明日香について……②


「……ふう。さて明日香、今度はそっちのターンよ」

 話せる範囲で、わたしは話した。

 

 満面の笑みになる明日香。きっと素直な彼女にとって、未知のものは恐怖でもなんでもない、のだろう。


 

 でも、それで終わらせるわけにはいかない。


「うん。……驚かないでね。あたし、実は人間じゃなくて……」

「吸血鬼」


「……」

「……」

 

「……なんでわかったの!」

「いや、さっき思いっきりわたしの血吸ってたでしょ」


 わたしは、明日香に噛まれた首筋の裏を手で抑える。

 注射の痕のようなへこみが二つ。


「だとしてもさ……もうちょっとこう、『えー! 嘘でしょ?』みたいな反応、してもよくない? ……まあ月菜だし仕方ないか……」


「……あのね。わたしだって、びっくりしてるのよ」


 

 吸血鬼。

 生きた人間の血を食料とし、そのために人間を襲撃、殺すこともいとわない。

 常人ならざる身体能力や、様々な非科学的能力を扱う。

 日光に当たると衰弱し、苦手なものは十字架とにんにく。


 ……という、ヨーロッパにおける、あくまで伝説上の存在。


 

 沢守家の古い資料は何度も目を通したけど、吸血鬼の記述なんて一ミリも存在しない。

 確かに考えてみれば、花子さんみたいな怪異が存在するんだから、例えどこにも記載が無かったとしても、吸血鬼のような西洋由来の怪異がいても、不思議じゃない。


 でもだからって、それが本当にいるなんて。


 ましてや、わたしのすぐ近くに。


「だったらさ、あたしが花子さんを吹っ飛ばした時、もっと『すごい!』とか言ってよ、なんか報われなかったみたいじゃん」

「そんな状況じゃなかったでしょ、あのとき」


 状況もそうだけど、目の前であんなのを目撃して、頭が正常に動くわけがない。


「だいたい、明日香が吸血鬼だなんて、まともに信じられるわけないじゃない」

「じゃあどこでわかったの?」


「わかったというか……他にありえないでしょ。無茶苦茶な力を持って、他人の血を吸う」


 吸うなんてもんじゃない。

 あれははっきり、飲んでた。


「というか、もしわたしが貧血気味で、血を吸われたら弱って動けなくなるとか、思わなかったの?」

「そんなにたくさん吸ってないでしょ?」


 ……量の問題じゃないだろう。


「でも月菜の血、すっごく美味しいし、ものすごい力が湧いてきたんだよね……やっぱり月菜が持ってる魔力と関係あるのかな?」


「まあ、そうかもね。……って、明日香はわたし以外の人の血も吸ったことあるの?」

 わたしの血を美味しいと言っている、ということはその比較対象となる他の人の血を飲んだことがある、ということだ。


 

 ……それって、明日香が夜な夜な人を襲い……?


 わたしの身体に、本能的な悪寒が走る。


「何回かね……あ、待って! 月菜! 襲ってとか、そういうのないから! そもそもお母さんとか、お姉ちゃん相手だから! きつい目をするの止めて!」


 一瞬だけたじろぐ明日香。


「えっと、あのね……月菜が思っているほど、今の吸血鬼って怖いものじゃないんだよ。まず、関係ない人間を襲うことは、絶対にしない」

 

「……じゃあ、血は飲んでないの?」

「ううん。お徳用パックみたいなやつがあって、専用のネット通販みたいなところで時々まとめ買いしてる」


 なんて現代的な吸血鬼だ。

 そんなのがあるってことは、吸血鬼は明日香以外にもそれなりの数がいるということである。


「ってことは、やっぱり血は飲まなきゃいけないんだ」

「まあね。でも、そのままじゃなくてもいいの。あたしはいつも麦茶やスポドリに混ぜて学校に持ってきてる」


 そういえば、明日香はいつも学校に男子か?ってぐらい大きなサイズの水筒を持ち込んでるな、と思い出す。


「お母さんはよく缶ビールに混ぜて飲んでるよ。仕事上がりにそうやって一杯やるのが最高なんだってさ」


 明日香の家は、明日香と4つ年上の姉、それと両親の四人暮らし。確か共働きだったと記憶している。


 ……で、やっぱり……


「……やっぱ、家族の人も吸血鬼なの?」

「そりゃそうでしょ。……月菜と同じだね」


 ……同じ、なのか?


「一応、あたしのご先祖様は、吸血鬼の始祖とやらに行き着く偉大な血を引いてる……らしいよ。あ、それを引いてるのはお母さんの方なんだけど、お母さんからは『この血を絶やさないように』って何度も言われてる」


 歴史ある家、という意味では沢守家と日野家は似通っている……ような、そうでないような。

 明日香の家、別に普通の一軒家だしな……


「それで、お母さんからは『人間を襲うことは絶対NGですが、人から血を吸うという動作はできるようにしておきなさい』ってのも言われてるんだ。吸血鬼の誇り、とかなんとか言って」


「誇り?」

「あれじゃない? たまには野生に戻れ、的な?」

 ペットかな?


「じゃあ明日香は……その、血を吸う練習とかはしてたってこと?」

「してたというか、今も月一ぐらいでお姉ちゃんと吸い合ってるよ? それに、やっぱり直で血を飲んだほうが、一番力が湧くんだ」


 明日香の姉は、日野ひの 今日子きょうこという。明日香に負けず劣らず活発で、スタイルも顔も良い。

 そんな今日子さんと明日香が、互いに首筋に顔を付けあって……



 ……あれ。

 もしかして明日香って、わたしが思ってるより、ずっと大人な……

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