格好良くて、強くて、ほんの少し怖い


「……なんで月菜、顔赤いの?」

「いや? そんなこと、無いけど? ――それより、そういうことをやってたから、わたしにもためらわず血を吸いに行けた、ってことなのね」


 話題を変える。

 わたしの中の明日香のイメージが、どんどん変わっていく。それに、ついていかないと。


「うん。全力出したの久しぶりだからさ、思ったより身体がついていかなくて」


 ……全力。

 

 あの常人を遥かに超える、怪異級のパワーやスピードが、吸血鬼・明日香の本気なのだ。

 きっと、小学校の運動会のときも、スポーツテストのときも、相当に手加減したのだろう。


「ごめん、急に行っちゃって。でも、あれで体力を回復させてないと、多分……月菜を守れてない」

「わたしに秘密がバレる、というリスクを背負ってでも?」


「月菜になにかあるよりは、よっぽどマシ」


 ……おかしいな。今日のわたしは、明日香を花子さんから守るつもりだったのに。

 どうしてわたしの方が、明日香に守られているんだ。


 ……でも、なんだか、守るつもりだった明日香の身体は、ちょっと大きく見える。

  


「あーでもね、ちょっと困っちゃうかも」

「何が? さっきも言ったけど、明日香の秘密は絶対に守るって約束するわよ」


「いや、そういうことじゃなくて……その……」


 ……そこで、わたしは気づいた。

 明日香の瞳が、またあのときのように紅く染まっている。


「月菜の血、ちょっと美味しすぎてさ……会う度に、吸いたくなっちゃいそう」

「いや、でも……」

「わかってる。なるべく我慢する。だけど、どうしてもってときは……ほら、誰もいなさそうなところで……」


 再び、本能的な悪寒。


 血を吸われ続けたら、人はどうなるのだろう。


「……あ、言っとくけど、『吸血鬼に噛まれた人は吸血鬼になる』って、あれ嘘だからね? だから月菜は心配しなくていいよ」


 そういうことじゃないんだ。そういう次元じゃないんだ。


「それから、『吸血鬼はにんにくがダメ』ってのも、そんなに気にしなくていいよ。まあ得意ではないけど、普通に食べる分には大丈夫」


 ……なんなんだ。

 恐怖が、だんだんと脳内を支配していく。


「だから、月菜はいつも通りで良いよ。もちろんその、血を吸わせてくれるお礼とかは、ちゃんとするからさ」



「……よ」

「え?」

「……怖いよ、明日香。どうして、そんなに言えるの? わたしが大丈夫だって、思ってるの?」


 

「……」

 明日香が、わたしから目をそらす。


「正直わたしも、なんで今ここまで怖がってるかはわからない。でもやっぱり、多分……血を吸われるって、良い行為だとはとても思えない」


 今まで、母さんとの特訓の中で、いろんな怪異を見てきた。

 けど、全然恐怖を感じなかった。

 

 なのに、わたしの血を吸わせてくれるよう頼む明日香は、ものすごくこう、ゾクッとする。


 ……今まで見たこと無い明日香が、間違いなくそこにいる。



 ……そして。……なぜか。



 ……怖いと同時に、明日香に見とれているわたしもいた。

 


「……ごめん。……そうだよね、月菜だって、びっくりするよね。あたしも月菜の蒼い髪見てびっくりしたもん」


 明日香から出たのは、思ったよりも穏やかな言葉。


「わかってる。お母さんからも『絶対に人の血を直接吸うな』って言われてるし、我慢する。今日のは本当に緊急事態だったし」


 明日香の瞳は、真っ赤に輝いてるままだ。


「……あっそうだ。もしまた勝手に月菜の血を吸おうとしたら、全力であたしを殴っていいよ。魔力を使っても良い」


 ……明日香の顔に、普段の笑顔はない。

 テスト前よりも、何倍も真剣な顔だ。


「あと、あたしが吸血鬼だって周りに言いふらしていいよ」


 

 ……はあ。

 そんなに秘密を軽く言うんじゃないわよ。


「バカね明日香。わたしがそんなこと言ったって、誰も信じてくれないわよ。笑われるのがオチ」


 わたしは、明日香のおでこをコツンと叩く。


「良いわよ。吸っても。美味しいんでしょ、わたしの血」

「え、でも、月菜……」



「その代わり、条件があります」

「……秘密をバラさない?」


「それも大事だけど、もう一つ。……わたしを手伝うこと」


 わたしは人差し指を明日香の前に立てる。


「わたしは沢守家の人間として、怪異に対する様々な調査や、魔力の行使をすることがある。その中には、今日みたいに危険なこともたくさんある」


 もし明日香が今日いなかったら、今頃わたしはどうなっていたか。


 ……わたしは一人で全部やれるほど、よくできた人間ではない。


 

「……明日香、あなたのその力を貸してほしい。わたしと一緒に怪異と戦ってほしい」

「もちろん良いよ!!!」



 ……明日香、食い気味が過ぎない?

「花子さんみたいのがどんどん出てくるんでしょ! 絶対楽しいじゃん!」

「……あのね、遊びじゃないんだからね?」


「分かってるって。あたしがドカーンと敵を倒して、月菜がその格好良い力で封印するんでしょ? 最高じゃん」


 ……これは、いつもの明日香だな。



 

 怪異をあんな簡単に倒してしまう明日香の力は、戦力として強すぎる。

 ……うん。ちょっと血を吸われるぐらい、必要経費だ。


 それに。

 

「我が親友よ、互いに頑張ろうね!」


 

 強い強い明日香は、とっても格好良い。 

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