封印をできるような魔力はとうに残ってない。

 ほんのちょっと髪が青く光るので、暗闇でランプ代わりになったりとか、石ころをわずかに動かしたりとか、その程度だ。

 

 でも、例えもう衰えていても、優秀な魔力の使い手だった事実は変わらない。

 そして何より、わたしにとっての魔力の教師だ。


 

「……さあ、もう寝なさい」

「えっ?」

 

 母さんは、わたしの自室の前で止まった。

 

「どうしたの?」

「いや、だって……今日の成果報告とか、反省とか……」

 

 これまでずっと続いてきた、母さんとの特訓の日々。

 特訓が終わった後は必ず母さんに報告を行い、反省して次への課題を見つけ出す。

 それこそ、スポーツ選手のような、学校の運動部のような時間。

 

「月菜が良いのなら……いや、でも止めておきなさい。封印行為は、非常に魔力、体力を消耗する。今は身体を休めることに専念するのです」

 

「……」

 

 確かにそうだ。

 体力は、休むことでしか回復できない。

 魔力だって無限に使えるわけじゃないし、ゲームみたいに便利な回復アイテムは無い。


 ――そして何より、今日はとっても疲れた。

 いろんな事が、あった。


 

「……わかった。おやすみなさい」

 

 わたしは自室に入る。

 八畳の空間。

 寝間着になり、布団を敷く。

 

 横になると、身体はあっという間に疲労で動かなくなった。

 でも、頭の方は、まだ休まりそうにない。


 

 

 ……正直、花子さんの封印に失敗したとき、ちょっと動揺した。

 母さんからも『今の月菜の腕前なら大丈夫』、そう言われて送り出されたし、自分でもいけると思っていた。


 だけど、考え直すと、やはり初めての一人での実戦で、気の迷いとかあったのかもしれない。

 結果として、わずかな魔力のほころびが生まれた。そこで、花子さんを暴れさせてしまった。



 いや、それも反省すべきことではあるけど、問題なのはその後だ。

 

 

 明日香に、わたしの秘密を明かしてしまった。

 そして同時に、わたしも明日香の秘密を知ってしまった。


 

 ……って、そんなことある?

 わたしは心のなかで全力で首をふる。


 明日香に言わせると『魔法少女』のわたしと、吸血鬼の明日香。

 なんでそんな、普通じゃない二人が、何も示し合わせてないのに、同じ学校で、同じクラスで、仲良くしてるの?

 えっなにこれ。そんな偶然ある?


 もしかして、わたしのご先祖と明日香のご先祖が過去に因縁あってとか、そういう感じ?

 ……いやいや、そしたらそれこそ、沢守家の資料にそういう記述が無いとおかしい。


 それが無いのだから、本当にこれは、たまたまなのだ。


 

 ……そうだ。

 起きてしまったことはもう、受け入れるしか無い。

 明日香のあの力は、間違いなく強力な武器だ。

 だからこそ、自分の血を差し出して、協力を頼んだ。


 わたしも、明日香も、引き返せない。



 秘密を共有したわたしたちは、昨日までのようにはもういかないのだ。



 

 ――明日香、あんな感じの子だったっけな……



 ***



 翌朝は、あっという間に来た。

 

「月菜! おーはよ!」

 

 登校するわたしに向かって小走りで抱きついてくる明日香。

 その顔からは、昨夜の疲れは一切感じられない。

 

「おはよう明日香。そっちは大丈夫?」

「へ? 大丈夫って?」

 

 いつも以上に輝く瞳。

 ……常にクラスの話題の中心にいて、周りから頼られ続ける底なしの明るさ。


 ……そうか、きっとその根本にあるのは、吸血鬼が持つ圧倒的な体力なんだ。

 

「何って、昨日の……はあ。あなたに言っても無駄ね」

 

「え? ああ、昨日のことでしょ? もちろん誰にも言ってないよ」

「しっ! 声が大きい!」

 わたしは思わず明日香の口をむぐっと塞ぐ。


 全く、油断するとすぐ大声が出てしまうのが明日香の悪い癖である。

 

「良い? 誰かにバレたら、わたしたちの協力関係はおしまい。……血、欲しいんでしょ?」

「わ、わかってるよ……」

 

 やはり明日香は、わたしの血が目当てなのだ。

 わたしが明日香の耳元でささやくと、パタッと声が小さくなる。

 

「というか、そっちこそ多少は疲れなかったの?」

「へーきへーき。むしろ久々に良い運動できて身体が軽いよ。それにさ……」


 今度は明日香が、わたしの耳元に顔を近づける。


「知ってるでしょ? 吸血鬼は元々夜に生きる存在だよ。夜の方がテンション上がるんだ」

 

 ……なるほど?

 

 わたしは制服のシャツをパタパタさせて、明日香から湧き出てくる熱気をしのぐ。

 

 でも思い返すと、連日の快晴、うだるような暑さの中、明日香は昼でもこのテンションで動き回り、ただの一度も『疲れた』と言わない。


「じゃあなんで朝からそんな元気なのよ」

「だから元々って言ったじゃない。大昔は本当に陽の出ている間は閉じこもってたらしいけど、長い年月をかけて適応?して、昼間でも普通に動けるような体質になったんだって」


 ……人ならざるものも、時間があれば進化する、ということか。


「まあ、日光に弱いのは今でもそうだけど。ほら、あたしって日焼けしやすいでしょ?」

 

 梅雨明けしたばかりなのに、既に小麦色に染まった左腕を見せて、明日香は笑う。

 全体的に色白な身体のわたしとは、この辺も全然違うのだ。



「おーはよ!」

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